アルタイルの下で
「もう泣いちゃいけねえ。綺麗な顔が台無しだ。
律子、お前は今でも本当に綺麗だ。」涙が止まらないでいた律子に隆は言った
「律子・・実は俺も待ってた。待ってたんだよ。俺から連絡なんて出来ねえ。出来やしねえ。
律子に見せる顔がねえよ。いつかお前にちゃんと謝りたいって思ってたんだ。
一年が過ぎ、三年が過ぎ、そして十年過ぎた頃には・・もう、俺らは会っちゃいけねえって気持ちになってった。
自然に忘れられるだろうって思ってた。
俺は街を出てからいっそう前よりも誰も寄せ付けなかった。
ある時、住み込みで働いてるとこのオーナーの娘と知り合って、御飯とかも世話になって・・気がつけば
俺は人の親になってた。
俺みたいなもんが人の親にな。
けど俺もどこかでお前を思ってた。音楽や酒で紛らわせてたが満たされない心が叫んでたんだ。
・・人生って上手くはいかねえな。
そうだ律子、今食べたいもん ねえか?売店でなんか買って来てやる」
「ほんとに?タカが私の為に?そんなに優しかったっけ?」
「あたりまえさ!これは夢だからさ?」
一瞬、不安げな顔をした律子だった
「嘘さ!すぐ戻ってくるよ!いい子にして待っててな」
子供扱いする隆に律子も甘えてみた
「冷たいアイスがいいわ」
「おう」
軽く手を振る律子とそれに答える隆
律子は安堵感からほんの少しだけ目を閉じた
5分程して律子のいる病室に婦長が入ってきた。
「広沢さん!大丈夫?8階で人が倒れたと8階の婦長から連絡が入ったのよ。血圧が急に下がった為らしいわ。
いろんなお薬も飲んでるし、気をつけてね
ご家族には連絡しておきましたよ。明日の夕方には帰れますよ。」
「逆戻りね私。でも良いことがあったから倒れて良かったの」
「まぁ広沢さんったら。山村さんね?さっき会いました。嬉しそうにされてたわ。あの方今朝よ、退院されたの。」
「律子!アイスあったぞ!バニラとチョコのを一つづつ、買ってきたんだ」
小さなビニール袋を高く上げ笑顔で言う隆。婦長にも笑顔で会釈する
「私はバニラね。」
「俺がバニラだぞ。律子はチョコが好きだっただろ?せっかくな・・・」袋からアイスを出しながらブツブツ言ってみる
「それはもう何十年も前の話。こんな時は口がさっぱりするバニラに決まってるでしょ?」
「俺は甘ったるいチョコは無理だぜ・・」
「仕方ないわねぇ・・今日は私がチョコでいいわよ。」少し拗ねてみる
「あらあら高校生の会話みたいね?」婦長が笑いながら二人を茶化す
「広沢さん、男は我がままなんだから、今日は譲っておあげなさい?」
「そうね、今日は・・」
今日は譲る・・明日は・・この次は・・
些細な会話でさえ未来が詰まっていると律子はまた涙ぐむ。
「山村さん、今日は付き添いされますか?簡易ベッドはその下に収納されてますが?」
「今日退院したばっかりですけど・・・・いいですか?
・・律子の傍にいてやりたいんです。
いや、俺が・・いて欲しいんです」
「分かりました。ではなにかありましたらナースコールを押してくださいね」
そう言って婦長は部屋を出た
「・・・律子 勝手に決めちまったが今日は此処にいていいか? 」
「ありがとうタカ、嬉しいわ。
ねっ アイス溶けちゃうわ。
食べましょうよ。」
「そうだな。 こんなに冷たいもんは何十年も食ってない気がするな。」
そう言いながら二つのアイスの蓋をゆっくりと開ける隆。
隆はバニラのアイスを律子に渡す
「タカ、いいの?」
「おう。俺は律子に借りがあるからな! 」
「借り?何かしら?」
「早く食べな!」
「ありがとう。」
隆は何口か食べた後
「甘え、、もういらねえ。」と律子に差し出した。
「タカったら変わらないわね。」そう言いクスクスとあどけなく笑った。
「交換してあげるわよ。」 「いらねえさ。 」
律子は隆に差し出す
受け取るまで手を引っ込めないでいた
「律子の強引さも変わらねえな。」
流れ過ぎた時を二人はゆっくりと取り戻すのだった
「律子もう暗いけど、テラスに出てみるか?」
「ええ 」 「歩けるか?」 二人は3階の中テラスに向かった
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「ここから夜空を見たのは初めてよ。夏の大三角形が見える。ほら!」律子は指を指してみる
「 綺麗だなー。空だけは・・ずっと変わらねぇな。」
隆は律子の肩に手をまわした
律子も隆に寄り掛かった。
「なんでもっと早くに、、」
「ほんとだな、、」
「私はタカと出会えて良かった。好きになれて良かった
ただそれだけよ
借りとかそんなのは 関係ないわ。
いろいろあってこそじゃない。
だからこんなにも思い続けていたの。
会いたかった タカ。 」
「俺も会いたかったよ 律子。」 互いに目を合わさずに星空を見上げながら話すのだ
それから二人は五本の指を絡み合わせきつく手を握り、繋いで夜のテラスの中をゆっくりと歩いた。
夜の中テラス
白い街灯には無数の虫が飛び交っていた
揺れる緑の木々、人のいないベンチ
聞こえるのはエアコンの室外機の音と、飛行機の音
そして二人を照らすアルタイルの星。
何もかもが二人の世界の中に溶けこんでゆく。もうそれ以上はなにもいらない。
時々、握った手をギュッっとしてみる。そしてそれに答える。
言葉すら、もういらないのだ。
今の二人には。