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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第一章 泉の出会いと、風が動き出すとき

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第3話 森の朝、揺れ始める心

 ——陽光が差し込むたび、名前のない痛みは強くなる。

 胸が軋む理由を、ナナはまだ知らない。



 ——

 森の奥に静かにたたずむ魔女の館、その寝室に朝の柔らかな光が差し込んでいる。

 ナナは、鏡台の前に座り、寝ているうちに乱れた髪を整えていた。

 

 突然後ろから声がする。

 

「ナナさんの髪、光ってる。お日様が飾ってくれているみたい」

 

 その声に、ナナの指が止まった。櫛の歯が、髪の途中で絡まる。

 

 鏡の中に映るのは、ベッドの上で笑っている少年。翡翠の瞳が、まっすぐこちらを射抜いている。

 

 朝の静寂の中、ドキンと強く胸をうつ鼓動が、トキに聞こえるんじゃないだろうか? そんな心配をした。

 

 理由のない不安とくすぐったさが混じり、ナナは視線をそらして、誤魔化すように話した。

 

「トキの髪だって、銀糸細工みたいよ、ほらおいで。あんたの髪も、とかしてあげるわ」


 声が少し掠れていた。

 

 手招きした指先が、わずかに震える。

  

 トキは物怖じせず、するっとナナの傍に近寄って、ちょこんと座る。

 

 トキが素直に近づくと、陽の光が二人の間に溶けて流れた。

 香草の匂いと、微かに甘い匂い――洗いたての髪の匂い。


「それじゃあ、とかすわね」


 そう言ってトキの髪をとかし始めるナナの声は、息が詰まるようで、動揺を隠せていなかった。


 櫛を通すたび、髪が櫛を通る音がかすかに響く。 

   

 トキの銀糸のような髪から、ふわりと良い香りが漂う。昨夜、何日かぶりに洗った髪は、ナナに負けず、美しく光っていた。

 

 だけど、ナナはトキのように素直に綺麗と言うこともできず。胸の奥が、知らない音で脈を打つ。


(この気持ちは……)


 考える前に、手が止まり、息が詰まった。

 

 

 しばらくして二人は食堂に移動した。ナナは朝ご飯の準備をはじめる。

 

 森でとれる蜂蜜をたっぷりと塗った甘くてあたたかく焼かれたパンと、飼っている鶏が毎朝産む卵でつくったスクランブルエッグ、そんな朝食をナナはトキの前に置いた。

 

「さぁ、しっかり食べて元気だしてね」

 

「これ、ナナさんがつくってくれたんですか?嬉しい!」

 

 そう素直に喜びを表現するトキ、大きく口を開けてパンを頬張る。

 

「美味しい……! 美味しいよ、ナナさん」

 

「そんな風に何度も言っても、お代わりはないわよ」

 

 そんな風に言ってみても、ナナの頬はやはり紅に染まっていた。

 

 笑顔を彼が見せる度に、ナナの胸の熱が燃え上がる。その度に、ナナはトキと繋いだ手の温もりを思い出す。

 

「この感情——守りたいだけじゃなくて、この胸の熱は何?」


 ——魔女は自然の声を聞け。心を常に落ち着け、風と対話せよ。人の声に、心を預けてはならない。——そう教えられてきたのに……。


「なのにこの鼓動は、風よりも確かに私を揺らす。」声には出さず、心の中でそう自分に問いかけるナナ。

 トキは何度もはじけるような笑顔で、料理とナナを褒め続けていた。



 朝食のあと、少し庭をまわって日課の鶏の世話をするというナナの後を、トキが歩いてついてきた。

 

「ナナさんはずっとここで暮らしているんですか?」

 

 とトキが尋ねた。

 

「そうねぇ、まだ幼い頃に親元から、お師匠様に預けられて、ずっとこの森で暮らしてきたわ」

 

 ナナは昔を思い出し、目を瞑る。元いた場所の記憶は何も残っておらず、思い出すのは、お師匠様との思い出ばかり。厳しいけど、優しい、そんな大切な想い出だった。

 

「森の外に出たいとは思わないんですか?」

 

「昔は思ってたこともあったけど、今はこの森が好きだからね」

 

「僕もここが好きになりました。何より、ナナさんと会えたから。ナナさんがいるから。でも僕、ここに居ていいんでしょうか?」

 

 笑顔で話しはじめたトキは、最後になって不安そうに顔を歪めた。

 

 ナナさんがいるからという言葉が、胸に刺さり、動揺した。胸の奥がきゅっと痛んだ。しかし、それも束の間に、不安そうなトキの表情を見て、この子を守りたいという想いにかられたナナは、すぐに明るく答えた。

 

「大丈夫、お師匠様は困ってる人を見捨てるようなお方ではないわ。それに、私も、トキと一緒なのは……楽しい」

 

 最後は消え入るような声になってしまった、ナナである。その言葉を聞いて、トキはぱっと明るく表情を変え、微笑んで言った。

 

「嬉しいです、僕もナナさんといるととっても楽しいです」

 

 まだ幼さの残る真っ直ぐな好意を向けられて、ナナはたじろいだのを誤魔化すかのように話しかけた。

 

「さあ、そろそろご用事をちゃんと済ませましょうね」

 

 そう言って、鶏の世話を真剣にすることで、トキに抱いた気持ちを、心の奥にしまってしまった。

 

 

 夕暮れ時になり、森の端で、二人で沈む陽を眺めていた。

 

「ねぇ、ナナさんも、魔法って使えるんですか?」

 

 突然、トキがナナに尋ねてきた。

 

「う、うん、まだ見習いだけどね、お師匠さまに厳しく指導されているから、少しは使えるよ」


「すごい、ナナさんの魔法見てみたいです」


 無邪気に頼む声に、ナナは褒められた嬉しさもあり、簡単な魔法を披露することにした。

 

「見てて」

 

 そういって、手の平を上にして、意識を集中する。

 

 手の平に小さな蛍のような光があらわれ、ふわりとゆるやかにナナの手の平から舞い上がる。それはふわりと、トキの方に向かい、トキが手を出すと、光は彼の手のひらに移り、温もりを分け合うように揺れた。

  

 その瞬間、パリッとナナの心の中に音がして、トキと心が繋がったような感触が一瞬あった。それは、二人の心が束の間繋がり、お互いの絆が結ばれたような、とてもとても、温かで、優しい感覚だった。だが、それに驚いたナナが集中を逸らすと、光はふっとかき消されたようにいなくなった。

 

「なんでしょう、一瞬ナナさんと心が繋がったような気がして、とてもあったかかったです。ナナさん凄い」

 

 トキはそれをナナが意識的にやったと思っているようで。

 

「そうだね」

 

 としかナナは答えられなかった。

 

 ただ、胸の奥が痛いほど熱く、世界の輪郭が少し柔らかく見えた。

 

 それが何なのか、まだ名前を知らない。

 

 だがその瞬間、確かに『風』が心に吹いた気がした。 


「綺麗でした。ナナさんすごいですね」

 

 屈託のない、トキの笑顔が眩しくて、ナナは何だか目を細めながら、「どうして、この子の笑顔を、ずっと見ていたい……そんな風に考えて心が踊るのかしら?」と心の中で、自分に問いかけていた。それは心の中で何かが芽吹き始めた予兆であった。


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