新しいルージュ
空港に降り立つ律子と佐紀子
「お母さん お疲れさま。大丈夫? 」
「ええ。」
「ねえ、佐紀子先に帰っててちょうだい。
私は隆の病院に寄って行きたいの。」
「分かった。じゃ荷物だけ持って帰っておくわ」
タクシー乗り場へ移動する
「運転手さん *** 総合病院までお願いします。」 母、律子が後部座席に乗ると佐紀子は運転手に告げ
笑顔で母に手を振る
「ありがとう佐紀子」
「行ってらっしゃい!あっ!ちょっと待って!
お母さん。これ向こうで買っておいたの 」
そう言うと佐紀子は自分の鞄から箱に入った口紅を取り出した
「隆さんに会うんでしょ。これね素敵な色だったのよ
会う前に付けるのよ! 」
母と娘なんて何時というボーダーラインはないものの、立場が逆転するものだ。
娘の気持ちが痛く嬉しかった
律子は小さな箱から真新しいルージュを出す。
ローズに近い落ち着いたピンクのルージュだった。
「こんなに鮮やかな色の口紅は何時ぶりかしら」
バックから手鏡を出し鮮やかなピンクを塗って見る
少し付きすぎたかなと中指で余分な口紅を落とすように唇をなぞる
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隆との事が蘇る
私のこの唇をなぞるようにあなたは指を這わせ、そして私の心を覗き、・・・奪った 。
会いたい気持ちが車窓から見る景色さえも過去の景色に変えた
運転席の方に身を乗り出す
「運転手さん少しだけ急いで貰えます?」
急ぐ理由は一つしかない
ただ、一刻も早く会いたい。それだけなのだ。
バックミラーに映る自分を見る。
・・・ピンクの口紅をひこうが無駄な気もした。
だれがどう見ても・・わたしはもう、おばあさんなのだ、と。
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病院に到着するとすっかり暑くなった季節に目眩すら感じる。額から滴り落ちる汗も拭わない。
ただ無心に、自動ドアを通り過ぎ、エレベーターに乗り込んだ
エレベーターのボタンすら過去に繋がる気持ちでいた隆がいるならば
今の律子には真逆だった 。
未来に繋がるであろうボタンを躊躇する事なく押す
<8階です>
チン と音を立て扉が開く
律子はドキドキとしていた
受付に寄らずに自分で探したかったのだ
一室づつ部屋の名札を確認する。 そして向かい側の部屋の名札も確認してみる
二部屋、三部屋と進む度に不安な気持ちが胸いっぱいに広がってゆく
後二部屋、、
最初になんて挨拶をしようか、
学校帰りのタカがいてくれたらどれだけ安心かと律子は思う
次の部屋の前に差し掛かると清掃の女性がちょうど名札に手をやり外そうとしていた
手元に何気なく目をやると
<山、、の文字だけが見えた >
もしかして
すれ違ってしまったの?
タカと出会った頃の言葉が頭をよぎる
『じいちゃんは後二ヶ月くらいかな?我が儘だからね、、』と
退院をして、ニューヨークに滞在し、そして帰国した。時間というものが、
それぞれに沢山流れ過ぎたかもしれない・・
体中から水分が溢れ、血が逆流し、今にも倒れそうな自分がいた
「すみません・・」 と声を掛けてみる
中年を過ぎたくらいの女性の清掃係が雑談をしながら清掃をしている
律子の存在すら気付かないでいた。
「ほんとにね、人間って儚いわね。」
「急変したんだってよぅ 」
「だけど普通は奥さんとか子供が来るでしょうよ」
「いつも一人だったらしいわよ。」
「すみません!」無理やり会話に割り込んでみた。
「あら、 やだ。
いつからそこに? 」
「いえ、声を掛けたのですが、、
あの此処にいらした方は? 男性ですよね?私と同じくらいの!
手術、とかですか?」
不安な気持ちが律子を矢継ぎ早に質問させた
「今朝亡くなったらしいよ。」
「急変したらしいよ。
お知り合いなの?」
律子は力が抜けその場に座り込んだ
「あんた、大丈夫かい?顔が真っ青だ」
『そんなはずはない。あの人は死なないの。』
体中に溢れるはずの水分さえどこかに存在を隠した。涙腺ごと姿を消したのだ。
律子はその場で気を失った。
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目が覚めると目の前に心配そうに覗き込む男性がいた
「タカ?タカなの?」頭がボーッとし、視点が定まらない。
「起きてはダメだ。さっ目を閉じて。
もう大丈夫だ。」
退院したはずの部屋、部屋から見える風景も同じ
ただ季節は確実に違う
強い日差しがカーテンから伺えた。
体が動かない。
これは夢?
私はなぜ、またここに・・・・