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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第七章 風の届かぬ場所で、影は動き出す

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第30話 湖の底の休息

 ——風が届かない場所は、優しさだけを与える。

 だからこそ二人は知らなかった。

 その静寂こそが、嵐の『前触れ』だということを。



 ——

 ナナの魔法で駆鳥(かけどり)を回復しながらの強行な逃避行により、何とか追っ手を躱して、王国の領土から辺境といわれる地域にたどり着いた。

 二人は、ほっとして、手綱を緩める。

 

 疲れた身体を休める為、会話も少なく野営をした。

 朝日が昇り、やっと二人は、少しは落ち着ける朝を迎えていた。


「これからどこへ行きましょうか?」

 

「そうだ、トキが攫われたあとお世話になったサリル様のところへ一度行ってみましょう。元々は二人で行くはずだったんだし。それにお借りした魔玉も返してないままだったわ」

 

 そんな話をして、二人はエルシアの大湖を目指すことにした。



 そこからは、駆鳥(かけどり)を労りながら、ゆっくりな旅路をおくる。

 ひとまず辺境には、二人を追い立てる存在は、少なくともナナの目にはないように思えた。


 辺境の旅、王国への旅、そして逃避行を経て、季節は冬を終えて春を迎えようとしていた。


「随分日差しがあたたかくなってきましたね」

 

「生き物が増えてきて、森よりも静かだと思っていたこの辺りも、ずいぶん魔力が満ちてきたと感じるわ」

 

 ナナは風に乗ってくる花と生き物の生命の息吹を感じていた。



 春の道は、二人にあたたかい風を送る。

 優しい風が枝を揺らし、森が、林が、大地が、冬が終わった目覚めの時を迎え、緑の新芽が萌え立つ。

 それは、春の野草で夜の夕餉に彩りを与えてくれる。

 

 また、道々に点在する、小さな花々の色々な色が、二人の心を和ましてくれる。

 

 王国からの逃避行で受けた心の疲れを、少しずつ癒やされながら、二人は大湖を目指し進んでいた。


 野営の寝袋でも、運良くたどり着けた宿屋でも、夜は身を寄せ合ってまだ明け方は寒い中、お互いの温もりを感じながらの旅路だった。



 遠くに大きな湖の蒼が目に飛び込んだ時、ズキンと、黒い煙と絡みつく黒い蔦を思い出して胸がうずいた。


 だが春の湖は静穏で、二人を追い立てるものも今はいなかった。


 湖の手前の村を越える。

 

「この先は魔女様の領域だから」と進むのをとめようとする村の宿の主人の声を、「大丈夫だから」と遮って、二人は湖のほとりにやってきた。

 

 湖の湖面にさざ波がおこり、湖が割れた。その中から、蒼いローブと魔力を身に纏った、サリルが現れる。


「ひさしぶりね、ナナ」


「お久しぶりです、サリル様」


 ナナは丁寧に頭を下げた。

  

「はじめまして、トキといいます」

  

 ナナにならって頭を下げるトキ。

 

「ちゃんと助けられたのね、よかったわね。こんなところで話すのも何だから、私のお家に行きましょうか」

 

 サリルが一瞬集中して手に蒼い光を纏わせる。それがナナとトキを包むと、二人の身体を蒼い泡のようなものが取り巻いていた。

 

「これで、水の中でも大丈夫、ついていらっしゃい」

 

 サリルはそのまま湖の中に歩いて行く、水がサリルの身体を避けるように動き、道をつくる。

 

 ナナとトキは遅れないようにあわてて、サリルの後ろをついていった。

 

 湖底に蒼い光に包まれた館が見えてきた。

 

 近づいて蒼い光の中に入ると、そこには水がないのがわかった。

 

「いらっしゃい、ここが私の結界の中よ、とりあえずお部屋に入って、疲れを取るといいわ」

 

 二人は客間らしき部屋に案内され、そこで旅塵を落とす。

 

「お茶を淹れたから、居間にいらっしゃい」

 

 そういうサリルの声に誘われて、居間に入ると、薄いブルーのティーカップに、あたたかいお茶が入っている。

 

「疲れたでしょ、これで少し元気が戻ると思うわ。薬草茶よ」

 

「ありがとうございます」

 

 二人は礼を言って少し癖はあるが、落ちつく気がする薬草茶をいただく。

 

