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婚約破棄されたので、ラスボスになりました。

作者: おこげ
掲載日:2026/02/17

「君は優秀だが、華がない」

王子はそう言って、微笑んだ。

その微笑みも、角度を三度ほど上げるよう助言したのは私だ。

拍手が起きる。

完璧なタイミング。

完璧な間。

完璧な婚約破棄。

私は一礼した。

「承知いたしました」

王子の眉がわずかに動く。

「……承知?」

「はい。本日付で婚約解消。共同事業の整理は明日までに。外交関連の引き継ぎは――」

「いや、そういう実務の話ではなく!」

会場の空気が少し揺れた。

私は首を傾げる。

「では、どの話を?」

王子は答えられない。

彼はいつも、答えられない。

決断はする。

宣言もする。

だが、その先を考えるのは私の役目だった。

今その“先”が、存在しないだけだ。

城を出るとき、私は振り返らなかった。

振り返れば、あの塔の書庫も、会議室も、財務室の机も見えてしまう。

あそこにあったのは私の居場所ではなく、私の労働力だった。

門番が小声で言った。

「エリシア様、あの……明日から大丈夫ですかね」

「三日で混乱します」

「ですよね」

「一週間で責任の押し付け合いが始まります」

「間違いない」

私は少しだけ笑った。

「では、お元気で」

荒野は風が強かった。

王都の整った石畳と違い、足元は不安定だ。

――不安定。

それでも、不思議と軽い。

選ばれなかったのではない。

切られただけだ。

ならば、切り返せばいい。

そのとき、足元に紙が当たった。

古びた、黒ずんだ紙。

《魔王転職マニュアル》

私は立ち止まる。

荒野に魔王転職マニュアルが落ちている確率について、少し考えた。

考えたが、答えは出ない。

めくる。

応募資格:

・理不尽を燃料にできる者

・統率力のある者

・冷静な者

優遇:

