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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第一章 泉の出会いと、風が動き出すとき

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第5話 焚火の夜、逃避行は始まった

 ——逃避行の夜、震える鼓動。

 抱きしめた瞬間、ナナの心はもう後戻りできなくなる。



 ——

 二人と二頭が森を離れて数刻した頃、夜道ゆえに、駆鳥(かけどり)は速度を落として、街道沿いを進んでいる。

 

 天から見下ろす月は、冷え冷えとした光で、二人の行く手を微かに照らしていた。

 わずかな月明かりでは、もう懐かしい森の姿は、ナナの眼に届くことはなかった。

 

「あ、お師匠様の魔力が、小さくなった。終わったのかしらね」

 

 と何かを感じ取ったらしい、ナナが言う。

 

「じゃあ、もう戻っても大丈夫なんでしょうか?」

 

 トキがそう尋ねるが、ナナの返事は厳しいものであった。

 

「ダメね。あれだけの力を使ったらお師匠様でも、しばらくは眠らないといけない……。ほんとに無茶な事でも平然としちゃうんだから。」

 

 そう言って、ナナは月明かりに手をかざして、小さく息を吐いた。

 

「お師匠様も、もう結界を維持するので精一杯のはず……魔女だって、無理をすれば眠らなきゃいけないのよ」

 

「そ、そうなんですね」

 

「わたしたちがなるだけ離れていくほど、森は安全になるはず。だからわたしたちはお師匠様の言う通り、エルシアへ向かわなきゃいけない」

 

 それを聞いた、トキは駆鳥(かけどり)の上でじっと考え込んでいる。しばらくして、おもむろにトキは宣言する。

 

「僕、強くなります」

 

 夜の風が、焚き火の赤をさらって流れていく。その光の中で、トキの今は栗色の髪がわずかに揺れた。

 

 その言葉はまだ幼い決意であるが、すでに遠くを見据えて、自らの力で立とうとしていた。


 

 ナナはその目に、新しい風を感じていた。

 

 その声に、幼さの中に宿った炎を見た気がした。

 

 その瞬間、胸の奥で何かが

 ――小さく芽吹くのを感じた。


 守る対象ただそれだけだったはずなのに。

 

 声をかけようとするが、喉に何かが引っかかったように言葉がでない。ナナは結局、黙ったまま、その髪の揺れるのを見ていた。

 

 そんなナナに、トキはゆっくり話しかけた。

 

「ただ逃げるんではなくて、きちんと考えて、周りに迷惑をかけないように、ちゃんとできるように、そしてナナさんを支えられるように」

 

 そんな風にトキの言葉が、幼い少年から青年へと変わっていくのを、ナナはうまく受け入れる事ができない。

 

「大丈夫、トキは私が守るから」

 

 トキに必要な自分でいたい、そう思う気持ちを、ナナはこんな言い方で伝える事しかできなかった。

 

「もう守られてるだけじゃダメなんです。ウリル様はあんな風に言ってくれましたけど、僕が森に行かなければ、こんな事にはならなかったはずです。それにウリル様も、相手を助けてって言ってましたよね?」

 

 そう言われて、ナナは別れ際のウリルの言葉を思いだす。

 

『二人とも仲良く、二人とも相手を信じて、相手を頼って、そして相手を助けて、そうやって旅をするんだ』

 

「そうだった……わね。私が一方的に守るのではなく、二人で。」

 

 それでも私はトキを守っていたい、そう心の中で、ナナの声は叫んでいた。けれど、その想いをトキに告げることはできなかった。



 夜もだいぶ更けてきた頃、街道の脇に野宿の焚き火跡を見つけた。


「水場も近くにあるわね、今夜はここで休みましょう。炭化した薪が残ってるから、暖をとりましょう」

 

 そう言ってナナは近くの木に鳥を止めると、荷物から火口箱を取り出す。

 

「あ、僕やりますよ」

 

 そう言ってトキが手を伸ばす。

 

 ナナはトキに火口箱を渡して、そばから覗き込むと、トキはそれを持って、必死に火をつけようとするが、慣れない手つきでなかなか火をつけることができない。


 ナナは、火打石を握るトキの両手に、自分の手を重ねた。先に伝わる鼓動。手の中にある命の温度。

 

