パンドラの箱
タカヒロは祖父の隆が再びギターを持つ姿を想像した
と、言ってもタカヒロは実際のその姿を見たことはなかった
数々のアルバムの中の写真やフィンガーピッキング大会の優勝トロフィー、 様々な、祖父の若かりし頃の実績を部屋に入る度に目にしていた
新しい写真をみつける度 、そしてトロフィーを見つける度に祖父に質問を投げかけてきた
「じいちゃん これなんの時の?じいちゃん この人誰?
このトロフィーは? 」
物心が付きはじめた頃から中学生になる頃まで タカヒロはいつも祖父に聞いてきた。 がしかし祖父は決まって
「忘れたな。」
たいがい、この一言で終わるのだ
それでも興味の方が大きく、祖父の家に来る度にタカヒロはこの部屋で一日の大半を過ごしたのだった
タカヒロも高校3年になり、自分の時間さえ余裕がなくなった 一緒に住むようになって
いつしか祖父の部屋での[宝探し]もしなくなっていた。
部屋に入るのは久しぶりだった
閉め切った部屋はかび臭く湿っぽい感じさえした。 日焼けして色褪せたベージュのカーテンを勢いよく開けた
「久しぶりだな~ この部屋ー。」
見慣れたはずの祖父の部屋も長い年月の間に随分と狭くなったもんだと感じた
「ステレオ こんな小さかったけな? 」
ぶつぶつ言いながら近付く
タカヒロが大きくなったのだ
そんな単純な事さえも気がつかないでいた
ステレオの硝子扉は埃がたまり 小さな子供にとっては恰好のキャンバスになるほどだ
「うわっ! きったねー。 」
ふっ、ふー 埃を吸い込まない程度に顔を寄せ、息で飛ばしてみる
扉に手をかけゆっくりと開ける
懐かしいレコードの匂いがした
「この匂い 久しぶりだな。 」幼い頃から嗅いでいるその匂いは少し錆びたような、それでいて柔らかい酸っぱさのような・・・
「棚の下の方だな、、 木の箱、木の箱・・・・ 」
棚が崩され、ビスも抜け落ち、レコードが積み木のように重ねられていた
「あっ、あったこれだな。」ゆっくりと棚から出してみる レコードの山の奥にそれは隠れていた
中を確認するタカヒロ
ピューーーーーン !!タカヒロの目元をかすめる
「わっなんなんだ! 」
勢いよく飛び出て来たのは布とコイルで出来た単純な造りのおもちゃだった
「マジかよ、、びっくりしたー」
・・てか、小さい時よく引っ掛かった気がする。まさか今でも騙されるなんてな
よく見ると同じくらいの大きさの紙の箱がまだ奥にあった
「これかな?紙だぜ? 木の箱って言ってたよな?」
恐る恐る 今度は警戒しながら開けてみた
蓋を開けると いろんな形のいろんなデザインのピックが沢山入っていたのだ
タカヒロは一枚一枚、 手に持ちながらそれらを眺めた
よほど使い込んだのか傷だらけのや欠けているのがほとんどだった
丁寧に一枚づつ取り出した 。
すると箱の下から何やら紙に包まれたものが出てきたのだった
「なんだろ? 」
タカヒロはそれを取り出し 少し高く持ち上げ透かすように見てみる
「見えないしー 。 開けてしまおーっと 開けますよー」一人の部屋でブツブツと言いながらタカヒロは行動に移す
ノートをちぎったような線の入った紙を開けてみる 無造作にちぎった紙ながら丁寧にセロハンテープで止められていた まるで<誰も見るな>と言わんばかりに。
人間という生き物は好奇心にはなかなか勝てないのだ セロハンテープで止められていなければ良かったのだ
中には一枚の写真が入っていた
学ラン姿の男の子とセーラー服姿の女の子だ
「おぅー!!これじいちゃん?」タカヒロは静かな部屋で声をあげた
<太々しい感じだなあ~ 彼女いたのかよー! 可愛いい顔をした人だなあ。 >次から次へと頭の中で呟いていた
男女の写真は顔がはっきり分かるほど近くから撮られていた
男の方は恥ずかしさを隠したような笑顔ではない表情で
それに反して女の方は 笑顔でいて嬉しそうで、えくぼがありチャーミングな雰囲気を醸し出していた
ん?あれ?、、、違う? 違うよな、、
タカヒロはソコに笑顔で写っている女の人の目を見て思った
目の下、左目の下の同じ位置にほくろがあった。
律子と同じ左目の丁度、黒目の下あたりに。面影といい・・そして・・・えくぼも同じだった。疑問が確信に変わるまで時間を要する事もなかった
「なんだよ・・」
無意識に写真を自分のポケットにしまうタカヒロ そして楽しいはずの久々の[宝探し]がモヤモヤとした嫌な気分に成り代った
タカヒロは手についたザラザラの埃を掃い、ギターとピックの入った紙の箱を持ち部屋を後にした
<何故、僕は写真を箱の中に戻さなかったのか、いや 戻せなかったのか、、、。>
今、この毎日の中で 律子と会話し楽しい時間を過ごしている自分。
そして過去の何かに涙する律子の姿を思い浮かべながら
たった今、このリアルな時を刻む中でたぶん律子であろう彼女の少女時代の写真を見た。
大好きな祖父の、、、大切な部屋の中で。
タカヒロは混乱していた。
焼きもちなのか?まさか・・
これがもしパンドラの箱だとするなら、箱の底には<希望>が残っているはず。
ポケットに手を入れ自分の指先でそれをもう一度確認した
混乱した感情は家の外へと荒々しく導くのだった