若葉の頃<2>
二人はバス停に向った
青葉台高校からバス停まで五分
並んで歩くものの、二人はほぼ無言だった。
バス停付近に差し掛かると隆が口を開く
「律子 少し時間ある?」
「ん?何?」
「この先に墓場あるの知ってる?
今から行かねぇ? 」
「嫌ーよ!気味悪い。」
「違う違う、 墓場の手前にいい場所があるんだ。俺の秘密基地。 行く? 」
「秘密基地なの?ほんと?なんか楽しそう!行く行く!」
二人は道路沿いのバス停の後ろの坂を下って行く
10分くらいすると大きな木が見えた
「あそこ」 隆が指を指す
近くまで行くと立派な桜の樹だった。
「わあ!綺麗! 他の桜より色が濃いねー。それに散ってもおかしくない時期なのに今、満開だあ。」
「この樹は地元の人達が植樹したんだ。その後ろに見えるお墓に眠る人達の家族の有志でね。
愛する人達が寂しくないようにこの殺風景な丘にね。
で、樹木葬って知ってる?」
「うん。自然に帰りたい・・とか桜の樹の下で眠りたいって人の為のでしょ?」
「そう。だからかな、
俺はね ここに来ると気持ちが安らぐんだ。 それに
ここだとガンガンにギターを弾いても文句言われねえしさ。」
「ゆっくり眠ってらんないわね。 みんな。」
「だろ?だからたまにいるんだ。俺 見えるんだ。」 真剣な顔をして言う隆
「うそ?」 目を見開げて驚く
「そこにいるよ 」律子の横に視線を移し、指を指してみる。
「うそー!!」 泣きそうになる律子
「ばーか。 見えてたら ここで練習しねぇよ。 」半笑いしながら律子をみつめる隆
「なーんだ。」
「だけどさ・・・ 急に弦がパチンって切れたり、、」
「うそ?」
「嘘。 」
「お前はほんとになんでも信じるんだな。」
「当たり前でしょ。」口を尖らせ拗ねる律子
「律子。あのさ ここにたまに来ねぇ? 」
律子はドキっとした。先程の恐怖に慄いたドキっではなく胸が騒がしくなる前兆の波動の強いドキっだった
「もうすぐ進路指導週間で教室使えねえし ここで練習しようと思う。お前も付き合えよ 」
律子は嬉しかった
口数も少なくて普段ギターの事しか話さない隆が 自分の秘密の場所を教えてくれた事や
桜の樹の事。 普段とは違う一面を自分にだけ見せてくれた事が嬉しかったのだ
それだけではなく
自分の中に眠っていた気持ちに気付いた。
磨りガラスだった心の奥が今にも割れそうな薄い透明の硝子に変わったのだ
誰にも覗かれてはならないのだ
それは当の本人の隆であっても。
「隆 あのさ、、 」
「何?」
「この場所はみんなも知ってるの? 」
「さあ、 どうかな
わかんねぇ。 俺は一人でしか来た事ねぇからな。」
「じゃあ、 この場所は私と隆しか知らないって事かな?」
特別な関係になれるんだろうか?気持ちが焦る律子
「さあー?」
「あのね・・・ この場所で練習する時だけ タカって呼んでいい?」
学校の皆は<隆>と呼んでいる。親友の河本だけが<タカ>と呼んでいた。小学校からの長い付き合いの河本が、、そう呼んでいる。
律子はそれだけの、ただそれだけの事だったが<タカ>と呼んでみたかった。
「なんで?」 隆は不思議そうに答える
「理由がいる?」 律子は答えも用意していた
「別に。」 相変わらずぶっきらぼうに返事をする
拍子抜けした律子は
「なんなのよ。いつもボソッとしかしゃべらないのね。普通は、なんでここだけ呼び方を変えるの?とか聞くよ?」
「そうなのか? じゃなんで?」
「嫌よ・・・ もう教えたくない。 」
「変な奴だよなー 女はわかんねーよ だからめんどくせ。」
「女は面倒臭いの?」
「律子は女じゃねえだろ? 気が強いしさ なんか男前だよ。」
「ひどいわねー」
「だからそこが好きなんだよ」
隆はサラっと言う
<何?今の? これは告白?でもないわよね 。
そんな、風に吹かれそうなあっさりとしたもんでもないわよね?告白って。>
律子は頭の中で混乱した
「律子。 俺が適当にメロディー弾くから お前歌ってみろ。」
「い、いきなり? ・・・わかった。 」ちゃんとした告白を期待しながら、サラっと流れてしまった事も
今の律子にはそれで良かったのだった
こんな時間がずっと続いて欲しいと思ったからだ。
間もなく日が沈む夕日のオレンジと空のコントラストが美しい 大きな樹の下の小さな二人
隆の奏でる音と律子の声が
小高い丘の上で木霊する。