陽炎
柔らかな心地よい風が顔にあたり目が覚めた
頭がまだボーっとしていた
ゆっくりとベッドで上体を起こして
何気なく辺りを見回す律子
以前入院していた部屋とぼぼ同じ造りで
やはり窓から見える風景もなんら変わりなかった
時計は17時を回っていた
私はなぜ今ベッドに?
落ち着いて思い出してみる
カチャ。ドアノブを触る音がし、
ドアが開いた。
「目が覚めたのか?もう大丈夫なのか?」
野太い男性の声がした
白髪に髭を蓄えた男性がいたのだ。
誰?なの?と
会釈をしかけた律子に
「律子 久しぶりだな。
なんて顔してんだ。俺の事、やっぱり分かんねえんだな。
仕方ねえなあ、あれから50年だぜ?俺はもうこんなじいさんだ。」
律子は目を見開いたまま言葉を失う
たか、し?タカ?タカなの? ・・・
いえ、これは夢なのよ。夢なんでしょ?
あんなに無愛想で笑わないあなたが笑ってる。
優しい笑みを浮かべてる
私はそう、退院したのよ。
だからこれは夢なのよ。
律子はまだまだモヤモヤとした頭のまま自分に言い聞かせた
私はあなたに会いにこの病院に来たの。
清掃係があなたの名札を、、剥がしていたの、、それから・・・
「ねえタカ?これは夢よね?」 声に出して問いかけた
隆は優しい笑顔で答えた
「そうだな。夢かもしんねえな。」
『夢なら、、夢ならどうか覚めないで』
律子は全身全霊で願う。
夢なら、、いつか覚めてしまう
「タカ。私ねいつも同じ夢を見てた。
あの文化祭の後に鞄を下げて一人校門を括るあなたを私は三階の教室の窓から見てた。
また明日になれば会えるって、、
敢えてさよならのバイバイは言わなかったのよ。
寂しくなると夢を見たわ 、、、
校門から出て行くタカに私は
隆行かないで!って
なんであの時言わなかったんだろう。
・・・言えなかったんだろうって
ずっーと後悔していたの。
これもどうせ、夢なんだから本当の事を言っておくわ。
タカのバカヤロー!私はずっと待っていた。
河本からも告白されたの「俺じゃ・・ダメなのか」って
私はタカだけなのっ!て断ったの。
それから、それからね
私は旅行先で一人の男性と知り合い、お付き合いをし、子供が出来たの
だけど結婚はしなかった。
私にはタカだけだった。
そう、夢だから言うのよ。
何年、何十年待ったと思ってんの?
あなたがこの方が似合うぜって私の髪を下ろした
だから私は何歳になろうが髪を伸ばしていた
あなたに何時会ってもいいいように 」
律子は結っていた髪を解いた
「長いままなのよ!
口紅も塗ってみたのよ!
だけどもう、、黒髪じゃない!
口紅をいくら塗ろうがこんなにシワシワで、、
声だって、 もうあの時のように高い声は出ないのよ。」
立ったまま話をジっと聞いていた隆は律子の傍に来る
そして律子の横に座る
律子は隆の目を見ながら
「・・・お願い。夢じゃないって言ってちょうだい
お願い、、、」
律子は顔を上げながら子供の様にしゃくり上げ泣いた
「・・・律子。ごめんな。
夢じゃねえ。夢じゃねえよ。ほら、俺もシワシワだ。髪も真っ白だ。あの時はなかった髭もある」
律子の両手を取り、隆は自分の頬に律子の手を持ってくる
「シワがあるだろ?
髭もあるだろ?」
「うん。」 17歳の律子が頷いた。
ほんの少し落ち着きを取り戻した
隆はあの時のように律子の唇に触ってみる
「口紅、似合ってるよ。髪も綺麗だ。」 隆の大きな手は律子の髪を優しく撫でた
隆はゆっくりと律子に口づけをした。
過去と未来を繋ぐボタンはすぐそこに、あったのだ
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外のアスファルトは昼間の地熱をゆっくりと冷ます
ふわふわ・・ゆらゆら・・
陽炎が昇り立つ熱い時は
時間と共に消えゆく
夏の夕刻はまだ明るい
二人の時間は今
ほんの少しだけ・・止まっていた。