第7話:崩壊する王国と、皇帝陛下の甘すぎる特効薬
エリオット王子が帝国の監獄へ送られたという知らせは、
すぐに王国へと届いた。
だが、それを嘆く余裕など誰にもなかった。
「お父様、どうにかして! お腹が空いたわ、お肌もボロボロよ!」
かつての公爵邸。
聖女と称えられたシェリルは、鏡を見て悲鳴を上げていた。
リリアーナという「浄化装置」を失った王国では、
今やあらゆる食べ物が一瞬で腐り、水には毒が混じる。
シェリルの自慢だった金髪も、精霊の呪いを受けてバサバサに傷んでいた。
「うるさい! 帝国の皇帝に宣戦布告などできるわけなかろう!
全てはリリアーナを追い出した、お前のせいだ!」
「なんですって!? お父様だって賛成したじゃない!」
親子が醜い罵り合いを続ける中、
邸の外では飢えた民衆たちが暴動を起こし始めていた。
「無能な聖女を出せ!」「リリアーナ様を返せ!」
かつてリリアーナを嘲笑った者たちは、今や彼女の名前を救世主のように叫んでいた。
一方、帝国の皇宮。
そこには、別世界のような穏やかで甘い時間が流れていた。
「リリアーナ。……また薬草の世話か? 私を見てと言ったはずだが」
宮廷の温室。
リリアーナが精霊たちと楽しそうに新種の処方箋を練っていると、
背後から大きな腕が伸びて、彼女の腰を抱きしめた。
ジークハルト陛下だ。
最近の彼は、隙あらばこうしてリリアーナに触れてくる。
「ひゃっ、陛下!? 今、大事な調合中なんです。陛下が触れると、陛下の魔力が強すぎて精霊たちが照れてしまうので……」
「精霊など知らん。私が君に照れているのだから、責任を取れ」
ジークハルトはリリアーナの首筋に顔を埋め、深く呼吸をする。
彼女の体からは、常に精霊を癒やす清らかな香りが漂っていた。
呪いが消えたジークハルトにとって、それはどんな良薬よりも心を安らがせる。
「……リリアーナ。王国はもう、今日明日にも滅びるだろう。君を傷つけた者たちは、すべてを失う」
ジークハルトの声は冷ややかだが、リリアーナを抱きしめる手は驚くほど優しい。
「彼らがどうなろうと、私はもう気にしていません。私は今、
ここで陛下と……この国の精霊たちと過ごす時間が、とても幸せですから」
リリアーナが振り返って微笑むと、ジークハルトの瞳に熱い火が灯った。
彼はそのまま彼女を抱き上げ、調合台の上に座らせる。
「……無欲すぎるな。ならば、その幸せをもっと増やしてやろう。明日、
君を正式に『帝国皇妃』として指名する。これは相談ではない、決定事項だ」
「ええっ!? そ、そんな、私なんかが……!」
「『なんか』ではない。君こそが、私の、そしてこの帝国の唯一の光だ」
深い口づけが、リリアーナの驚きの声を飲み込んでいく。
温室の精霊たちが、祝福するようにキラキラと光の粉を降らせていた。