・元令嬢

・元王族関係者

・根に持つタイプ

……優遇。

私は紙を閉じた。

空を見上げる。

「華がないなら、炎を使いましょう」

その瞬間、遠くで雷が落ちた。

たぶん偶然だ。

たぶん。

魔王城は、想像よりも散らかっていた。

玉座はある。

禍々しい旗もある。

ドラゴンもいる。

だが。

埃。

書類の山。

燃えかけの村リスト。

無計画な侵略予定表。

「魔王様ああああ!」

緑色の小柄な魔族が駆け寄る。

「本日、西の村を焼きますか?!」

「なぜ?」

「え?」

「目的は?」

「え……ノリ?」

私は目を閉じた。

ノリ。

王子の政治と同じだ。

「まず会議をしましょう」

城内が静まり返る。

「か、会議……?」

「座ります」

「燃やさないんですか?」

「まだです」

玉座の間に長机を運ばせる。

魔族たちは戸惑いながら着席した。

私は立つ。

「現状把握から始めます」

黒板を設置。

侵略回数、損失、収益。

「燃やした村のうち、再利用可能な資源は?」

沈黙。

「回収担当は?」

さらに沈黙。

私はチョークを置いた。

「これでは赤字です」

「赤字って何ですか」

「後で困ることです」

魔族たちがざわめく。

「困るのは嫌です」

「でしょう」

その日、魔王城に初めて“議事録”が生まれた。

一週間後。

侵略は止まった。

代わりに、分析が始まった。

魔族たちは数字を覚え、損益を理解し始めた。

ゴブリンが恐る恐る言う。

「魔王様……」

「何」

「腹が減らない」

「三食出しています」

「今まで二食でした」

「なぜ」

「村を燃やすと食料も燃えるので」

私はこめかみを押さえた。

「農地は燃やさない。家屋だけ。食料は回収」

「そんな高度なことが」

「高度ではありません」

三か月後。

魔王領の食料自給率は改善。

半年後。

離職率が下がった。

ドラゴンが報告に来る。

「魔王様、部下の士気が異常です」

「良いことです」

「燃やせと言えば燃やしますが、言わなければ燃やしません」

「素晴らしいですね」

「今まで勝手に燃やしてました」

「知っています」

私は玉座に深く座った。

ここは、思ったよりも居心地がいい。

命令すれば動く。

だが、命令の意味を問うてくる。

王宮より健全だ。

半年後、王国の動きが鈍った。

情報は入ってくる。

外交が停滞。

財政が不安定。

書類が回らない。

私は何もしていない。

ただ、いないだけだ。

魔族が言う。

「魔王様、王国が我々のせいにしています」

「当然ですね」

「どうします?」

「何もしません」

「攻めませんか?」

「勝手に崩れます」

そのとき、城門に青年が立った。

軽装。

剣。

そして――鍬。

「魔王を倒しに来ました」

私は玉座から彼を見下ろした。

「担当部署は侵略課です」

「部署があるんですか」

「あります」

「予約は」

「ありません」

「次回から取ってください」

彼は困った顔をする。

「戦っていいですか」

「どうぞ」

三十秒後。

彼は倒れていた。

「弱いわね」

「知ってます」

「なぜ来たの」

「なんとなく」

「動機が薄い」

彼は地面に寝転んだまま、天井を見上げる。

「魔王城、評判いいので」

「評判?」

「残業ないって」

私は目を細める。

「誰が言いました」

「酒場」

……広報部を作るべきか。

彼は起き上がる。

「また来ます」

「勝てると思って?」

「思ってません」

「ではなぜ」

彼は少し考えてから言った。

「魔王、ちゃんとしてるから」

その言葉が、妙に引っかかった。

王子は一度も言わなかった。

ちゃんとしてる。

私は玉座に戻りながら、小さく息を吐いた。

「変な勇者ね」

「農家です」

「副業をやめなさい」

「本業が農家なんで」

魔族たちがざわつく。

「魔王様、あれ勇者ですか?」

「らしいわ」

「弱いですね」

「ええ」

私は少し考えた。

「次回から入城記録を取って」

「敵ですよ?」

「常連です」

魔王城は、今日も平和だった。

農家勇者は、本当に常連になった。

三日に一度。

きっちり三日。

「予約です」

「律儀ね」

受付に立つゴブリンが、名簿をめくる。

「本日十時、魔王討伐(仮)。所要時間三十分」

「三十秒では」

「反省会込みです」

最近は、戦闘後に反省会をしている。

なぜこうなった。

二十九秒。

二十八秒。

着実に縮む討伐タイム。

「今日は二十七秒でした」

床に転がりながら勇者が言う。

「改善点は」

「初動の踏み込みが甘い」

「自己分析が正確で腹立たしいわね」

侵略課のオークがメモを取る。

「魔王様、次回は模擬戦形式にしますか?」

「本気で倒されたら困る」

「倒しません」

勇者が天井を見たまま言う。

「倒したくないので」

「敵でしょう」

