清楚系ビッチと僕のただれた関係
クラスメイトの清華千波はお淑やかで物静かな女の子だ。
ハンカチ、ティッシュは常に常備。授業態度も良く、休み時間は質素なブックカバーを付けた本を姿勢良く上品に読んでいる。かといって、近寄り難い雰囲気はなく、話しかければ誰にでも分け隔てなく人懐っこい笑顔を見せてくれる。
そんな彼女に僕は恋をしていた。いや、クラス中の男子が恋心を持っていたに違いない。
だけど、宝くじは買わなければ当たらないのと同じように、どれだけ内心で恋焦がれていても告白しなければ恋人にはなれないのだ。
「どうせ当たらない、金の無駄だ」と、はなから諦める人がいる一方、実際に当選させて人生を変える人もいる。
僕は前者だった。
そして、幼馴染である大隅勝也は後者だった。
「一木。今日お前の家寄ってもいいか?」
放課後、帰りの支度をしている僕に勝也が清華さんの横で頭を掻いている。
高校生が恋人同士で過ごせる場所は多くない。僕のように一人暮らしでもしていなければ。
「また僕の部屋でいちゃいちゃするつもり?」
「だ、ダメか?」
チラリと清華さんに視線を向けると、俯いてもじもじさせていた。
はぁ……。僕が彼女に好意を持っているって知ってるくせに。
「まぁ、清華さんと一緒ならいいけど」
「よっしゃ。たくっ、感謝しろよ? 俺がいなかったらお前は一生千波を部屋にあげることはないんだぜ? へへへ、それじゃ、さっそく行こうぜ」
憐れむような視線を僕に向け、一人軽やかなステップを踏みながら教室を出て行く。
去年まで「一生独り身でいような」なんて言っていた男とは思えない。
ため息をついて、後を追うために椅子から立ち上がった時だった。制服の袖が控えめに引っ張られる。
「ごめんね。いつも、部屋にお邪魔して」
鈴のような声にさらさらした黒髪から香るラベンダーの匂いがそんな僕を癒していく。今なら何を言われても受け入れてしまう気がした。
「ううん、気にしないでいいよ。清華さんならいつでも歓迎だから」
「ふふふ、三浦君って優しいね」
優しいか……。
本来は誉め言葉のはずだが、こと恋愛に至っては違う。暗に恋愛対象ではないと言われているのと等しい言葉。
曖昧に笑い、歩き出すと清華さんも僕の袖を掴んだまま横に並んだ。
「あの……袖が」
「えっ? あっ……」
僕の声にゆっくりと袖から手を離した。その拍子に、人差し指が軽く手の甲に触れる。
そんな些細なスキンシップに心が高鳴ってしまう。
勝也とはもっと大胆な行為をしているんだろうな。それに比べて、清華さんの指が触れたぐらいでドギマギして哀れな僕……。
「……それじゃ、勝也君が待ってるし、行こっか」
「そ、そうだね」
三人で今日あった学校の話をしながら僕の部屋につく。
「相変わらずなんもない部屋だな~趣味とかないのか?」
部屋に入って早々、勝也がベッドの上を占領する。
リビングにはテレビとベッド、そして本棚が置いてあり、後は小さなテーブルが真ん中にポツンとある。部活にも入ってない僕には趣味といえるものがなかった。
「私は素敵なお部屋だと思うな。ミニマリズムっていうのかな? 生活するのに必要最小限なお部屋って洗練されていて好きだよ」
「清華さん……」
口が悪い勝也と違って、僕をおもんばかった言葉に涙が出そう。
なんでこんなに思いやりのある子が勝也なんかと……。
「ま、そんなことより、こっちこいよ千波」
ベッドの上に座りながら手招きする勝也に清華さんも隣に腰を下ろした。
僕は二人にお茶を入れてからテーブルを挟み対面するように座る。
これじゃ、まるで僕のほうがゲストみたいだ。
「へへへ、これでもくらえ」
「いやっ、くすぐらないでよ。ふ、ふふふ、ははは」
「おりゃおりゃ」
「きゃはは」
二人は僕を無視して、脇腹をつつき合う。
たまに向けてくる勝也の勝ち誇ったような視線が鬱陶しい。絶対僕に見せつけて楽しんでいるなこいつ。
その様子を床に両手を付きながら眺めていると、清華さんが堪えきれずに足を上げてバタバタと暴れだした。
あっ、パンツが見えそう。
ベッドと床の段差から、僕の視線がちょうど彼女の腰に当たる位置にある。そのため、少しでも足を開けば、清華さんの秘密の花園が御開帳といった具合。
「も、もう。ふふふ、やめてよ、あはは」
「なら、これで最後だ。必殺、こちょこちょマックス!」
「きゃはははは」
勝也が両手で清華さんの脇をくすぐった瞬間、彼女の足が緩む。
「……っ!?」
僕の視線に気づいたのか清華さんは真っ赤になってスカートを両手で押さえてしまった。
「おい! 一木! 俺の許可なく千波のパンツを覗いてんじゃねえ! 俺だってまだ見せてもらったことないんだから……」
「心配しないで、大丈夫。ぎりぎり見えなかったからさ」
嘘である。僕の脳内にはしっかりと紫色のパンツが永久保存済み。
清楚な清華さんのことだから、てっきり白色だと思っていたから余計に興奮した。
「ふぅ~、それならよかったよ。もう! だからやめてって言ったじゃない」
「悪いのはむっつりの一木だろ? それより、俺にだけパンツ見せてくれ」
「え……嫌だけど」
「なんでだよ~、俺は千波の彼氏だろ? それぐらいいじゃん」
「私言ったよね? そういうことは結婚するまでしないって。それとも私のことが好きっていうのは体目的だったの?」
「ち、違うって……」
「そう。あっ、せっかく三浦君がお茶入れてくれたから飲もうよ」
「お、おう……」
