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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第七章 風の届かぬ場所で、影は動き出す

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第33話 崩れ落ちる夜

 ——信じていた手ほど、深く刺さる。

 甘い果実の香りが、破滅の合図に変わったとき、二人の旅は『最悪の夜』へ転落した。

 

 

 ——

 懐かしい、森から出て最初に訪れた街。そして、懐かしい(ともしび)の宿の看板と、蔓草が絡まった緑のアーチ、扉の上のランタン。

 それもあの日と変わらなかった。


 二人は扉を開けて中に入る。

 

 そこにいた女性が振り向いて、愛想よく話し始める。


「ようこそ、(ともしび)の宿へ……って、あんたたち、リアナとリトじゃないか、懐かしいね。また寄ってくれたのかい?」

 

「リサンナさん、おひさしぶりです。またリサンナさんの料理が食べたくなって来ちゃいました」

 

 ナナが笑顔で話す。

 

「二人で楽しみにしてきたんです」


 トキも笑っている。

 

「さあさあ、立ち話もなんだ、そこに座っておくれよ。ハンナの冷たい林檎汁でもご馳走するからね」

 

 そう言って奥にいく女将、息子のミロも出てきて、トキの旧交を温め合い、それを主人のゲルトが優しそうに見守っていた。



 そんなあたたかい宿の外で、二人が入ったのを見て、急ぎ走り去る男がいたのに気付いたものはいなかった。



 その日の夜、リサンナの腕によりをかけた料理が準備された頃、(ともしび)の宿に遅く部屋の空きを尋ねる男の声がした。

 

 その懐かしい響きに、ナナとトキは入り口を振り返る。

 

「空き部屋はあるかい? あと夕飯もいまからでも頼めるかな?」

 

 そこには王国で別れたアフベルの姿があった。

 扉口に立っていたアフベルは、以前よりやつれて見えた。

 旅塵にまみれた姿に、ナナが小さく眉を寄せる。


「部屋は大丈夫ですよ、料理は全く他の方と同じにはならないけど、何かはちゃんと用意します。それでよろしいですか?」

 

「ああ、それで頼むよ」


「もう、食事時ですので、まず食堂へどうぞ。部屋は準備させておきますからね」

 

 そういって女将さんに食堂に案内されてくると、我慢できずトキが話しかける。

 

「アフベルさん、こんなとこにどうして?」

 

「おや、こんなところで会うとは驚いた、君たちこそどうしてこんなところへ? 王国にいたんじゃなかったのかい? 私は仕事でね、大事な荷を運んでるところだよ」

 

「妹さんの容態はどう?」

 

 ナナが心配して尋ねる。

 

「ああ、いい医者にかかれてね大分よくなっているんだよ。ただ一緒に旅させるわけにもいかないから、今は医者に預かってもらってる。それにしても懐かしいね、これから食事かい? よかったら一緒に食べていいかな?」

 

「アフベルさんなら大歓迎ですよ、こちらの席へどうぞ」 

 

 それを見ていた女将さんは、「二人の知り合いなら、腕によりをかけてあげないとね」

 

 そう言って、三人分のご馳走をテーブルに並べてくれた。

 

 3人は笑いながら、料理を食べる。その途中で、アフベルは鞄から包みを出してきた。

 

「これ、私の好きな果実の汁を搾ったものだ、よかったらこれで再会を祝して、乾杯しないか?」

 

 アフベルを懐かしく思う気持ちが、アフベルの心が示す小さな揺らぎの風を感じることの妨げになっていた。

  

「いいですね」

 

「わたし、コップ借りてくるわ」

 

 ナナはリサンナさんにお願いしてコップを三つ借りてくる。

 

 アフベルはそこに、瓶から赤い汁を注ぐ。

 

 注いだ液面が静かに揺れた。


 その赤が、どこか血のように見えて、アフベルの喉がひとつ鳴った。


 コップを持つ手が微かに震えた。

 

 その気持ちを押し切るように、アフベルは二人にコップを手渡した。

  

「再会に」

 