「副業です」

「だから本業は農家でしょう」

一方、王国。

混乱は予想より早かった。

まず、会議が長い。

決まらない。

決められない。

決めた後の段取りが存在しない。

私がいた頃は、王子が宣言すれば翌日には実行案が並んでいた。

今は宣言だけが空に浮く。

「魔王が経済活動を開始した!」

「断じて許すな!」

「具体策は?」

「……検討する!」

検討。

便利な言葉だ。

何も進まない。

魔王城では市場が拡張していた。

人間の商人が増える。

魔族の職人が増える。

ドラゴンが物流部長に就任した。

「空路は効率的です」

「燃やさないでね」

「今は運搬専任です」

勇者は市場で芋を売っている。

「討伐は?」

「午後です」

「業務の合間に来るな」

「両立型です」

最近、彼は戦う前に必ず報告をする。

「王国、増税しました」

「ふむ」

「理由は“魔王対策費”」

「対策してないのに」

「してないですね」

私は書類を閉じる。

王国は、魔王を“外敵”にすることで内部をまとめようとしている。

だが。

外敵が静かだと、理由が薄い。

ある日。

王子が演説をしたという報が入る。

『魔王は冷酷である!』

「燃やしてないのに」

『魔王は人心を惑わす!』

「市場開いただけで?」

『魔王は秩序を乱す!』

「秩序を整えてるのはこっちよ」

魔族たちがざわめく。

「攻めますか」

「攻めない」

「なぜ」

「彼らは、私を必要としている」

「必要?」

「責任転嫁先として」

沈黙。

ドラゴンがぽつりと言う。

「王子様、魔王様がいなくなったら困りますね」

「ええ」

私は紅茶を飲む。

「私も、いなくなったら困らせたくはないの」

それは王国のことではない。

この城のことだ。

その夜。

勇者がまた来た。

戦闘二十六秒。

反省会。

「今日は集中力が高かったわ」

「芋が豊作なので」

「関係ない」

彼は座り込んで、少し真面目な顔になる。

「王子、焦ってます」

「知ってる」

「あなたを、悪者にしたい」

「もうなってるでしょう」

「違う」

彼は首を振る。

「ちゃんと悪者にしたい」

ちゃんと。

その言葉に、少しだけ胸が動く。

王子は、ちゃんと私を見たことがなかった。

便利な駒。

有能な補佐。

華のない婚約者。

「魔王」

「なに」

「怒ってないんですか」

少し考える。

怒りは、就任初日に燃やした。

今残っているのは、静かなものだ。

「怒っていない」

「嘘」

「なぜ」

「怒ってない人は、あんなにきっちり城を立て直しません」

……鋭い。

私は彼を見る。

「では、あなたはなぜ来るの」

「魔王がいるから」

「討伐」

「それもある」

少し黙って、彼は続ける。

「でも、魔王がちゃんとしてるって、王国の人も知ったほうがいい」

私は笑う。

「あなたが言っても説得力がない」

「勇者です」

「弱い」

「そこは否定しません」

風が吹く。

彼の髪が揺れる。

鍬が壁に立てかけられている。

剣より馴染んでいる。

「王子と戦うことになったら」

彼がぽつりと言う。

「どうします」

私は迷わない。

「勝つ」

即答。

「倒しますか」

「必要なら」

「僕は」

彼は言い淀む。

「僕は、魔王と戦うけど」

「ええ」

「王子とは、戦いたくない」

私は目を細める。

「甘いわね」

「農家なので」

「関係ない」

少しの沈黙。

彼は立ち上がる。

「次は二十五秒目指します」

「業務連絡みたいに言うな」

帰っていく背中を見ながら、私は思う。

彼は弱い。

けれど。

まっすぐだ。

王子は強い立場にいた。

けれど。

揺れていた。

どちらが勇者なのか、少しわからなくなる。

王国から正式な通達が届く。

『魔王討伐軍、編成』

ついに来たか。

魔族たちが武器を構える。

私は立ち上がる。

「慌てない」

「戦争ですか」

「いいえ」

窓の外。

遠くに見える王国の旗。

揺れている。

統制が取れていない動き。

私は静かに言う。

「彼らは、内部をまとめるために外を叩く」

「ならば」

「叩きどころをなくせばいい」

「どうやって」

私は微笑む。

「ちゃんとするの」

ちゃんと。

その言葉を、今度は自分で噛みしめる。

ラスボスになると決めた。

だが。

ただの悪役にはならない。

王国が崩れるのは、私が攻めるからではない。

私がいなくなったからだ。

その事実を、彼ら自身に見せる。

そして。

そのとき。

あの農家勇者は、どちらに立つのか。

王国軍は、整っていなかった。

旗は多い。

鎧は光っている。

だが、歩幅が揃っていない。

遠くからでもわかる。

準備不足。

焦燥。

そして――

演出。

先頭に立つのは、あの王子だった。

白いマント。

完璧な角度の微笑み。

……三度ほど上げてある。

