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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第七章 風の届かぬ場所で、影は動き出す

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第32話 揺らぐ願い

 ——守りたいと願った心ほど、脆く壊れる。

 兄の愛は、正しさと絶望のあいだで、静かに悲鳴を上げていた。

 その心は、少しずつ壊れていく。

 

 

 ——

 王国と辺境域との国境の街。そこにある食肉の加工場、その倉庫の端にある粗末な寝床で、アフベルとアイナの兄妹は、硬く冷たい床の上に、なんとか寝袋をひいて寝床に入っていた。

 

 獣の解体の仕事をやって、なんとかこの倉庫の隅に寝泊まりさせてもらっているが、賃金はその分、安く叩かれていた。

 

 やっと寝付いた妹の寝顔を見ながら、アフベルは苦悩に満ちた顔をしている。

  

『まもなく溜めた金が尽きる。そうなったら、妹の薬代どころではない。』

 

 そんなことを、妹を起こさないように、心の中でつぶやくと、大きくため息をつく。


 リアナのくれた薬を飲んだ後がむしろ一番元気だったように思う。頼みの綱だった王国の医者の薬も、高いだけで、飲んでる時はいいが、よくなってきたからと止めると、また体調を崩す。

 

 そんなことが続いて、アフベルの財布には、もうほとんど余裕は残っていなかった。


「けほけほ」

 

 寝ながら咳をする妹が痛ましく、自分の毛布も妹にかけてあげ、自分は寝袋に入り震えを我慢する。

 そんな夜が続いていた。



 ある日仕事を終えたアフベルが医者の元で少なくなった財布を更に軽くして薬を買った帰り道。

 

「もし、アフベルさんというのはあなたかな?」

 

 見慣れぬ中年男性が声をかけてきた。


 その男は、アフベルの大事そうに抱えている薬を見ると、首を振る。


「その薬、もうそれでは妹さんをよくできないだろう」

 

 その言葉に動転しながら、アフベルは聞き返す。


「な、なんでそんなことを?」

 

 男はそっと懐から包みを出すと、アフベルに渡した。

 

「こ、これは?」

 

「世界で一番進んだ医療のある、帝国製の薬だよ。それを飲ませてあげなさい」

 

「そ、そんなものをどうして?」

 

「なに、君にしかできない『仕事』があってね。今日はそれを渡しにきただけだ。もしもっとその薬がまた欲しくなったら、この裏にある酒場『黒狐亭』にきて、主人に『黒の薬』を探しているって伝えなさい」

 

 アフベルはすがるようにその薬を懐にいれる。


「じゃあね、また会えるのを……楽しみにしているよ」


 そう言って男は立ち去っていった。



 その夜は、医者の薬を飲ませて、何とか小康状態になったが、二日もするとまた咳が増えてくる。

 

 藁をもすがる思いで、アフベルは怪しい男のくれた薬を、妹に飲ませてみた。


 すると、アイナは、リアナの薬草を飲んだときのように元気な姿を一時取り戻した。


 しかし、やはり日に日に、また元の状態に近づいていく。


 憔悴したアフベルは、ついに『黒狐亭』を尋ねるしかなくなった。

 

「すまないが、黒い薬を探しているんだ」

 

 アフベルが主人に小さく声をかけると、その男は、裏に続く扉を指さして、いけといううように顎をそちらへしゃくった。


 アフベルが奥の部屋にいくと、そこにはあの日の怪しい男が座っていた。

 

「そこにすわりなさい」

 

 アフベルが男の前に座る。

 

「あの薬はどうだったね?妹さんはよくなったかい?」

 

「ああ、ここの医者の薬よりはよく効いた……」

 

「きみがある仕事を引き受けてくれたら、その薬だけでなく、帝国の病院で妹さんが治るまで治療を受けさせてあげるよ」

 

「そんなうまい話が……仕事ってのはなんだ?」


 男は冷たい眼で、アフベルを見ると、ゆっくりと、淡々とした口調で話し始めた。

 

「君たち兄妹が、この街に来たとき一緒にいた男女がいたね。リアナとリト……と言う名前を名乗っていたはずだ」

 

 アフベルはうなずく。それを見て男は話しを続ける。

 

「とある場所に連れて行くので、そこでその二人に会ってほしい。そして懐かしいので一緒に食事でもどうだと誘ってほしい」

 

「リアナとリトを?」

 

「そうそこで、この薬を飲ませてほしい。怪しまれないように君も一緒に飲むんだ」

 

 男は懐から取り出した3つの包みをみせる。

 

「こ、これは? 何の薬なんだ?」

 

「なに、少し眠るだけだ、君の身に危険はないよ」

 

「返事はまた今度でいい、妹さんの薬だ持って行ってあげるがいい。でもこれ以上ほしいなら、次はいい返事を期待しているよ」

 

 そう言うと男は外への扉をあけて、アフベルに出るよう促した。

 


 アフベルはその薬を大事に懐にしまって帰るしかなかった。


 再び薬を飲ませると、アイナの様子は一時的によくなったように見えた。


 妹が倒れるのを庇って、自分の身体を下にして護ってくれたナナの姿が頭に浮かぶ。


 薬を飲んで顔を顰めるアイナに、懐からお菓子をくれたトキの優しい笑顔が頭をかすめる。

 

『これ、あまいから口直しにいいよ。食べてご覧』

 

 アイナを膝の上にかかえて、言葉をかけてくれたナナを思い出す。

 

『深く寝入るまで、このまま寝かせてあげましょう』


「俺は、いったいどうしたらいいんだ……」



 悩む日々が続きまたアイナの体調が崩れだした夜……。

 

「ケホ、ケホ……お兄ちゃんごめんね。私の身体、こんなで……」

 

「いいんだよ、お前はそんなこと気にしなくて、大丈夫またこないだの薬兄ちゃん働いて買ってくるから、さあ、今日はもうお眠り」


「うん、お兄ちゃん、ありがとう……」

 

 何とか妹を寝かせ付けて、自分も寝床に入る。

 

「ケホ、ケホ」——また寝ながら咳をする妹を、瞬きもせずに、アフベルはじっと見ていた。

 

 その時、アイナが寝言を溢す。

 

「苦しいよお、たすけてお兄ちゃん……ケホ、ケホ……」

 

 アフベルは毛布の上から更に自分の外套をかけてあげる。その時また妹の寝言が、兄の耳に突き刺さった。

 

「お兄ちゃん、ごめん……私なんかいなかったらよかったのに……」


 その声を聞いた瞬間、アフベルの胸の奥で、何かが、プツッと切れる音がした。

 

「すまない、リアナ、リト、俺は妹の為なら、なんでもすると誓ったんだ……」 


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