無償の愛
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「この街並みも少し来ない間に変わったわね。 」
安っぽいプラスチックのコップに入ったアイスコーヒーを一口飲んでは口を開く律子
少しの間 押し黙ったまま小さい四角の氷をストローでなんども突く。シャリシャリと無情な音をたて
沈んでは浮き、そしてまた奥に押しやられる。今の気持ちを代弁するかのように・・・コップの底で
蹲っている
目の前の行き交う人々の流れに、時に目をやりながら
すっかり薄くなったアイスコーヒーを飲み男は言う
「リイ、もう決めたんだね、、」 コップの中の氷の存在すら消えていた
「サム、貴方は私と出会っていなければもっと幸せになれたんだと思う。今頃は こんなカフェテラスで、にこにこと笑いながら大きな犬でも此処に繋いで楽しく会話でもしてたんでしょうね
・・・ごめんなさいね。
我が儘な私の人生を受け入れてくれて 、
ほんとにありがとう。 」
「リイ。僕はね、リイだからこそ今もこんな穏やかで幸せな気持ちになってると思うんだよ。
そりゃ好きになった女性とは結婚して子供を設けて、そうだね 大好きな大きな犬を飼って、、、 こんな所に繋いで
「今度の休みには何処に行こうか」なんて話も・・あったかも知れないね。
君は結婚はしないとしっかりとした目で僕にはっきりと言ったね。
そんな君の強い意思にまた僕はねメロメロになった。
ダメな男だね?ハハハ
佐紀子が君のお腹に宿った時も、君が産むと決めた時も
またそれで惚れたんだ。
紙切れ一枚で夫婦になれるなら、紙切れ一枚ですぐに終わる事も出来るだろ?
そう考えれば薄っぺらなものだろう。
絆があればそんなものはもうどうでも良かった。
君がたまにこうしてこっちに来てくれるだけで僕は良かった。
ただ、リイ、君はいつも遠くを見てたね。
いつもリイの中には誰かがいたんだね。」律子の瞳の奥を覗き込むように静かに話す
「気付いてたのね。サム」
「あたりまえだろ?いつもいつもリイだけを見てたんだよ。
もう一つ気付いた事、、、最後だから教えようかリイ。
タカシさんって言う人?だよね?」
「なぜ?」 律子は驚いた
「なぜ名前を?」
「リイがうなされる時ね 決まって言ってたんだよ
タカシ、行かないで。って
幾度となく同じ名前を聞いた。
それでもね、僕はタカシさんを好きな一途なリイを丸ごと愛してたんだ。
・・若い時はね さすがに辛かったよ。うなされて寝言を言うリイの手を握って・・僕なら僕ならずっと傍に
いてやれるのにね。タカシさんは何処に行ってしまったんだろうねって
リイの頭を撫でていた。そしてしばらくするとまた寝息を立てて。
僕はリイの寝息を確認して自分のベッドに戻った。
けれどいつ頃からか、辛いとか言う気持ちが消えたんだ。
リイがわざわざこっちに来てくれている
それだけで十分だった
今を この今を大切にしようと思ってね。
その気持ちは今も変わらない。
僕には血の繋がった 佐紀子や美奈もいる
そして、リイは心が繋がっている。 そうだろ?
リイから先週 連絡を貰った時にね
なぜか最後な気がしたんだ。
会ってやっぱり分かったんだよ。
決意した眼差しがね、、悲しい程に輝いていたんだよ。
リイ 君は美しい。君が幸せに過ごせるように祈っているよ。
・・・・・リイがたまたま旅行に来ていて、この近くのライブハウスで知り合った。
物悲しい瞳は今でも焼き付いてるよ。
、、幸せになるんだよ。 」
サムの穏やかな一語、一語が痛いほど、嬉しいほど律子の胸に刺さる
「ありがとう・・・・・・」返す言葉がなかった。ありがとうしか言えない律子。涙が一筋流れた
無償の愛で包まれていた事を今更に気付いた訳でもなかった。
ただ律子の心には生涯タカしか入り込めないと言う事も同時に分かっていた。
律子に迷いはなかった
サムと会うのは最後にしよう。
心だけは繋がっていましょう。永遠に。
決心は揺らぐ事はなく、今の律子の目からは頬を優しく伝う一筋以外、溢れ出る事もない。
「ねえサム、これからどうするの? 」
「僕なら心配いらないよ。
牧師に定年はないしさ、ゆっくりと穏やかにすごすさ。
来年にはね乳寺院の建設も決まっているしね、
いつも周りには沢山の人がいるんだよ。だから僕は心配ないんだよ。
リイ。お互いまだまだ生きよう。そしてこれから先も笑顔の僕たちでいる事!それだけは約束してくれよ。
もうここには戻って来ちゃいけない。」
「サム・・・今月末に帰国するわ。」
「リイ!明日は君の好きなグラタンパイを作るよ!そして次の日はタンシチュー・・そして次は・・」
「・・・・サム。
サム?私は一応女ですよ。その次の次の、次は私が作るから。あなたの大好きなものを毎日。
・・・・帰国するまで・・毎日ね。」
「お母ーさん、お父さーーーんーーお待たせ!!」通りの向こうから娘の佐紀子が大きなバケットを抱えて
戻って来た。
「あそこのパン屋さんの流行ようったらすごいわね!このバケットなんか私で完売よ。」少し息を切らしながら話す
「今日は美味しい赤ワインがあるわよ!」娘の佐紀子は二人の空気を感じていた
「良いお天気ね!明日も、明後日も・・こうだと良いね・・。」空を見上げながら呟いた