爪
「ほう 今のボディーはこんなのが出てるんだな しかし、変わらねぇものは変わらねぇな
タカヒロ おれはあの高価なGIBSONは新聞配達で手に入れたんだぞ 」
「そうなの?てっきり親に買ってもらったもんだと思ってた 」
「バカヤロー 楽器なんかはてめぇで買うもんだ。
俺は安いものは興味なかった
ダチはみんなよー 鳴ればいい、 弾ければいいって言ってやがったが 違うんだ。
求めてる音があったんだ。
楽器屋行ってよー 片っ端から弾かせてもらったんだ。響きや音色を耳を澄まして聴くんだ。まあ、俺みたいな客は店からすりゃ迷惑だったかも知れんがな。こだわりは捨てられねぇってもんだ
・・・もちろんアルバイトだけじゃすぐには無理だ。
一年の終わりには近所の大学生から貰ったギターから俺のはGIBSONに変わった
最初は親に立て替えて貰ったさ。
もちろんバイトして全額返す約束でそれは守ったぜ。
だからこそ愛着がある。タカヒロも分かんだろ。愛着があれば、もちろんそれに越したことねえさ だけど
男は上を見なきゃいけねえのさ
目標は常に上のほうにな。そこで満足したら成長もなんもねえ。止まったらダメなんだ。わかるか? 」
タカヒロは祖父のこれだけの熱い思いを聞くのは初めてだった
「タカヒロ、ちと 頼みがある。明日家に帰って俺のGIBSON持ってきてくれ」
「じいちゃん、弾くの?またやるの? 」
「まあ、まあな。
それとステレオを開けた一番下の棚の所に木の箱がある。 それを一緒に持って来てくれ。 ピック入れだ。
使えるのがあるかどうかわかんねえけど」
タカヒロは嬉しかった
こんな日が来る事をどこかで願っていたからだ
人の心の闇はどんな近くにいても誰も入り込む事は出来なくて、
自分自身で闇夜を抜けるしかないのだという事も
それもまた どこかで分かっていて。
偶然、手にしたこの雑誌で一人の婦人と出会い、そんな小さな偶然の中で何かが変わってゆく
祖父、隆の右手の爪が左手よりいつも長めに切ってあり 親指の右側部分だけ長めにカットされてる事の意味を。
小さい時から指相撲する時に、いつも痛かった事を。
大きな祖父の手をいつも眺めていたタカヒロはいつしか自分と変わりない大きさになった今
祖父の闇の部分から僅かに漏れた光を
タカヒロは見逃さなかった。そして どんな事をしても祖父、隆の持つ光の偉大さを再びスポットライトほどの眩しさに変わるように
<力になりたい> と心から思った。
「じいちゃん、<Ricken backerの12弦 63年仕様360/12復刻バージョン>これが僕の夢だ!」
「そうか!50万するな!夢を持て、タカヒロ」
「じいちゃん、買ってよ・・・・・ウソだって!!」
「タカヒロ!おまえ~」
<俺は,ただのじいさんでは終らねえ> 再び、輝きを抱いたであろうその目で、そして伸ばした爪のその指先で隆は再び頁を捲る。