 アフベルがコップを掲げると、二人の「再会に」という言葉に続いて、三人は一息でその甘い汁を飲み干す。

 

 そしてしばらく経つと、突然アフベルが倒れた。

 

「アフベルさん?」

 

 駆け寄る二人、しかし、介抱しようとしたのも束の間ナナが今度は膝から崩れ落ちる。

 

 ナナは立ち上がろうとして、足元がふっと消えたように感じた。

 

 視界が揺れ、テーブルの輪郭がにじむ。

 

「リアナさん? アレ……どうして……」

 

 ついにはトキもナナに折り重なるように倒れる。

 

 それを見てリサンナが駆け寄ろうとするが、その時、宿の扉が乱暴に蹴り開けられると、黒い服に黒い布で顔を隠した集団が入ってくる。

 

「動くな、そのままでいれば何もしない」

 

 鋭利な短剣を閃かせながら先頭の男が言った。

 

「お前たち、動くな、こいつらは本物だ」

 

 戦場帰りの主人の低い声が、宿の中に響く。

 

 男たちはトキのそばにより、確認するように、その胸のペンダントを外す。

 

 すると気絶した少年の髪が銀色に変わり、肌が黒く変わっていった。

 

「間違いない、鍵だ」


 抑揚のない男の声が、その瞬間だけわずかにうわずった。


「優先対象一、確保。確認済みだ、運べ」


 しかし男の声はまたすぐ冷徹なものに戻る。


「対象二は必要ない。DとEは残って排除せよ」 


 二人の男が残って、他の黒い男たちはトキを連れて消えていく。

 

 残った男の一人はナナに近づく。

 

「一応、確認しておこう、こっちのペンダントも外してみよう」


 そう言って、ナナの首のペンダントを外すと、ナナの髪は金髪に、そして肌は真っ白に変わる。

 

「リ、リアナちゃんが魔女……」

 

 女将さんの声が静かに響く。

 

「よし、事前の想定通りだな、よし眠っているうちにとどめを刺そう」 


 そう言って男がナイフを閃かした刹那——男の身体が突然炎に包まれて燃え上がり、悲鳴すら飲み込んだ。

 

「そんなことされちゃこまるのよね」

 

 そんな女の声がする。

 

「誰だ?」 

 

 残った男が周りを見回すと、玄関から、赤い鎧の短い髪の女が目に入った。

 

「ほ、炎の魔女……」

 

「そうよ、その子は友達だからね、好きにはさせない」

 

 そういうと赤い火が残った男を焼く。

 

 駆け寄ったレアは、ナナの様子を見る。

 

「何の毒かしら」

 

 レアは集中して、ナナの魔力の流れを探る。

 

「いけない、魔力の流れが完全に遮断されてる、外に魔力を出せない普通の人はただ気絶するだけで済むだろうけど、この子はこのままじゃ無意識に体内で使用してる魔力で、魔力が枯渇して命が無くなる」

 

 レアは自分の師からこの近くに、師の姉弟子にあたる偉大な魔女がいるという話を思い出した。

 

「おそらく、森の魔女がこの子の師匠よね、行ってみましょう」


 そう言って、ナナをそっと抱き上げる。

 

「遅くなってごめんね」

 

 そういうとレアはナナを抱いて宿から出て行った。

 

 レアの眼に、街から少し離れたところで飛翔する空船の姿が見えた。

 

 風は吹かず、炎の跡が、宿にだけ残された。

 

 二人の運命は、再び別たれる。

 

 連れ去られた銀色の少年と同じような、白く光る月が、風と炎を照らしていた。

 

 第七章 完



 ——裏切りの夜が終わり、風は途切れた。

 毒に沈んだ身体も、愛しい人の気配も、

 すべてが闇に奪われた。

 けれど物語は、まだ終わらない。

 風は消えない。炎もまた、仲間を照らす。

 師の腕が、友の炎が、ナナを生へと引き戻す。

 次章——風と炎が再び誓いを立てる。

 愛を奪った帝国へ、魔女たちは真っ向から挑む。

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