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第2話:絶望の呪いが、一粒の飴で溶けた夜

「……、……?」


 ジークハルトは、呆然と自分の手を見つめていた。

 数年間、全身を焼き付くすような痛みと共に侵食していた「死の呪い」。

 数多の聖者や賢者が「もはや手遅れ」と匙を投げたその絶望が、

 口の中に広がる爽やかなハーブの香りと共に、霧散していく。


「体が、軽い……。おい、貴様。今の……この飴は一体何だ?」

「隣国の特産、スズラン草をベースにした私の特製『処方箋』です。

 陛下は魔力が強すぎて、本来味方であるはずの精霊たちが、

 陛下の体の中で大渋滞を起こしていただけなんですよ」


 リリアーナは、雨に濡れた顔を拭いながら、何でもないことのように言った。

 彼女にとっては日常の延長。

 だが、ジークハルトにとっては天変地異に等しい衝撃だった。


「……信じられん。この国を挙げての難病を、そんな菓子一つで……」


 ジークハルトはゆっくりと立ち上がった。

 呪いの紋様が消えた彼の瞳は、鮮やかな深紅。

 月光を浴びたその姿は、冷徹ながらも神々しいまでの美しさだった。

 彼は、目の前で寒そうに肩を震わせている少女をじっと見つめる。


「名は?」

「……リリアーナ・ランドールです」

「ランドール? 聖女を輩出するあの国の令嬢か。なぜこんな国境に一人でいる。

 護衛はどうした」


 リリアーナは少し視線を落とし、困ったように微笑んだ。


「魔力ゼロの無能として、先ほど婚約破棄と追放を言い渡されたばかりなんです」

「――何だと?」


 ジークハルトの眉間に深い皺が寄る。

 今、目の前で「世界の理」すら書き換えるような奇跡を起こした少女を、

 無能と呼んで捨てた?

 その愚行は、ジークハルトの理解を遥かに超えていた。


「面白い。あんな腐敗した国に置いておくには、君は惜しすぎる」


 ジークハルトは大きなマントを脱ぐと、リリアーナの小さな体にそっと被せた。

 皇帝の体温が残るマントは驚くほど温かく、リリアーナは思わず目を見開く。


「リリアーナ。我が帝国へ来い。君の力を、私が、そして帝国が全力で保護する」

「えっ、でも私は追放された身で……」

「関係ない。君を捨てたゴミ共が、後で血の涙を流して悔しがるような――、

 最高の場所を用意しよう」


 その言葉には、絶対的な王者の響きがあった。


 一方その頃。

 リリアーナを追い出した王国のパーティ会場は、阿鼻叫喚の図に変わっていた。


「な、何だ、この異臭は!? 庭園の植物が、一瞬で枯れていくぞ!」

「殿下、大変です! 王都の井戸水がすべて真っ黒に濁り、

 精霊たちが暴走しています!」

「落ち着け! 聖女であるシェリルが祈れば、すぐに……っ!?」


 叫ぼうとしたエリオット王子の足元で、突然床がパカリと割れた。

 中から溢れ出してきたのは、ドロドロとした黒い泥。

 それは、リリアーナが今までたった一人で「肩代わり」し続けてきた、

 国の数百年に及ぶ「澱み」だった。


「嫌ぁあ! 私のドレスが! 殿下、助けて!」


 自称・真の聖女、シェリルの光魔法は、

 その濁流を前にしてパチパチと火花を散らすだけで、何の役にも立たない。


 守り手を失った国に、精霊たちの怒りが、そして現実の崩壊が。

 音を立てて、押し寄せようとしていた。

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