第45話 偽りの婚礼
灰色の魔女が選んだ花嫁は、操られた少年だった。
だがナナの風が呼ぶ声が、トキの心を『二度目のキス』へ導いていく。
——
古代の儀礼用の広間、そこは静寂に包まれていた。
魔法文明華やかな頃も、このような用途で使われたのであろうか。
綺麗に磨かれた床に、ひとつの影が落ちていた。
そこにいるのに、言葉や息すらしていないように見える。静寂の中にただひとり、かの魔女が佇んでいた。
灰色の無機物のような肌は、染みひとつなく、薄い金の髪は、溢れ出る魔力に自然に揺らめいている。
そして、紅と翠の虹彩異色症の瞳は、その心の歪さをあらわしているようだった。
十歳くらいの少女のような外見なのに、子供らしい感情は何一つ見せない。
まるで、長く生きて老成した人間のような……そう、確かにかの魔女は生まれてからもう数千年が経っていたのである。
やがて扉が開き、トキが入ってくる。
シエンに手を引かれ、まさに婚礼のバージンロードを父に手を引かれて歩くような様子で、祭壇の前にいる魔女のそばへと歩いてくる。
トキの瞳は濁った緑のままである。
「さて、はじめよ」——そう魔女が命じるとシエンは、婚礼を見届ける神官のように、動きはじめた。
「ソレデハ、オフタリノ、コンレイノギシキヲハジメマス……」
かの魔女は楽しくて仕方ないというような顔で、儀式の進むのを眺めている。
「うっふふ、見目のよい、|男の子じゃ。しかもこの豊富な魔力、我の婿にふさわしいのお」
トキは何も見ず、何も言わず、ただそこに立っている。
婚礼の手順は、進んでいく。それはかの魔女にとって、ごっこ遊びのような座興にすぎなかった。
だが、儀式そのものには、意味があるものである。
トキとナナの絆が、儀式の進行に従って、すこしずつ細くなっていっていた。
地下に向かって、比喩ではなく跳んで進んでいくナナは、トキの気配の風が小さくなるのを感じていた。
「トキー」——大きな声で、トキを呼びながら、ナナは地下へ急ぐ。
ピクリと、トキの翠の瞳が揺らいだ。
「どうした? 我の番うのがそんなに嬉しいか? ふふふ」
「ソレデハチカイノコトバヲソロッテ、センセイクダサイ」
そうシエンが言ったその瞬間、神殿の扉が風で大きな音を立てて開く。
そして、ナナが飛び込んできた。
「トキー!!!!」——ナナの絶叫が、祭壇に木霊した。
その瞬間である。トキの翠の瞳に、光が取り戻された。
「……な……な……?」——言葉をだそうとして、喉がつまる。
抗うように、トキの身体がゆっくりと動きはじめる。
それはナナの言葉と、シエンの投与した薬の効果とが起こした、必然だった。
後ろを振り向き、ナナをその翠の瞳の中に映したトキが叫んだ。
「ナナー!!!」
跳ねるように駆け出すトキを、魔女の手が掴もうとしたその時、かの魔女の手が横に伸びる水の柱で弾かれた。
「あら、恋する二人の邪魔をしちゃダメよ」
蒼い光に包まれた鎧の美女が、かの魔女にそう告げる。
「無礼なものどもじゃな、我をはじまりの魔女と知っての所業か? このまがい物どもが……」
そう怒りの言葉を無表情にはく、はじまりの魔女の髪が魔力で揺らめいた。
「二人の邪魔はさせない」——そういって赤の魔女も間に立ち塞がる。
「トキー」
走り寄るトキに、こちらも駆け寄るナナ。
「ナナー」
そう会いたかった人にかけよるトキ。
ふたりは、ぶつかるように抱きしめ合い、言い合う。
「会いたかったよトキ」
「僕もだよナナ」
「私、あなたを愛しているわ、トキ」
「ずっと前から愛してたよ、ナナ」
そして、ふたりの顔が近づいて、そしてナナにとってははじめて、トキにとっては二度目の。
ふたりの意思で行われる最初のくちづけがはじまる。
ふたりの唇が繋がり、ふたりの心が繋がり、そして世界とふたりが繋がった……。
二人の頭の中に声がした。『聖約を解除します』だが二人はそんな声を聞いていない。
ナナの愛しく思う気持ちが、トキにはわかった。トキの愛情がナナに伝わった。
そして、世界中の魔力を持ち、自ら放出するすべをもたぬ、ほぼすべての命と、ナナとトキはその時繋がっていた。
ナナとトキの身体が光り輝き、そして一つになる。
光が止んだ時、そこには、ナナとトキの面影のある、白い鎧の女性が立っていた。




