第34.5 新しい弟子の日(SS②)
命を預かるということは、その先の人生を見守るということ。
これは、森の魔女と少女の最初の記憶。
——
金色の髪の幼児を伴った夫婦が森を訪れたのは、十四年前の春。
眠ったままの三歳のナナを置いて、後ろ髪を引かれる母を引っ張るように父が連れて行った。
もう少し大きくなってから連れてくる事が多かったけど、今年の冬は特別に厳しかったから食い詰めていたのだろうねえ。親は酷く痩せていたから、お土産にいろいろ持たせてあげた。
目覚めたナナは母がいないことに気付いて泣き始めた。
私がぎゅっと抱きしめるとかわいい声でこう言った。
「だあれ?」
「わたしはウリル、おまえのこれから先生だよ」
「しぇんしぇい?」
「そう、おまえのお名前は?」
「ナナ」
そう言った泣きべそをかいている少女をウリルは抱きあげた——魔女は、簡単に人の子を預からない。それは命を預かるということだから。だけどこの子を抱き上げた瞬間、手放すという選択肢は、ウリルの心から消えていた。
「そうかい、ナナ、いいお名前だね。森の事、花のこと、生き物のこと、お前はこれからいろんなことを学んでいかないといけない。まあ、むずかしい話はいいね。とりあえず朝ごはんをたべよう、あまい蜂蜜は好きかい?」
「はちみつ? しらない」
「じゃあ、食べてみるといい」
私は、はちみつをいっぱい塗ったパンと温かなミルクを用意して、食べさせた。
「おいちー、こんなあまいのはじめて」
「そうかい、好きなだけ食べなさい」
お腹が膨れたナナは、私の膝の上でそのまま眠ってしまった。
私は背中をとんとんとリズムよくたたきながら、ベッドに幼児を運んで寝かせ付けた。
「やれやれ、修行というよりは、当分は子守だねえ……」
そんな感慨を思いつつ、小さなナナとの日々は好奇心いっぱいのこの子の明るい声で飾られた楽しい日々だった。
「お師匠さま、あの鳥はどこに飛んでいくんですか?」
「お師匠さま、溶けた雪はどこに消えるんですか?」
「お師匠さま…………」
気がつけば、泣き虫だった声は少しずつはっきりして、小さな足は森の中を駆け回るようになった。
転んで、泣いて、怒って、また笑って。
そうやって、この子はこの森に根を張っていった。
毒の影響が抜けて穏やかな寝息をしてる弟子の顔をみているうちに、どうやら私もウトウトしてしまっていたようだ。
「早く元気になって、目を覚ますんだよ。この馬鹿弟子。みんなお前を待ってるよ」
心配しながら、横でいつの間にか眠っている赤い魔女の娘の寝顔をちらりとみて、ウリルはそう呟いた。
馬鹿と罵るその口調は、どこまでも優しいものだった。




