シネマなら・・
いつもの時間になりテラスへ行くタカヒロ。
雲が多いグレーの空の下、患者の姿も疎らだった
律子はまだ来ていないようだった。
「いつもりっちゃんの方が先だったのにな。」
ほんの少し不安になったタカヒロは携帯で時間を確認する
「タカ!ごめんなさいね 検査が長引いてしまってね。」
不意に後ろの方から声がした。律子だった。少し安堵の表情を見せたタカヒロ
「大丈夫なの?」
「えぇ。 今のままの状態なら退院は近いみたいなの」
「そっか。、、喜ばないといけないのになんだか寂しいね。」
「そうね、寂しいわね。、、、気のせいかしら?今日のタカ・・少し疲れているみたい?」
隆とのやり取りの中で気持ちがどうにかなっていた。
少しの笑顔も今日の空と同じように、だんだんと曇っていった。気も乗らない感じもしたタカヒロだった
少しでも日が射していれば、また違ってたかもしれないとタカヒロは思った
「この本も後、少しだね。毎日すごく楽しかったね、りっちゃん。りっちゃんがいろんな事に詳しくてさ、僕も話しをしていて楽しかったよ。りっちゃんが泣いてしまった時は・・少し驚いたけどね。」
「ええ」律子はいつも笑顔で相槌を打つ。この日も同じ、唇をぎゅっと結んで口角は上がっていてえくぼの出る
大人の女性の笑顔。
時に拗ねたり、冗談を言ったり、少女の一面も見せた。タカヒロはほんの数週間前からのこのテラスでのひと時を律子の笑顔を見ながら振り返っていた
そんな少女時代の過去と祖父の過去が繋がっていると分かってしまった今、何をどう話しをしていいのかさえ分からなくなったのだ
「本!見よう本!!いつもじいちゃんの病室でペラペラ捲って読んでたけど学校の宿題とか溜まってて!」
タカヒロは明るくいつものように振舞おうと頑張った
二人はいつものベンチに横に並び、いつもの様にページを捲る。
そして、律子の栞を探す。
[カートコバーン,ジミ・ヘンドリックス,ブライアンジョー彼らの短い・・・]
こんな天候の、こんな気持ちの時に開いた頁は全て27歳という短さで人生の幕を閉じたミュージシャン達の生い立ちから最期までを綴った特集
<・・・なんで今日に、このページなんだろ。>
タカヒロはもう言葉が見つからないでいたが無意識にボソっと呟いたのは
「僕の10年後ってどうなってるんだろ。」
律子は言った
「きっと大切な人と素敵な結婚をして子供に囲まれているわよ。」
律子はいつもの優しい微笑でそう言った
律子の描く幸せな未来像はきっとそこにあったのだろう。タカヒロは律子の言葉はしっかりと耳に入ってきたが
ポケットの中の写真の存在がタカヒロの心に地雷を踏ますのだ
「・・あのさ、僕とりっちゃんの、この二人の本がさ、じいちゃんの心を動かしたんだよ。きっとね。」
「え?そうなの?」律子は隆の事をもっともっと聞いてみたかった
「じいちゃんさ、またギターを弾くって言ったんだ。」律子はタカヒロに悟られないように嬉しさの笑みを隠してみた
だがタカヒロは見ていた。律子の僅かな表情の変化を。
「でさ、自宅に戻って、頼まれたギターとピックを取りに戻ったんだ。でね、ギターピックの箱から一枚の写真を見つけたんだよ。」
「写真?」
なんの写真だろう?なんて考える余地を与えないままタカヒロは言う
「じいちゃんの大切な・・・大切な奥さんの写真。つまり僕の知らないばあちゃんって事。
若い頃の写真でね、2人で仲良く撮ってあった。すごく・・・可愛い顔の人だったよ。
じいちゃん、やっぱ忘れられないんだろうな」
「そう。」律子はさっきと同じ唇をぎゅっと結んだ大人の女性の笑い方をした
「そう。羨ましい良いお話ね。」羨ましい・・というのは律子の心の本音でもあった
「どんな流れがあろうとも忘れられない人を思ってるって事は決して悪い事でもないもの。
私はそう思うわ。・・・タカは洋画は見る?昔のねアメリカ映画でこんなのがあったの
<男はその恋を忘れる為に、街を出た。女はその恋を忘れる為に街に残った。>
この違い分かる?
男って臆病なのよ。力も体も女性より勝ってて。だけど女性はもともと強く出来てるの。
だって子供を産むのよ。10ヶ月間も自分のお腹の中でもう一人の命を育てる。生む時なんてほんと死ぬくらいの痛みなの。それに耐えれるのよ。
その映画では女は街に残った。大好きな人との叶わなかった恋の、そんな思い出が溢れ返っている街に残るの。
新しい街に繰り出して一からやり直す事の方が簡単でいて気持ちに整理がつくのもよ。
思い出の街は・・小さなバス停も、近くの海も、駅も、森も・・どこに行ってもデジャブの世界。
残るって事はそういう事。だけどそれだけ愛していた人との場所は離れたくない。そっちの方が大きいわ。
女はシャワーを浴びては泣き、思い出の曲を聴いては泣き 心の傷を傷で治そうとした」
ほんの少し震える声を隠し律子は続ける
「映画の中のその男は、さっさと街を離れた。住んでいる場所も、乗っている車も、家具も。
なにもかも新しくした。新しい街でいい女を片っ端から抱く・・叶わなかった恋を忘れる為に。
けれど、男は寝る前のバーボンを口にする度、蘇ってくる日々に苦しむ事になる。自身の傷は外からの手当てだけじゃ治らない事に気付くまで時間がかかった」
「結局は本当の愛ならどっちにしろ思い出して苦しんでるって事なの?」
「・・映画のラストシーンはどうなったと思う?」と
タカヒロに問う。
「どうなったの?想像出来ない」
「最後はね3年の時を経て、街を離れた男が忘れられない女の元に会いに帰ってくる。女は男を捜しに街を離れる決心をした。2人はすれ違う。映画なのに涙が止まらなかったのを今でも覚えてる
ところがお互い決心をして空港に向かったその場所で
再会をしたの。
運命の赤い糸ってね絡まれば絡まるほど、この体の中を流れる真っ赤な血のように鮮やかになり、そして強度を持つ。」
「私はそう思うし、信じてるの。」
下を向いて話をしていた律子は顔を上げ、タカヒロの目をジッと見て強い口調で言った。
タカヒロはドキっとした。
律子に全て見透かされてる気がしたからだ。この写真が実は律子と隆だという事を。
律子は分かっていた。いや、願っていた。
隆とあの時・・たった一枚だけの写真を撮った事を。覚えていたからだ。忘れなかったからだ。
忘れたくなかったからだ・・・・・。
「きっと素敵な映画だったんだろうね。なんていうタイトルなの?帰りにレンタルショップ寄って探してみようかな。見たくなったよ」
「タイトル? 忘れちゃった!それにきっとないわ。」
「そうなの?」
「古い古い映画だもの。タカの知らない時代だから。探しても・・見付からないわ。」
映画の内容は詳しく覚えているのにタイトルを忘れる事があるんだろうか。
「そっか。」
_______________