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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第二章 逃避行の灯と、迫りくる影

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第7話 灯の宿の夜、寄り添う二つの鼓動

 同じ寝息が重なった瞬間、

 二人の旅は、もう『戻れない道』に変わっていた。

 心だけが先に寄り添ってしまう——。


   

 ——

 街の鐘楼から、夕刻の一鐘いっしょうが鳴らされる。

 

 ナナとトキは、夕飯を食べる為に一階の食堂に向かった。

 服装は午後に買った、周りに溶け込むようなものに着替え済みだ。

 

 普通の村娘と弟と言った風情の二人は、食堂の隅の席に座った。

 

「おや、お腹空いたかい?すぐに準備するから待ってておくれね」

 

 林檎売りのハンナの姉で女将のリサンナが、そう言って厨房に下がっていった。

 

 服を買って着替えて戻ったナナを、何を着ても可愛い、女の子もいいねぇと気に入って、おやつを差し入れてくれた優しい女将さんだ。


 十五歳だという息子のミロは、いつの間にかトキと仲良くなっていて、そばにやってきた。まだ他のお客が少ないせいか、まだ自由にしてられるらしい。

 

「リアナも料理するんだね。でも、うちのお袋の料理は最高なんだぜ」

 

 微笑ましいくらい、真っ直ぐな言葉で母親の料理を自慢するミロに、ナナの心の緊張が溶けていく。

 

「ミロはお袋さんの料理を継ぐの?」

 

「まだ手伝いくらいだけど、でも宿の手入れも覚えなきゃだし……本当は、料理上手な奥さんを迎えられたら一番なんだ」

 そう言って、ミロはちらりとリアナを見る。


 トキはその視線の意味に気づいて、思わずナナへ目を向けた。

 ——しかし当のナナは、まったく気づいていない。

 

「いい人がみつかるといいわね」

 

 と、あっさり答えてしまうナナに、トキは小さく安堵した。

 

 そんな珍しく年の近いお客さんとの交流を楽しむミロだったが、その気持ちを吹き飛ばすような、大きな声が食堂に響く。

 

「おい、そろそろ仕事だ、厨房に入れ」

 

 低いよく通る主人のゲルトの声が、ミロを追い立てて、心が折れるどころではなくなり、ミロは急いで厨房に向かった。

 

 ナナは、リサンナと、トキはミロとそれぞれ打ち解けていて、亭主の名前も二人から聞いていた。

 

「はい、おまちどうさま。今夜の夕食は、森茸と根菜のポタージュ、焼きたての黒麦パン、香草バターの鶏肉ソテーだよ。」

 

 リサンナが手ずから運び、紹介してくれた、素朴だが香りが素晴らしい晩餐が、机に並んだ。


「それとデザートにはハンナの畑で採れた、黄林檎のコンポートが出るからね。しっかりおあがり」

  

「おいっしい〜! 何これ、舌ざわりがよくて、香りもすごくて、どうやって漉してるのかしら?」

 

「こっちのパンもいい香りですよ。それに鶏肉も、よだれでおぼれちゃいそうです」

 

 そう言いながら料理を頬張るトキは、何かに気付いてあわてて付け足す。

 

「ナ……リアナの料理の方が、僕は好きですけどね」

 

 無邪気なトキの言葉は、素直にナナの心に突き刺さって来て、ナナの心臓は本当に刺されたかのように何度も跳ねさせられる。


「流石に、リサンナさんのこれには敵わないよ?」

 

「好きかどうかの話ですからね」

 

 とまたトキの言葉はナナの心を温めてくれる。身体がポカポカして来てるのは、美味しく温かいスープのせいなのか、トキの言葉のせいなのか、ナナにはわからなかった。

 

 美味しい夕飯が終わると、合間にナナは少しだけリサンナと話して料理のコツを教わった。

 

「娘がいたらこんな感じだったのかねぇ? ミロが嫁をもらったら、こんな風に仕込んであげれると良いねえ」

 

