桜
律子は今日も 目覚められた事に感謝した。
綺麗に拭きあげられた窓に ひとひらの桜の花びらを見つけた。
ベッドの枠を掴みゆっくりと起き上がる。
花びらが落ちないように そっと窓を開けた。左手で窓の枠を掴み 少し身を乗り出した 危険だとは分かっていたが 律子はどうしてもそれが欲しかった
「おばあちゃん!何してるの!
おかあさん!早く来て!おばあちゃんが危ない!」
娘の美奈の慌てた声に母の佐紀子は慌てた
無機質な真っ白な廊下にスリッパの音がパタパタパタパタと響いた。
息を切らしながら慌てて病室に入った
佐紀子の目に飛び込んで来たのは
窓から半分、身を乗り出した母の姿だった。
「お母さん!何してるの!危ないじゃない!」
「あら、佐紀ちゃん 美奈ちゃん いらっしゃい。いいお天気ね」
慌てる佐紀子に対して、律子は落ちついて笑顔で言った。
「佐紀ちゃん見てほら 此処に桜の花びらがくっついてるの。 取ろうとしてたのよ」
「もうお母さんったらびっくりさせないでよね!桜なら病院の西館入口に沢山咲いてたわ。この病室からじゃ見えないわね ざんねーん。
お母さん 車椅子借りる?下に降りる?
危ないから、もう窓閉めようよ」
「待って、花びら取りたいわ」
真剣な母の横顔に佐紀子は少しだけ驚いた
「お母さん、私が取るわよ。場所変わってよ」
「佐紀子、お母さん 自分で取るわ。体を支えてちょうだい」
「お母さん…」
律子は細くなった腕を伸ばし少し背伸びをしながら窓の反対側に付いた花びらに手を伸ばした
「取れたわよ!佐紀子!」
はしゃぐ母を見ながら
「お母さん、ひとひらだけど 栞にしたらどう?なんだか嬉しそうだし!」
「そうね。 そうするわ。」
律子は 人差し指と親指で優しく持った花びらを左手の手の平に置きながら
感慨深けに見つめていた。