てっきり、この二人はもっと深い関係になっているのかと思ったけど、この会話を聞く限りそうでもなさそうだ。
つまり、彼氏ですら見たことない清華さんのパンツを僕は見ちゃったのか。そう考えると、勝也に申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「んく……はぁ~……このお茶温かくて美味しいね」
茶道でも習っているのか清華さんは両手を使ってとても上品だ。
「ネットで評価のいい茶葉を取り寄せてみたんだ。清華さんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「お茶はお茶だろ。全部同じ味だ」
不機嫌そうに勝也はお茶を一気飲みした。
「やべっ、トイレ借りぞ!」
それだけ言って返事も聞かずに、トイレへと直行。
利尿作用があるお茶を一気飲みすれば無理もない。
そして勝也がいなくなれば、必然と僕は清華さんと二人きりということになる。
「ほんと勝也はいつもバタバタしてるよね」
「なんか彼氏がごめんね……」
なぜか、清華さんが申し訳なさそうに体を縮こませていた。
そんな気にしなくていいのに、でもこういう気遣いが清華さんらしい。
「いいよ、あいつはいつもあんな感じだし」
「三浦君は優しいね」
「それほどでもないよ」
「……」
「……」
会話が続かなくて気まずい。
清華さんも気まずいのか、正座から膝を持ち上げて体育座りに変わる。
「ねぇ、見たい?」
膝に顔を倒して清華さんが猫なで声で問いかけてきた。
「み、見たいって、その……な、何を?」
主語のない誘惑に声が上ずる僕を誰が責めれようか。
すると、無言で制服のスカートをふわりと軽く捲る。
それはあれだろうか、下着の類のことを言っているのだろうか。
いや、待て早まるな。
あの清楚で彼氏にすらパンツを見せたことがなく、教会のシスターのように身が固い清華さんが、そんなことを言うはずがない。
「……清華さん?」
なので、僕はさぐるようにジャブを飛ばした。
すると清華さんは勝也が飲み終えたコップを持ち、コロコロと机の下に転がす。
「うふふ、イエスならコップを拾って? ノーならこの関係はここで終わり」
妖しく光る彼女の瞳にごくりと僕は唾を飲み込んだ。
「知ってるんだよ? さっき、私のスカートの中を覗いていたこと。本当は見たんでしょ?」
……ちゃんとばれていた。
だが、相手は幼馴染の彼女。裏切るわけには……。
「ふふふ、必死で床に這いつくばってちゃって可愛い」
僕の体は考える前に動いていた。
清華さんに見下ろされながら見たテーブルの下の景色はアジサイだった。
ジャー、バタン。
まずい! 勝也がトイレから戻ってくる。
僕は元の位置に戻ろうと、頭を上げると、ガゴンっと思いっきり机にぶつかった。
「痛って~」
「大丈夫?」
心配そうに僕の隣で片膝をつく清華さん。
その足の隙間からパンツが丸見えだ。
「ん? お前ら何やってんだ?」
「三浦君が頭ぶつけちゃって……」
「何やってんだ鈍い奴だな~。あと、千波。パンツ見えそうになってんぞ」
勝也の言葉に清華さんはスカートを慌てて押さえる。
「きゃっ! 変態! 見ないでよ」
「は? 俺からじゃなくて、一木に見られそうだと指摘したんだよ」
「なんだ、それならよかった」
「おい、それは一木になら見られてもいいってことか?」
「そんなこと言ってないじゃない」
「まぁまぁ、二人共落ち着いて」
僕は体を起こして、痴話喧嘩を始めた二人を宥めた。
「千波は結構ゆるいとこあんだから、気をつけろよ」
「は~い。反省してます」
それにしても、清楚で清純な清華さんにこんな一面があったなんて。
「それじゃ、そろそろ帰るか」
「え? まだ来たばっかりでしょ? もっと僕の部屋にいてもいいよ」
「馬鹿か。千波はそんな安い女じゃねえんだよ。いつまでもお前の傍に置いとけるかっての。一木もさっさと彼女でも作れよ」
「それじゃ、またね、三浦君」
「あ、うん……」
清華さんは何事もなかったように柔らかい笑顔を見せて勝也と部屋を出て行った。
「はぁ~……相手は勝也の彼女なのに、何やってるんだ僕は……」
机の下から覗き込んだ景色が頭から離れない。
あの恍惚とした清華さんの表情が離れない。
明日からどんな顔で会えばいいんだよ……。
ピンポーン。
二人が去ってしばらくした後で部屋のチャイムが鳴る。
「はい、どちら様で……」
ドアを開けると、清華さんが笑顔で立っていた。
勝也の姿が見えないことから一人のようだ。
「三浦君。忘れ物取りに来たよ」
忘れ物? そんなのあったかな。
「あ、そうなんだ。じゃあ入って」
「ありがとう」
「えっと、何を忘れたの? 二人が帰ってからざっと見渡したけどそんなものは……」
僕は彼女を部屋に上げて振り向くと、ぐいっと清華さんが胸に飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと清華さん?」
「ねぇ、二人きりのときは千波って呼んで? 一木君」
「え、あ、うん……ち、千波さん」
「興奮するでしょ? 幼馴染の彼女といけない関係になるの」
「こ、これからも続けるの?」
「もちろん。この背徳感が私、大好きなの。勝也君とはしないこと、一木君には、い~っぱいしてあげるからね。それじゃ、手始めにキスから始めよっか」
学校では誰もが認める清廉潔白な千波さんが、堕落した笑みを浮かべる。
そうして、僕と千波さんのただれた関係はこれからも密かに続くのだった。