 そんな事を言いながらリサンナは楽しそうに教えてくれる。その様子は、師匠が魔法を教えてくれる姿に少し似ていて、ナナは森を思い出した。

 

 

 夜も更けて、二人は二階の部屋で並んだ二つのベッドに横たわっている。

 

 寝る前にこんな寝床で寝れるのは珍しいから、早く寝てしっかり寝ようねと言って、寝床に入ったナナだったが、久しぶりの広々としているが、人の温もりのない寝床に、何だかうまく寝付けなかった。

 

 くるっと寝返りを打って、トキの方を向いた。すると、同様にまだ眠れてなかったトキと目が合った。


 

「あの、眠れなくて、少しだけそっちに行って良いですか?」


 

 そうトキが寂しそうなでも甘えた声で言って来た。

 

「いいわ、私が行ってあげる」

 

 そう言ってナナは、少し奥にずれたトキの横に、横たわって、横抱きにした。

 

 お互いの温もりが伝わってくる。幸せそうに微笑みながら、トキはあっという間に寝息を立てはじめる。

  

 暫くその寝顔を見ながら、何だかこの子がとても大切に思えて来て、師匠に思う好きと、何だか違うこの、好きな気持ちは何だろうと考えながら、もう少し触れていたくて、起こさないようにそっと身体を寄せた。


 この温もりは、師匠の抱擁とも、春の日だまりとも違う――

 

 月の光が、トキの髪をまるで元の姿のような銀に染めていた。それが、本来の彼の姿をいっそう思い描かせて、あたたかい気持ちが広がる。それがナナの心に安らぎを与えていた。



 気づくとナナの唇が、彼の頬のすぐ傍まで近づいていた。

 触れるか触れないか、その境界で——胸が締め付けられる。

 

 ——ダメよ、ナナ。魔女は自然と共にあり、人と深く結びついてはならない。そう教えられてきたでしょう?

 だけどでも、この気持ちをもう忘れることはできそうになかった。

 

 心の中で「おやすみ」と囁くと、起こさないように慎重に身を離し、自分の寝床に戻ったナナは、胸の奥にまだ残るぬくもりを抱いたまま、いつしか穏やかな寝息を立てはじめた。


 優しい一家の営む宿の一室に、二人の寝息がまるで合わせているかのように、同じリズムで揃って聞こえていた。



 一夜が明けて、短い交流の時間が終わり、二人はまだ旅立つ時間がくる。

 

 出立の準備をするナナを見ながら、トキは、ナナさんが隣にいる。それだけで、怖くない――ずっと一緒にいたい。そう思いながら、慌てて自分も準備をはじめた。

 

 荷物を整えて部屋を出て、鍵を主人のゲルトにかえす。

 

「元気で旅をつづけな」

 

 ぶっきらぼうな声だったが、その奥にある気遣いにトキは気づいた。

 追っ手と同じ『戦うものの気配』はあるが、この人からは敵意ではなく、ただの誠実さが感じられた。

 

「リト!いつか、俺が後を継いだこの宿にも泊まりに来てくれよ」

 

 ミロが、奥から大声で届くように声をかけてくる。

 

「元気でね、二人仲良く、目的地まで頑張ってね。余裕があったら、私が教えた料理、つくってみてね」

 

 リサンナは二人をぎゅっと抱きしめるとナナの耳元に顔をよせ、密やかに耳打ちした。

 

「最近、見慣れない人相の悪いやつらが、十二歳くらいの男の子を連れた二人連れを探してるって噂が流れている。賞金までかけてるって話だ。聞いてる男の子の特徴とはだいぶ違うけど、あんたたちも気をつけな」

 

 奥から出てきた、ミロとリサンナに手を振られながら、落ち着けた一夜を終えて、二人はまた逃避行の旅に戻る。


 

 しかし、この温かい家族にもらった何かは、旅の辛さをしばし和らげた。


 

 そして、この夜の温もりが、ふたりの旅に、いつまでも灯のように残り続けた。


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