「時に変えられる」
病室で隆がギターを出して、弾くでもなく、手入れをする訳でもなく
ただそれを眺めていた時だった
「山村さん、こんにちは。」
隆が顔を上げるとそこに立っていたのは6階の看護士の美山だった
「ああ、君か。なんだ?検温ならさっき済んだよ。」
「あの、違います・・あの先日は申し訳ありませんでした」深々と隆に頭を下げた
「ああ、もういいさ。顔上げな。・・言ったろ。君は悪くねえよ
君は君の仕事をしてた。それでいいんだよ。
それとも婦長さんにこっぴどく叱られたのかい?」
「いえ、叱られると言うより・・私の未熟さを、その・・気付かせて貰いました。」
「未熟さって当たり前だろう~君はまだ若いんだ。これからじゃねえかい?」
「婦長さんも・・同じように言って下さいました。
あの、それでこれを今日は・・」そう言うと美山は可愛いメモに書き記したものを隆に手渡した。
「なんだ?・・桜台2丁目・・・Hello Goodbye・・?何?」
「広沢律子さんの住所・・です。会ってください。お願いします」
「君これ・・わざわざ聞いてくれたの?」隆は驚いた。そしてその渡されたメモをじっとみつめた
「ね、君はさ、運命ってどう思う?」
「?・・運命ですか?なんだろ、人の意思を超越した決められた・・定め?でしょうか」
「そうだな。俺はさーあの律子とは昔知り合いだった。けど会えなくなっちまった。たぶん一生会えないと
そう思っていた。だが、いろんな偶然から律子と再び繋がれたっていうかな。あの時、ここで
会える事も出来た訳だ。けどまあ流れがあってそれも無理だったみたいでな
けど今こうして君が律子の住所を俺のとこに持って来てくれた。
俺は、会っていいのかな?・・君に聞くのもおかしな話だがな」
「いえ、会ってください!私のせいであんな結果を招いてしまいました。私は後悔しました。看護士と言う仕事を舐めてました。でもそれを気付かせて貰ったんです。あの一件で。
私はカルテに記載されていた広沢さんの所に向かいました。
あいにく広沢さんはお留守でしたけど、義理の息子さんがいらして・・
それで今日山村さんにこれを。
山村さん、運命は・・時に変えられるんじゃないでしょうか。私もあのまま、あの伝言の件が自然に消えてしまってたなら、きっと私は腐ったまんまの人生を歩んでいたかもしれません。
...変われる気がしたんです。」
「そうか。そうだなー。<時に変えられる>かー。いい言葉だな。ありがとうな。
美山さんって言ったな、君は良い看護士になれると思うよ。いや、もうなってる。」
「・・あり・・がとう・・ございます」言葉に詰まり涙声になる美山だった
「では失礼します。」再び深く頭をさげ病室を出て行く
隆は引出しから財布を出し、メモを財布にしまった。
隆はこの狭い4人部屋ながらたった一人だけの広すぎる空間の中でいろんな思いを抱いた
自分の生きてきた道は正しかったのかどうかと言う事を。
ただ真っ直ぐに思うまま正直に生きてきた。自分に嘘をつく事無く、ただただ真っ直ぐに。
だが結果として友達や家族を傷つけたのかもしれないと。
自分はほんとはとても弱い人間で、ほんとは周りの人に支えてきて貰ったからこそ
今の自分があるんじゃないかと言う事を。
俺みたいな奴の為に彼女は仕事以外の事で俺の事を思ってくれたから・・
このメモを無駄にしちゃいけねぇ・・。
一日も早く退院しなきゃならねえ。
隆は引き出しに仕舞いっ放しの薬を出してみた。
「うぇ、不味い!粉は苦手だっていってんだろうが~よぅ~」一人ブツブツ言いながら久しぶりに飲んだ薬だった
「山村さん どうですか?体調は?」 「オホッ・・ゴホッ」 いきなり病室に入って来た医師の声に驚き咽る隆だった
30代の若い担当医が丁度、回診に来たのだった
「先生よぅ、、ゴホッ・・
この粉薬、なんとかなんねえ?不味いし、飲めねぇ」
「はっはっは!山村さん今までずっとこれでしたよ?薬を変えてから飲んでなかったみたいな感じですか?」
「・・・」
「山村さん、困りますねぇ。先日の検査の結果言いましょうか?」
「どうせ変わりっこねえんだろ?もう聞き飽きたぜ。」子供の様に軽く耳を押さえ口をへの字に曲げてみる
「不思議ですね。薬を飲まれてない?割には安定してます。
ちゃんと飲んでれば明日くらいには退院出来ましたがね?」少し意地悪にモノを言う医師
「本当っすか?いつ頃退院出来ますか!先生!」 単純な隆だった
「この仕事は何年もしてますが、人間の持つ自然治癒力っていつもすごいなって思います。
入院されてもどんどん悪くなる一方の方もいます。
治す気があれば薬と半々の作用だなって、医師としては変な発言ですが、いつも思うんですよ。西洋医学や東洋医学、病気を治す術はいろいろあって、後は人間の持つ、そう本人の治すぞって言う強い意志が最大の薬だと思うんですよね。
山村さん。お薬をカプセルに変えますので毎食後にきっちりと飲んでください。
あなたは今、治すぞ!って目をされている。これだけ安定しているのだから後は健康な数値に戻すだけです。
何も難しいことではないんですよ。
後少し、一緒に頑張りましょう」ガッツポーズを交え医師は力強く語った。
「・・・・はい」隆は鼻を啜りながら
「ダメですね。年いくと涙もろくなっちまって・・・・・カプセル・・早ぇとこお願いします」
「はいはい!」医師はそう言うと病室を後にした
隆の気持ちはあの時の様に走りだしていた
ぼーっと眺めていた目の前のギターを再び持ち上げ、抱え、
弾きだした。