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第十二話

「このパン。どうして足跡の形をしているの?」


「それはですね! 向かいの山、ルプスノア峰に住む山神様の足跡を象ったものなんです!」

  


 暖炉が焚かれた温かな店内。

 棚に並べられた、足跡形のパンを指さすルシアンに、赤い三角巾を被った店員の少女は答える。



「山神様?」


「はい!」


「……山神様?」


「はい! 山神様です!」


「…………なるほど?」



 二人の様子を見かねたカイルは、首を傾げるルシアンの肩を軽く叩く。



「ルーシー。その山神様ってのは、ス(・)ノ(・)ウ(・)ウ(・)ル(・)フ(・)のことだ」


「スノウウルフって、厄獣の?」


「そうだ」



 厄(・)獣(・)

 それは、この世界に蔓延る魔力を宿した獣であり、危険の象徴だ。

 


「へぇ……それはまた、色々と事情があるのね」



 ルシアンもスノウウルフの名には聞き覚えがあったのだろう。  

 顎に手を当てて考える素振りを見せている。



 ──基本的に厄獣は駆除の対象であり、ルシアンを失ったと思っていた二年間、俺は厄獣を数え切れないほど狩った。


 そして気付けば、それで名まで上がっていたのだ。


 あの頃は、生きて帰れるかどうかなんて考えもしなかった。

 胸に空いた穴から目を逸らすように、ただ剣を振るっていた。


 結局そのおかげで今があるのだと考えたら、何とも妙なものだ。



「山神様達は、大きな雪崩が来る前になると、麓まで降りてくるんです。雪の上に足跡を見つけたらみんなで避難するんですよ。昔からそれで凄く助かってて、この山の近くに住むみんな、山神様に感謝してるんです!」


「とってもいい話を聞けたわ。ありがとね。このパン二つ貰えるかしら?」


「わかりました!」



 ルシアンが選んだパンを店員から受け取り、店を後にする。


 暖炉で暖まっていた店内から一歩外へ出ると、降り始めた雪と冷気に思わず身震いしてしまう。


 隣のルシアンの方に目を向けると、同じように身震いをしながら、二の腕を擦っている。


 ルシアンの、赤くなった指先。

 その指先へと手を伸ばし、触れようとしたその時、



『おまえの……おまえのせいでにいさまは!!』



 ──エリオットの叫びが、聞こえた気がした。



「おい、カイル? 顔色悪いぞ。まだ寝足りないか?」


「……そうかもしれない」


「はぁ……仕方のねぇやつだな」



 やれやれと肩をすくめるルシアン。

 


 俺は、何をしようとした?

 何を当たり前のように、彼に触れようとしている。

 俺が──ルシアンをあんな目に遭わせた俺が。


 昨日の出来事。

 ルシアンを抱き上げ、ベッドへと運んだ時、俺はどうにかなりそうだった。

 

 腕の中で不安そうな表情を浮かべる彼を見ると、何もかもむちゃくちゃにしてやりたかった。


 ──ありえないのだ。

 彼が俺の腕に抱かれていること自体が。


 ルシアンと俺は友達で、ライバルなのだ。

 それがなんだ。今は彼と俺は夫婦になってしまっていた。


 どんな形でもいい、一緒にいたいと願ったのは確かだ。

 しかし、その願いのためにルシアンが何かを失うことだけは、絶対にあってはならないのに。


 彼は何を失った?

 レグリア公爵家を継ぐ未来と、男としての人生。

 数多の人を従える、俺なんかよりもよっぽど貴族らしい貴族になっていたはずなのだ。


 辺境の地で、俺の妻として生活する人生なんて。



 俺は、俺は──


 思考が沈んでいく。

 降り積もった真っ白な雪の中へ。

 


「──団長ー! 雪結構強くなりそうなんで帰りましょー!!」



 遠くから響く、レックスの呼び声によって、意識が戻ってくる。



「だってよ。おい、帰るぞ」 



 ルシアンはカイルの手を握る。

 冷たい手と手が固く結ばれる。



「ルシアン」


「ん?」


「俺は、君の隣に立って恥ずかしくない人間になりたい」

 

「おぉ。どうしたんだ急に」


「だから、もう少し我慢していて欲しい」


「? 何のことかわかんねぇけど、寒くなってきたし早く帰ろうぜ」



 ルシアンに手を引かれ、馬車の方へと戻っていく。


 待っていてくれ。

 俺(・)が(・)必ず、君が何不自由なく暮らせる領地にしてみせるから。



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