誰に助言されたのだろう。

城門前。

魔族たちが並ぶ。

侵略課、物流部、経理、広報(新設)。

ドラゴンが低く唸る。

私は前に出る。

玉座ではなく、地面に立つ。

王子が声を張る。

「魔王エリシア! 貴様の悪行、ここで断つ!」

「具体的に」

一拍、空く。

「……経済的侵略!」

「市場開設のこと?」

「人心掌握!」

「三食提供のこと?」

ざわめきが起こる。

王国兵の列が、わずかに揺れる。

私は静かに言う。

「あなたは今、何と戦っているの」

王子の眉が動く。

昔と同じだ。

答えられない。

彼は剣を掲げる。

「魔王は、秩序を乱す存在だ!」

「秩序とは?」

「王国が決めるものだ!」

「ならば今、王国は整っている?」

沈黙。

背後で、私の部下たちが一歩も動かない。

命令を待っている。

命令の意味を理解しながら。

そのとき。

王国軍の後方から、一人の青年が出てきた。

軽装。

剣。

そして――鍬。

「遅れました」

「あなた、討伐軍にいたの」

「半分」

「半分?」

「徴集されました」

農家勇者は、王子の横に立つ。

王子が低く言う。

「お前が先陣を切れ。勇者だろう」

彼は、少しだけ迷う。

ほんの一瞬。

けれど私は見逃さない。

「勇者」

私は呼ぶ。

「予約は」

彼は、困ったように笑う。

「今日は、取ってません」

「無断侵入ね」

「すみません」

王子が苛立つ。

「何をしている! 斬れ!」

空気が張り詰める。

勇者は、私を見る。

まっすぐに。

「魔王」

「なに」

「あなたは、悪ですか」

問い。

愚直な問い。

私は答える。

「ラスボスよ」

「それは役割です」

「そうね」

風が吹く。

旗が揺れる。

王子が叫ぶ。

「迷うな! 魔王は敵だ!」

勇者は剣を握る。

そして。

一歩、前に出る。

私に向かって。

魔族たちが息を呑む。

ドラゴンが翼を広げる。

私は動かない。

勇者は、私の前まで来て――

くるりと振り返った。

剣を、王子の前に向ける。

「……悪いですけど」

王子が凍る。

「僕、ちゃんとしてないほうとは戦えない」

静寂。

「な、何を言っている!」

「王国、今ちゃんとしてません」

ざわめきが広がる。

勇者は続ける。

「魔王は、敵です。戦います。これからも」

私は目を細める。

「でも」

彼は、はっきりと言う。

「理由のない戦争は、しません」

王国兵の列が揺れる。

誰かが兜を脱ぐ。

また一人。

また一人。

王子の顔が歪む。

「裏切るのか!」

「裏切ってません」

勇者は首を振る。

「僕は、ちゃんとした側に立つだけです」

王子は剣を振り上げる。

だが、その刃は震えている。

私は前に出る。

「王子」

彼が睨む。

「君は優秀だが、華がない」

私は微笑む。

あのときと同じ角度で。

「そう言いましたね」

彼の顔が青ざめる。

「華がないなら、炎を使えと」

私の背後で、魔族たちの魔力が揺らぐ。

大地が震える。

空が暗くなる。

本気を出せば、王国軍は消える。

できる。

簡単だ。

けれど。

私は炎を消した。

「今日は、燃やさない」

王子が息を呑む。

「なぜだ!」

「理由がないから」

私は彼を真っ直ぐに見る。

「あなたが崩れているのは、私のせいではない」

沈黙。

「私がいなくなっただけ」

その言葉は、剣より鋭い。

王子の手から、剣が落ちる。

乾いた音。

彼は、初めて理解した顔をした。

自分が、何を失ったのか。

王国軍は、撤退した。

戦闘は、なかった。

勇者はその場に立っている。

王子は連れて行かれた。

風が静まる。

魔族たちがざわめく。

「追撃しますか」

「しない」

私は勇者を見る。

「今日は戦わないの」

「今日は」

彼は剣を収める。

「でも、いずれ」

「ええ」

私たちは向き合う。

敵として。

けれど。

敵だけではない。

「魔王」

「なに」

「僕、強くなります」

「知ってる」

「いつか、ちゃんとあなたを倒せるくらい」

私は笑う。

「それまで、ちゃんと生きなさい」

「はい」

彼は門へ向かう。

今度は正面から。

予約は、まだない。

玉座の間。

静かだ。

私は腰を下ろす。

「魔王様、あなたは……」

「なに」

「本当にラスボスですね」

私は小さく笑う。

「ええ」

ラスボスだ。

最後に立つ者。

選ばれるのではない。

自分で立つ場所を決める者。

婚約破棄された令嬢は、いない。

いるのは、魔王エリシア。

そして。

ちゃんとしている敵を、待つラスボス。

窓の外。

遠くに小さな影。

鍬を担いだ勇者が、振り返る。

私は軽く手を振る。

次は、予約を取らせよう。

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