 風が頬を撫でたのか、息が触れたのか。

 

 ――その境界がどこにあるのか……。 


 答えのでないままに、ナナは言葉を発する。


「これはね、こう左手で支えながら、右手をこう——」

 

 トキを後ろから抱くように、手助けをする。そのことがナナには何故だかとても特別なことに感じられた。

 

 その気持ちが何処から来るのか、ドキドキと早鐘のようになる胸は、何故こんなにも苦しいのか。

 

 こんなに苦しいのに、なのに、嫌じゃない―それは何故?

 

 こんな魔法はお師匠様からも教わらなかった。

 

 そんな事で頭をいっぱいにしていると、やっと火がついた。

 

「わぁ、凄い、火がつきました」

 

 暗闇の中に、そこだけ明るい炎が揺らめき、周りに影を運んでいた。

 はしゃぐトキを、突然ナナがぎゅっと後ろから抱きしめる。

 

「あ、あの? ナナさん? どうしました?」


 急なことに驚いたトキは、そのまま固まってしまう。

 

 焚き火の音が遠のく。夜の世界に、二人の鼓動だけがあった。

 

 抱きしめた瞬間、胸の奥で何かが壊れた。


 愛しい。

 苦しい。


 それらがいっせいに押し寄せ、息をすることさえ難しかった。けれど、そのぬくもりを手放したくなかった。


 この腕を離せば、いつかは元の森へ戻れる。

 師の言葉にあった、先に待つさまざまな危険が脳裏をよぎっても、ナナはそれでも、このぬくもりを手放さなかった。


 何故自分がそんな事してしまったのか、ナナ自身が混乱したままでいた。トキのぬくもりを腕や胸に感じる。感情が溢れてくる。そして、焚き火の炎でさらに紅く染まった瞳から、ゆっくりと溢れ出てくるものを、止めることが出来ない。

  

「ごめん、少しだけこのままでいさせて」

 

 ナナはそう言って押し黙る。

 ただ自分の瞳から溢れ出る熱いものと、同じくらい、心の中から溢れ出る感情を熱く滾らせていた。

  

 トキは自分を抱くナナの手を、上から更に抱きかかえるように、そっと手を添えた。


 ゆっくりと燃え広がる焚き火から、少しずつあがる煙が二人を撫でるようにのぼっていた。


 グゥーっとナナのお腹が鳴り、その優しい時間は終わりを告げられる。

 

 恥ずかしそうにナナは身体を離すと、焚き火に木をさらにくべて、炎を強くする。

 

「お腹すいたね、夕飯食べずに出ちゃったから、簡単だけど、パンと干し肉焼いて、少し食べよ」



 2人は焚き火のそばに並んで腰掛けて、遅い夕食を取りながら、話をしていた。


「森の外は静かね」


 と、そうナナが呟く。

 

「そう、ですか?」

 

 不思議そうにトキがナナの横顔を眺めて言った。

 

「森には虫や鳥や、獣達、沢山の命が生きてるの。それに比べたら外の世界は、命が少ない。わたしたち魔女は生き物の声が聞こえるの、そしてそこから少しずつ、魔力をもらっているの」

 

 そう言って、ナナもトキを見つめ返した。

 

「そうなんですね。あれ、じゃあ外だと魔力が足りなくならないですか?」

 

「回復は少なくとも遅くなるわね、今は使ってないから問題ないけれど。魔女が結界の中に暮らすのはその為もあるのよ。そこに戻れば回復しやすいから、お師匠様も今は森の奥で眠って魔力の回復を待ってるはず」

 

「じゃあ、もし外でナナさんが魔力使ったら回復できなくなっちゃうんですか?」

 

 ナナは自分の足元と、トキの方の間に視線を交互に動かしながら、ゆっくり話す。

 

「実は、大丈夫だと思う」

 

「どうしてですか?」

 

「トキよ」

 

 そうナナが答えると、不思議そうにナナを見返して言う。

 

