第0話 約束
数十年前からごく一部の者がかかる原因不明の不治の病が散見されるようになった。
圧力か、さえも分からない原因不明の何かによって、圧力がかかったかの様に肉体が自壊し身体機能が衰弱していくため《圧壊病》と呼ばれている病。正式な病名を《圧力自壊衰弱病》と言う。
麻酔等の薬品類も効果が無く、亡くなる原因の大半は痛みに耐えかねた自死であり、その多くが5歳前後に発症し10歳になる前の幼いうちに亡くなっている。
これは、そんな病にかかった少女が転生した異世界で幸せを求める物語。
◆◆◆◆◆
東京のとある病院の小さな一室。
そこは、患者を救えない病院が用意したせめてもの贖罪の場。
《圧壊病》にかかった病人と最後の時間を過ごす場所。
━━━ ッピ ッピ ッピ ッピ ッピ
電子音が小さな室内に響く。
「沙里奈……。 ごめん…。 ごめんな………父さん……お前に何も……何もしてやれ無くて……。」
小さな室内に嗚咽混じりの声が木霊する。
「お…ぅさ…。 なか…ぃで。 わた……だ死……いょ。 しぁ…せ……るっ…や……く…た…ら」
痩せ細り衰弱した少女の口から、掠れた力ない声が吐き出され、空気へと消える。
6歳の頃、病にかかった娘を心配した父に《幸せになる》そう少女は約束したことを覚えていたのである。
娘がどうして12歳まで頑張れたのか、今もなお生きようと頑張れるのか。それを知り父親は言葉に詰まりながらもなんとか言葉を吐き出す。
「…ッ…あぁ……。 ああ…! そうだ…! そう…だったな…!」
「…ま…、お…ぅさ…のチャ……ンた……ぃな…。」
「ああ……! 退院したらいくらでも作ってやるさ……!」
「…ゆぅ……ち…か、テー………ク…もぃ………たぃ……ゴホッ……ゴホッ…。」
「じゃあ、たくさん食べて大きくならないとな……!」
「……わ……げ…き………たら…ゴホッ…こぃ…か…て…たぃ…。」
「沙里奈に恋人ができたら、父さん寂しいな…。 でも、沙里奈ならきっといいお嫁さんになるさ。 なんたって母さんの娘だからな……。」
「……しょ……ぃは…ぃしゃ…ん…か…れか……すけ…れる……と……るの…。」
「ああ……! たくさん勉強すれば、優しい沙里奈なら絶対医者になれるさ……!」
「………そ…で……し…たぃ…く……んで…る…とを…すけ……だ……。」
「……ッ……ああ……! きっと助けられるさ……! きっと……!」
「……。」
「沙里奈だって大丈夫さ! きっと助かる……! 助かるんだ……!」
「………。」
「一緒にお家に帰ろう……! 帰るんだ……! 二人で……!」
「…………。」
「また、一緒に暮らそう……一緒にご飯を食べて、一緒にお出かけして、いっぱい思い出を作ろう……!!」
「……………。」
「また、一緒に……いっ……しょに………ぅぅ……。」
まだ生きていると確かめるようにゆっくりと何度も繰り返される娘と父親との会話。次第に少女は言葉を返す事すらできなくなり、その時は刻々と近づいてくる。
━━━ ピーーーーー
少女の最後を伝えるように電子音が鳴り響く。
「…んで…。 なんで瀬里奈なんだ…! 神様…! どうして! どうして瀬里奈だったんだ!! つらい時だって周りを心配させないように笑う子なんだ!! 困ってる子がいれば心配して助けてあげるぐらい優しい子なのに!!! どうして!!! どうして瀬里奈が死なないといけないんだ!!!!」
段々と怒りが混じり大きくなる怒声が小さな一室に響き渡り空虚に消えていく。
「あの子は! あの子は医者が言った余命より一年以上も頑張って生きたんだぞ!! それだけ頑張ったんだ奇跡の一つぐらい与えてくれたっていいだろ!! 神様!! なんで! なんで…! …どうして…なんだよ…。 …ぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やり場のない怒りが混じった怒声は、やがて嗚咽混じりの叫びへと変わりその場に泣き崩れる。
そんな、泣き崩れる父親の耳が風に乗って声の様な音を拾う。
《大丈夫だよ》
「…ぇ……。」
《私は、異世界で幸せになる! なったから!》
「…瀬里奈……?」
《だから心配しないで!》
「瀬里奈なのか!」
《…………。》
「瀬里奈! 答えてくれ瀬里奈!」
かすかに、されど確かに聞こえた気がした声に言葉を投げかけるが言葉は帰ってこない。
聞こえた気がした声は幻聴か、はたまた……。
「…沙里奈……。 そうだな。 こんなんじゃ沙里奈も母さんも心配してあの世で休めないもんな。 安心してくれ。 父さんはもう大丈夫だ。 沙里奈も母さんと一緒に見守っててくれ。」
父親はそう言い残して医者を呼びに一室を後にした。
◆◆◆◆◆
異世界のとある街の路地裏で一人の幼女が目を覚ます。
「……ん……。 ……あれ…。 ここどこ……。 わたし死んだはずじゃ……。 ……ッ…体も…痛く…無い……?」




