第34話 炎は森へ
——死の匂いが消えぬ腕の中で、炎の魔女は『風』だけを信じて空を翔んだ。
その先に救いがあると、ただそれだけを頼りに。
——
炎の魔力は再生の力でもある。
レアは赤い魔力をナナの身体に送ってみる。レアの手に赤い光が集まり、それがナナの身体にゆるやかに移っていこうとするが、まるで拒否されたかのように、その光が霧散してしまう。
「私の力だけじゃ、足りないか。とにかく森とやらに行ってみよう」
レアはナナを腕に抱いたまま、集中する。そして、森の方角を見ると、足元に赤い魔力が集まり……そして。
足元に爆発が起こり、その爆風で、ナナを抱いたレアが空へ飛ぶではなく、打ち上げられる。
炎の魔女は、爆発の反発力で飛ぶ。
しばらく空を斬り裂いて進むうちに、速度が落ちてくると、また足元で赤い光が炸裂し、速度が上がる。
「ナナ、死んじゃダメよ。くそ、もっと早く」
そういうとレアの足元で光る赤い光のテンポが明らかにあがり、レアの顔が風圧で歪む。
「もう、なんでこんな飛び方しかできないのよ……しょうがないけど」
急いで空を飛ぶレアは、眼下に広がる森をみつけ、あわてて加速をやめた。
「あれね……あああ、行き過ぎるぅ……」
レアは森を飛び越えかけたころに、やっと地面に降り立った。
「ほんとに、もう飛ぶのは炎が一番苦手なのよね、風はまさに風だし、水も滑るように動けるし、大地は、自由にどの方向にも墜ちていける、炎ったら真っ直ぐ進むしか能がない……と、そんな事言ってる場合じゃないわ……うーん、こっちね」
濃い大地の魔力の集まる場所の方角を感じたレアは、ナナを抱いたまま、走り出す。
最初は木々に邪魔されながら進んでいたのに、走って進むほどに、木々の量が増えるのにもかかわらず、何故か進むのに邪魔にならなくなっていた。
辺りをつつむ大地の魔力はどんどん濃密になっていくのをレアは感じていた。
「導いてくれているのかしら。すごいこれだけの力なら、ナナも助けてもらえるはず」
レアはそのまま、速度をあげて走り続けた。
木々の間を抜け、草むらを踏み越えて、走った先には、突然森がとぎれた空間があり、その真ん中には、木で出来た館が建っていた。
その扉の前に、緑のローブを纏った妙齢の女性が佇んでいた。
「森の魔女様ですね、ナナを助けてあげて」
その人が穏やかな表情で口を開いた。
「炎のお嬢さん、ありがとうその子を運んでくれて、わたしはウリル、その子の師だよ」
手をレアの方にのばし、ナナを抱き取ろうとするのにあわせて、レアは腕をのばし、相手の腕の中にナナを受け渡した。
「ついておいで」
音もなく館の扉が開き、ウリルがそのまま中に入っていくのに、レアはあわててついていく。
奥まった部屋の寝台にナナを寝かすと、ウリルは魔力をあつめてレアと同じようにナナの身体に送ろうとするが、やはり金色の魔力はナナの身体に触れると霧散してしまう。
「これは面倒な毒。おそらく遺跡からのものね。炎のお嬢さんあなたの力も貸してちょうだい。私だけだと時間がかかりそうだ」
「はい、友達の為なら、なんでもします」
その言葉を聞いてウリルは表情を綻ばせた。
それは母のような慈悲に満ちた貌だった。
「私が毒を魔力で無理矢理引っ張り出すからそれを片っ端から燃やしておくれ。見てれば出てきたのは感じられると思うわ」
「はい、やってみます」
ウリルが先ほどより強い金色の魔力を集めるとナナの身体を勢いよく包む、霧散するより早く、大量の魔力が注ぎ込まれ、それが引き寄せられた時、金色の魔力の中に、どす黒い汚泥のような魔力の塊が引き出されて来るのが見えた。
「塵も残さず燃え散れ」
レアの手に赤い魔力が光り、それが黒いものに躍りかかり、燃やしていく。
その治療は長く、長く続いた、何度も引きずり出される黒いものを、レアは繰り返し焼き尽くしていく。
レアの額から汗が垂れ、手の魔力の熱でじゅっと蒸発して消える。
「ナナ、必ず助けるから」
「さぁ、帰っておいでナナ」
二人の魔女の強大な魔力の奔流が小部屋を、金と赤に染めていく、そしてそのうちナナの身体も少しずつ翠の魔力で光っていき、それが最後には全身が輝くようになってくる。
——どれほどの時間が経ったのか、レアにはもうわからなくなっていた。吐く息の乱れと、肩が大きく揺れているが、これまで費やした時間を示すだけだった。
「これで、最後だよ」
ウリルがそういうとこれまでで最大の黒い塊が引き出されてくる。
「燃えろ!」
レアの手がさらに赤く輝いて、黒い塊が燃えて消えていく。
終わった瞬間、レアは膝から崩れ落ち、手を床についていた。
平然としているようにしているウリルも、小さく肩が動き、微かに荒い息を整えている。
「これで大丈夫、あとは休んでれば目を覚ますだろう。さあ、お茶を淹れましょう、わたしたちも少し休んで、ナナを待ってましょう」
ウリルに案内され、ソファに深く腰を下ろす。正直言うと歩くのも辛い……レアはそう思って、身体を完全に柔らかいソファに委ねる。
ウリルが淹れたあたたかく魔力の豊富な薬草茶を、レアは一息に飲み干すと、カップをテーブルに置く。
そして大きく息を吐いて、深々とソファに腰掛けると、すぐに寝息を立てて寝てしまった。
「おやおや、ありがとうね、馬鹿弟子を友達と行ってくれて」
そう言うウリルの目は、森の生き物を育む木々のように慈愛に満ちたものだった。
ふと、レアが気付くと、見慣れないベッドに寝かされていた。
「ここは……そうか森の魔女の……」
その時、ふわりと優しい風がレアをつつんだような気がした。……それはナナの温もりを伝えてくれたような気がした。
「あは、あなたも起きたのかしら」
そういうと身を起こしてレアは、部屋の外へ、歩いていった。