「あ、これお返しいたします、ありがとうございました」

 

 ナナは借りた魔玉を返した。

 

「役にたったのならよかったわ。で、用事はそれだけかしら?」

 

 二人は旅の中で起こったことを話した。



 静かに話を聞いていたサリルはナナの話が終わったのを見て、話しかけてきた。


「大変だったわね、いくらでもここで休むといいわ……と、言ってあげたいのだけどね」

 

 そういって、首を振った。

 

「ここの結界の中には、水以外の声が届かないの。ナナは感じてるわね?」

 

「はい、たしかにここには風の魔力がありません」

 

 うなずきながらサリルはナナをみる。

 

「蒼の魔女以外は、ここでは魔力を回復できない、その分結界の護りは強固なのだけどね、その代償が、それね」 

 

 申し訳なさげに、サリルはトキを見る。

 

「十日くらいならここにいても影響はないけれど、それ以上はね……ただ、その子だけ匿うことなら出来るけど……」

 

 そう聞いてナナはトキの安全の為ならと、思い答えを悩む。

 

「僕はナナさんといられないなら、ここを出ます。疲れが癒えるまで少しだけお世話になります」

 

 そうトキははっきりナナの姉弟子に誤解のない言葉を返す。

 

「トキ……いいの? あなたの求めていた安寧がここなら保てるわよ?」

 

 そういうナナにトキはギュッと手を握って断言した。

 

「ナナさんと一緒にいられない安寧なんて僕は要りません」


「トキ……」——ナナはトキの言葉に胸がつまり、そして握られた手をぎゅっと握り返し、トキの瞳を見つめた。

 

「ナナさん……」——トキもまた、ナナの瞳をみつめる。


「うふふ、若いっていいわね。わかったわ、しばらくゆっくりしていくといいわ。その間は、あの部屋は好きにつかいなさい」


 そう言うと、サリルは部屋を出て行った。



 サリルの館での一週間は、森を追われて以来、はじめての平穏な時間を二人にもたらした。


 二人は、湖の魚で一緒に料理をつくった。

 

 夜はあてがわれた客間で、追っ手を気にする事のない、真の意味で安息した眠りの時間を得ることができた。


 この旅の中で、一番たくさんしゃべり、笑い、手を繋ぎ、そして、抱きしめ合った。



 七日後の朝、湖畔にナナとトキ、そしてサリルの姿があった。

 

「もういいの?」

 

「はい、すっかり疲れも取れました」


「大変、お世話になりました」  

 

 二人はサリルに深々と頭を下げた。

 

「いいのよ、立ち寄るくらいなら、またいつでもいらっしゃい。ナナは結界を持ってその子を守れるくらいの魔女になりなさい。その為には、いっぱい風と仲良くなりなさい」

 

「それは、いったいどうしたら?」

 

「ごめんね、私は水と仲良くする方法しか知らないの。それはあなたが自分自身で見つけるしかないの」

 

「はい……、わかりました」

 

 答えながら一瞬目線でトキを見て、そしてサリルに答えた。

 

「風と共にあれば、きっといつか掴めるわ。基本の集中と声を聞くことを忘れないで」

 

「ありがとうございます。忘れません」

 

 話しているあいだに、トキは湖畔の草むらで休ませていた二頭の駆鳥(かけどり)を連れて戻ってきていた。

 

「じゃ、ナナさん行きましょう」

 

 そう言うとトキは、片方の手綱を渡した。


 そして二人は湖を後にする。穏やかな優しい春の風が二人をなでていく。今はまだ、その風には不穏な気配はほとんどない。

 遙か遠くに流れつつある澱んだ気配を感じ取れるほどには、ナナの風をよむ力はまだ足りてはいなかった。

 

 二人の消えていく姿を見ながら、サリルがひとりごとを呟やく。

 

「恋をした魔女の話は、おとぎ話ではあまり言い終わり方はしてないわね」

 

 サリルは手の上に水の玉を出すとそれに魔力を込める。

 すると、そこに二人の顔が映し出された。

 

 二人が見つめ合って、話をしながら旅立っていく顔が、水の玉の中に映る。

 

 それを見て微笑んだサリルがまた呟く。

 

「現実までおとぎ話みたいになる必要はないものね。あなたたちは、きっと……めでたしめでたしで終わりなさいな」


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