「僕がどうしたんですか?」

 

「キミの魔力はとても大きいから、そばに居れば、森と変わらないわね、きっと」

 

「じゃ、じゃあ、僕、ナナさんのお役に立ってるってことなんですね? 嬉しい」

 

 そう素直に喜ぶトキをナナは複雑な思いで眺めていた。自分がトキを守ると決めているのに、これでは自分がトキに頼っているみたいだ、と。


 そんなナナの気持ちを苛立たせるように、焚き火の火がパチッと音を立てた。

 

「さあ、そろそろ寝ないと明日も移動大変だから。本当はこのまま灯りは欲しいけど、もしも追手がいたら、と思うとつけたままにはしたくない。火を消して、少し街道を離れたところで、寝ましょう」


 そういうと、おかしな気持ちを振り払う為に、テキパキとナナは後片付けをはじめ、街道から少し離れた木陰に、トキと二頭を誘い、そこに野営することにした。

 

 ひとつの寝袋に身を寄せ合って眠る。

 

「同じのでごめんね、火が焚けないし、二人で入ったほうが、お互いを温め合えるから」

 

「これこそ、お互いに助け合ってですね、ナナさん暖かいな」

 

 そう言って遠慮なく、くっついてくる。まだ子供の面影が残る少年と同衾する事はナナには何でもない事のはずなのに、気恥ずかしいと思うのは何故なのか。でも確かにこの子と二人で、旅をするんだと考えているうちに、トキの寝息が聞こえてきた。

 

 規則正しいその寝息を聞いているうちに、ナナも眠りに囚われていった。

 

 

 朝日が、二人を照らす。

 

「むにゃ……ママ……」

 

 そう言って胸にしがみついてくる少年の頬の感触を胸に感じて、ナナは目を覚ました。

 

 なんて可愛いのかしら……とまた繰り返し思う。それは護りたいという想いだけではなく、心が惹かれる色合いが混ざっていた。


 昨夜の闇は、陽の光によってすべて消え去り、優しい朝日が、ナナの心を温めていく。

 

 膨らんだ胸に頬ずりをしているトキに、ナナは強い保護欲を感じた。

 それは母性と言われるものと、愛情とが絡み合った、執着のような何かだった。


 抱きしめたいのに、胸の奥がざわついた。守るだけでは届かない――それでも、トキと一緒にいたかった。

 

 そっとトキの腕と、寝袋から抜け出したナナは、出発の準備を整えると、トキを起こす。

 

「おはよう、トキ、そろそろ行くよ」

 

「あ、おはようございます」

 

 急いでトキは身支度を整えると、駆鳥(かけどり)の轡をとる。

 

 その時、北の方角からやってくる三頭の駆鳥(かけどり)の姿が見えた。

 

「隠れて」

 

 ナナとトキは、二頭の駆鳥(かけどり)をつれて木立の影に隠れる。

 

 三頭の上には似たような旅人の格好の男達が乗っている。

 焚き火の跡に気付くと、一人の男が指示を出して三頭が止まる。

 

 降りてきた男の一人が、焚き火にふれて言った。

 

「最近、使われたあとがある、だがもう冷めているから、大分前にここを出発したものと見られます」

 

「よし、とりあえず南の村に向かってみよう」

 

 そう言って、三頭は南へ向かって移動していった。

 

「少し、迂回しながら進もうか、あいつらと鉢合わせするのはゴメンだわ」

 

 不安につつまれたまま、二人は南南東にむかって進み始めた。

 

 夜が明けても、あの焚き火で灯った心の火は、消えることなく、燻り続けて、全身を震わせている。

 

 この先に何があろうとも、この子は――きっと守る。

 

 けれど、それだけではもう足りない。

 

 でも、その気持ちを表す言葉を、ナナはまだ知らなかった。 



 第一章 完



 ——森を失い、師を置いて、二人きりの旅が始まる。

 追手は迫り、魔力は封じられ、逃げ道はもうどこにもない。

 それでもナナは決めた――「この子を守る。世界を敵にしてでも」

 次章、風は『恋』と『危機』を連れて、南の湖へと吹き始める。

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