第29話 追われる愛、戻る風
——世界が拒んでも、手は離さない。
王国の風は冷たく、愛を追い詰めていく。
それでも二人は、ただ『共にいる未来』を選んだ。
——
怪物騒動からしばらくしたある日、二人は王国の村の宿屋に逗留していた。
宿の女将さんのつくる心ばかりのもてなし料理に舌鼓をうっていた。
「あら、美味しい」
「リアナさんのには負けますけど、これも美味しいですね」
そうやっていちいち自分の料理を引き合いに出してくれるトキの言葉が嬉しかった。
ガタっと音がして、窓の雨戸がひとりでに閉まった。
「おや、風かねぇ。この季節にはあまりないんだが……」
そういって宿の主人が外を見に行った
いやな風が吹いてきている。ナナはそんな、かすかな胸騒ぎをおぼえた。
夜も更け二人がちょうど部屋に戻ってすぐに、扉がガンガンと叩かれた。
「お客人、こんな夜更けにすまないがあんたたちに客だって人が……」
主人の後ろにロランが立っていた。
よほど急いでやってきたのか、足元は汚れ、疲れを顔に浮かべている。
宿の主人が階下に戻るとロランが開口一番にこう言った。
「――すまない、すぐここから離れて、出来れば王国の外へ逃げてほしい」
「いったい何が?」
「詳しく話している時間はない、研究隊の報告が王都に届き、怪物と同じ光で現れた二人を、お迎えせよと王命が下ったのだ」
首を振りながらロランがそう話す。
「お迎えって、ようするに捕まえろってことですか?」
トキが非難するような口調で問いただす。
それに、自分のせいではないというのに、いかにも申し訳なさそうな声でロランが謝る。
「すまない、止められなかった。王国は帝国と争う為の力を欲している。国を守るその気持ちは私もあるが、それでも研究隊を護ってくれた君たちに報いたかった。どうか逃げてほしい」
「王国はどうするつもりですか? 私たちを確保するために兵を出すとでも?」
ナナが問いかける。
その瞬間、遠くに殺到する騎乗した集団が放つ気配を、風がナナに運んできた。
「いけない、もうそばまで来てる。逃げよう。荷物をまとめて」
ナナがそういうとテキパキとトキは出立の準備をする。
「もう、来ているのか、私はここで誤魔化しておく、はやく行きなさい」
「そんな、ロランさんに迷惑が……」
そう言うトキに、ロランは苦笑して言った。
「私は、聖騎士として先祖に恥じない行いをするだけだ、気にするな。私の正義がこうしろって言ってるだけだから」
「いこう、トキ」
二人は裏口へ回り、躊躇なく駆鳥に跨った。
宿のそばに、多数の駆鳥の足音が近づいてくるのが聞こえる。
二人はその音に追われるように、南に向かって駆け出した。
宿の方で、ロランを誰何する声が聞こえたような気がしたが、駆け出した二人は、もう振り向く余裕もなかった……。
駆鳥の鞍の上で、ナナは涙をこぼす。
「せっかくここまで来たのに、ごめんねトキ、ここも私たちを受け入れてはくれなかった」
トキは手綱を操り、ナナのそばに駆鳥をよせた。
「どこに行こうと、ナナさんの横が僕の居場所です。僕は大丈夫です。ナナさんこそ、ごめんなさい、僕の為に、森を離れなくてはならなくなって」
その言葉にナナはそっと片手を伸ばして、トキの手にそっと触れて、ぬくもりを感じて、また手綱を引き絞った。
「戻ろう。辺境へ」
「はい」
王国に吹く風は冷たく、もはや二人を受け入れる優しい風ではなくなっていた。
——辺境へ。
二人の旅のはじまりの地を目指して。
世界が二人を拒もうとも、握ったこの手はもう離さない。心で繋がった二人はそう思いながら、南へ走っていた。
第六章 完
——春風は優しく、恋は穏やかだった。
寄り添い合い、笑いあい、未来を信じた。
だがその足跡のすぐ後ろで、ひとつの『影』が静かに育っていた。
風が届かぬ場所で蠢く者がいることを、
二人はまだ知らない。
次章、裏切りの足音が近づく。
優しさを信じた夜に、最も深い刃が落ちる。
——物語は、再び別離の闇へ沈んでいく。




