a tempo
___________隆の病室
隆はタカヒロに持って来て貰ったギターをケースから出した。
使いものにならない事くらいは分かっていた。音楽を避けるように封印してきたこのギター
閉め切った部屋の温度や湿度の事を考えるとネックは反っているだろうし、湿度調整剤も最後に入れたのもいつだったか・・
何もかも終わりだと思った最後の夜に弦だけは緩めておいた。いつかまた・・という日の時まで。
まさかこんなにも年月が経つとは思わなかった
ゆっくりギターを抱えてみた。この体に添う感覚。
ネックを握ってみた。意外にも反りはそれほど感じなかった だがあの時とは違う。
何もかも違うのだ 当然だ。ピックも出しそっとギターに当ててみた
ジャン ジャン・・
隆はそれだけで胸が一杯になった。久しぶりに聴く弦をはじくこの音がたまらなく胸を刺す
少しだけ、アルペジオをしてみる。だが隆はすぐにギターをしまう。
「俺はまた・・こうやって触れていいのか・・」
久々の手触りに胸が詰まる・・しかし過去の事を思い出すと・・
隆は戸惑っていた
タカヒロが雑誌を手に戻って来た
「じいちゃん!弾いてたの?」ベッドの上に置かれてるギターケースに目がいく。そして
目を輝かせて隆に言ったのだ
「少し触ってみたというかな。、、、 タカヒロ、悪いがな楽器屋で一度コレ出してきてくんねえか。、チューニングもここじゃ出来やしねぇ。お前も忙しいだろうから。それに少し錆びも気になるがオイルもクロスもねえし」
「わかった!OK!!嬉しいよ僕。 じいちゃん、、、あのさ、文化祭に一緒にセッションする?枠あるよ!」
タカヒロは何を急に言い出すんだろうと少しビックリした隆だが
「何言ってんだお前はよ~お前を食っちまうぞ?俺のテクニックを知らねぇだろ?女の子の視線は俺に集中しちまうぞ?そりゃ~可愛い孫には出来ねぇな」隆は嬉しそうに答えた
「じいちゃん、、、マジで言ってんの?僕、ファンいるよ?負けないって!」タカヒロも負けじと答えてみる
「じいちゃん、明日にでも早速、楽器屋に行ってくる。その代わり文化祭の件、考えててよ。」今度は真面目な顔で言うタカヒロ。
「マジか?」タカヒロの口癖が移った隆が答える
「マ・ジ・で・す!ヨ・ロ・シ・ク。楽器屋に行って来るから~交換条件って事で~成立~~!」
「文化祭か・・体育館だよな・・。文化祭ねぇ・・まぁ、考えとくわ。体が治ってればの話だな。」
「治してく・だ・さ・い!」そう言って雑誌を出しベッド脇の椅子に座るタカヒロ。
「あー、タカヒロ。言い忘れてたんだが昨日お前が帰った後な、学校の先生から俺の携帯に電話があったぞ。
よく考えればもう学校が始まってるんじゃねえか。先生な、お前はずっと休んでるって言ってた。
お前・・俺が入院してから学校行ってないんじゃなかったのか?春休みはもう終ってたんだよな。
俺も気付かなくて悪かった・・考えりゃ、この時間は授業中だもんな。」
「じいちゃん、俺さ、勉強ついていけてないんだ!バカだからさ!だから楽しくなくて。」平気な顔して笑いながら言う
「・・・先生な、こうも言ってた。タカヒロ君は1,2年といつもクラスで上位の成績なので大学も国公立を狙えます・・休みが多いと留年します。とも言ってた。俺はなんにも知らなかった。俺と同じで出来が悪いのかと・・タカヒロは父さんの遺伝子だな。」
「じいちゃん、僕は大学には行かない。卒業したら暫くバイトして、お金を貯めて、音響の学校に行くつもり。もちろんギターは続けるさ。音楽は止めないんだ」
「そうか。俺はなんにも言わねぇ。、、ただ学校は休んじゃいけねぇ。今が一番楽しい時なんだぞ。行きたくても行けなくなったら・・辛いぞ・・」隆は窓の方に視線を移しながらそう言った
少し影のある視線を落とした隆の表情が気になったタカヒロ
「わかった。明日もう一日だけ休ませて。りっちゃんにも言わないといけないし。」隆は黙って頷く
「そうそうタカヒロ、あのな青葉台のバス停あんだろ。あの近くに高校が、、今でもあるかな?その高校の正門前の坂を下ったとこに<下野楽器>ってあったんだよ。そこがもしあったならそこに出してみてくんねえか」
「青葉台高校ならあるよ。運動部の奴らがよく試合行ってるし、中学の同級生が行ってる。でもそこ軽音部ないだろ。連れが嘆いてたよ。昔はあったらしいよ。 あの学校、結構古いよね」
「あるのか!そうか~じいちゃんの母校なんだ。」
「え?そうなの?」
「その軽音部、、たぶん俺らが最後なはずだ。それから、軽音部が無くなったのはたぶん俺のせいだ。
たぶんじゃなくて、そうなんだ」
「・・・」淡々と話す隆にタカヒロは黙ってしまう
「聞きたいか?」明るく言う隆に
「聞かせてくれんの?」
「長い話だぜ?寝るなよ~」隆はまず目を閉じて、そしてゆっくり目を開けた