涙の理由
律子の顔を心配そうに下から覗き込むタカ。
「りっちゃん 部屋まで送ろうか?何階?ごめんね。ここは病院だもんね。 疲れるよね。
楽しくてつい、話しすぎちゃったよな、、 」
若い少年にとって、年老いた女性の涙などの訳は想像さえもつかないでいたのだ
「ううん、 違うのよ タカ。タカのせいなんかじゃないわ。 」 溢れる物を我慢をせずに、いや我慢出来ずに流したのか 律子は ほんの少しだけ落ち着きを取り戻し話を続ける
ゆっくりと覆った手をのけて 人差し指で溢れでるものを拭う
「あのね、私は今、67歳なのね。長く生きてると思い出って溜まるじゃない?溜まると頭がパンクしそうじゃない?
上手く説明が出来ないのだけど、人間の頭の中は上手く出来ているのよ。
パンクしないようにちゃんと忘れる事も必要ですよって、自然にごく自然に引き出しを整理してくれるの。
これは忘れなさい。
これは忘れてはいけません。
、、って。 」一つ一つ、言葉を探しながら、同時に自分に言い聞かせるように静かに・・ゆっくりと。
「うん」
先生の話しを聞くように真剣に耳を傾けるタカ
「楽しかった事の方が記憶にあるんでしょうけど、 悲しい事も もちろん覚えてるわよね。
いろんな人との出会いの中でもすぐに忘れる事もあるわ。
転校して行った子の事っていったい何人覚えてるかしら?
同窓会で会ったとして 全く思い出せない人もいたり。
それは 関わりとか興味とか恋とかある程度のカテゴリーで括られないと忘れてしまうのだと思うの。もちろん人に寄っては違うのよ。 」
「、、、りっちゃんは忘れられない人がいるんだね?」
「タカとのいろんな話しでね学生時代の自分を思い出してしまったの
そのカテゴリーはTHE BEATLESであり学生時代のバンドであり。まさに今のタカと被るの。それとそこには恋という一番大きな・・大切な括りがあった。」
少し遠くに視線を移す律子
「ばかみたいね、自分は何歳なの?って。」
「懐かしさとは違う涙なんだよ、、ね? 」律子の感情にゆっくりと自分の気持ちを重ね、精一杯の言葉を選ぶタカ
「よければ 聞かせてほしいよ。 りっちゃん。」
「タカわかったわ。私の大切な思い出 。忘れてはいけませんよって言う引き出しを覗かせてあげる。
でも、もう少し待って。
また泣いちゃうかも知れないから。
それにまだ本、半分も見てなかったしね!
明日もまたお相手してくれる? 」ようやく いつもの笑顔の律子に戻りタカは安心したのだった
「もちろんだよ!じゃ明日! 」
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次の日も、その次の日も毎日二人は本を開いて楽しく語り合った
一週間が過ぎた頃、律子は自分のハンカチを取り出し、そこからあるものを出してタカに見せた
「わあ!綺麗だな!何? 」
ハガキ大の大きさのものだった
「栞なのよ」
「栞かぁ。桜の花びら? 」
「ええそうよ 病室の窓についてたのよ。 」
「この絵は? 」
「私が描いたのよ。好きなのよ 絵。 」
「へぇ すごいなりっちゃん。 」
「今日はここまで読んだしって事で、挿んでいいかしら? 」
タカは律子の器用さと
小さな花びらを愛おしく大切に思う律子の綺麗な心に感動した。
律子と会った時から自分には無縁の祖母であったり常に離れて暮らす母親。母性的な愛情を律子にどこかで求めていたことにタカは気づいた
「りっちゃんはやっぱり女性だね 」それは素直な今のタカの感情だった
「あら、もちろんじゃない!それって褒め言葉として受け入れるには難しいわよタカ。 」少し、意地悪な雰囲気で答えてみた
「え? 」
「女性は難しい生き物って事よ!」クスクスと笑い出す律子だった
2人の本も半分以上の頁が風に晒された