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第10話:神医皇妃の処方箋は、永遠の愛と共に

 それから、数年の月日が流れた。

 かつて「無能」と蔑まれ、雨の国境に捨てられた少女の姿は、

 今や帝国のどこにもない。

 代わりに語り継がれているのは、微笑むだけで枯れ木に花を咲かせ、

 触れるだけで病を癒やす、美しき「慈愛の皇妃」の伝説だ。


「お母様! お母様、見て! 精霊さんが新しいお花をくれたの!」


 帝国の王宮、かつてリリアーナが蘇らせた聖樹の麓。

 銀髪をなびかせた小さな女の子――皇女のセシリアが、

 リリアーナの元へ駆け寄ってくる。

 その手には、虹色に輝く見たこともない花が握られていた。


「あら、素敵な花ね。精霊さんにお礼は言った?」

「うん! チュッてしてきた!」


 リリアーナは穏やかに微笑み、娘の頭を撫でる。

 その手元には、かつて焼き捨てられたはずの「処方箋」の手帳があった。

 ジークハルトが、帝国の粋を集めて復元し、

 さらにリリアーナが新しく書き加えた、世界で唯一の『神の医学書』だ。


「……リリアーナ。また私を放って、精霊と遊んでいるのか」


 背後から低く、けれど甘い声が響く。

 振り返れば、そこには数年前よりもさらに凛々しく、

 そしてリリアーナへの愛を隠そうともしない皇帝・ジークハルトが立っていた。


「陛下、おかえりなさい。セシリアが精霊さんに懐かれてしまって」

「セシリア、父上にもその花を見せてくれ。……それから、

 母上を少しだけ私に返してくれないか?」


 ジークハルトは娘をひょいと抱き上げると、

 空いた片腕でリリアーナをこれ以上ないほど愛おしそうに引き寄せた。


「陛下、子供の前ですよ……っ」

「構わん。君を愛しているのは、帝国中の人間が知っていることだ」


 ジークハルトの言葉に嘘はなかった。

 リリアーナの「処方箋」のおかげで、帝国からは飢えも病も消え去り、

 人々はかつてない繁栄を謳歌している。


 一方、海の向こう。

 かつてのリリアーナの祖国は、今や地図からその名を消していた。

 精霊に見捨てられた土地は不毛の荒野となり、

 そこには誰一人住む者はいない。

 エリオット王子やシェリルがその後どうなったかを知る者は、

 帝国にはもう誰もいなかった。

 彼らの物語は、あの日、リリアーナが窓を閉めた瞬間に終わっていたのだから。


「リリアーナ。君があの日、私に飴をくれた時から、

 私の世界は、君を中心に回っている」


 ジークハルトは、リリアーナの薬草で少し荒れた指先に、

 そっと熱い口づけを落とした。


「これからも、私の隣で笑っていてくれ。君の幸せこそが、

 この世界の平穏なのだから」


 リリアーナは、自分を抱きしめる温かな腕と、

 キラキラと舞い踊る精霊たちの光の中で、心から思う。


 あの時、捨てられてよかった。

 あの時、諦めなくてよかった。

 今、私の隣には、世界で一番大切な「処方箋」――私を愛し、

 守ってくれる家族がいるのだから。


「はい、陛下。私も、あなたを一生……いえ、来世まで処方し続けますね」


 悪戯っぽく笑う皇妃の唇を、皇帝の深い愛が優しく塞いだ。

 聖樹の葉がさらさらと鳴り、二人の幸せな物語は、

 永遠に続く伝説へと変わっていく。

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