第27話 暴虐なる遺跡の力
——封印が軋む音は、悲鳴にも似ていた。
古代の悪意が目を覚まし、世界に『憎しみ』を解き放つ。
止められるのは、二人だけ。
——
黒い影は円筒の中で蠢きだした。
その目には明らかに破壊の衝動が宿っている。その不吉さに、ナナは戦慄する。
部屋に、声が響く。
「敵対行動ヲ確認、コレヨリ撃退シマス」
怪物のいる円筒が光り始める。
「実験生命兵器ノ転送ヲ開始」
蒼光が魔獣を包み、眩しく光る。
まぶしさに一瞬目をつぶり、再度見た時、すでにそこに黒い影は、忽然と消えてしまっていた。
「迎撃状況ヲ確認シマスカ?」
突然、尋ねるように声がかかり、反射的にナナは答えてしまう。
「は、はい」
しかし、遺跡は沈黙したまま、何の反応もない。
「え、えーと……」
ナナはトキを見つめた。
「確認したい」
そうトキが言った瞬間だった。
部屋の壁に、光が走りそこに、現実そのままのような光景が映し出される。
そこに映っていたのは、地獄という名の極彩色の細密画だった。
魔獣が飛びかかると、赤い何かが宙に舞った。
研究者らしき人たちのいるテントを、暴虐という名の絵画のように、黒い死神が暴れている。
王国の兵士だろうか、必死に槍でつこうとしているが、その槍を怪物が咥えて、振り回すと兵士が槍ごと宙に舞う。
黒い旋風が吹き荒れる度に、何かが吹き飛ばされ、破壊され、そして死んでいった。
「もう充分だろう、あれ戻せないの?」
トキが宙に向かって尋ねる。
「排除ガ未完了ノ為、実験起動ハ続行サレマス」
「これが古代の意志なの?
なんて酷い」
ナナが青い顔で呆然としている。
そしてその顔が、悲しみに歪む。
それを見たトキは、ナナを悲しませたくない、そう強く思い、シエンに聞いてみる。
「僕なら止められる?」
「アルジノメイレイハ、チュウオウシステムヨリジョウイ、チョクセツメイレイスレバ、トメラレマス」
「僕たち二人をあそこに運べる?」
「ハイ、テンソウヲカイシシマスカ?」
トキはしっかりとナナの手を握り締める。
「シエン、お願い」
「テンソウカイシ。シエンハオカエリヲオマチシテイマス」
トキとナナは、青白い光に包まれて、消えていった。
後には、停止して動かなくなった支援用自動歩行ユニットだけが残されていた。
地上に光が現れ、それが消えると、トキとナナが立っていた。だがすぐに意識を失ったナナが倒れるのをトキは繋いだ手に力を込めて支える。
そのまま空いた手でナナの身体を支えて、呼びかける。
「ナナさん、ナナさん」
すぐにナナは目を覚まして、トキを見上げる。
「あれ? 私どうしたのかしら?」
「ここに跳ばされた時に、意識を失ったみたいですね」
その時二人の耳に悲鳴が届く。
「そうだ、怪物は?」
二人が周りを見回して、怪物の姿を見ようとする。
しかしその黒い獣は異様であまりにも早過ぎて、黒い影のようにしか、目に捉えることができない。
「とにかく、行ってみましょう」
二人は惨劇の現場に急ぐ。
その時、二人の耳に、高い子供の声が聞こえてきた。
「パパー、どこー?」
テントの影から、小さな男の子が泣きながら歩いてきた。
大人たちが逃げ出す混乱の中、取り残されたのだろう。
それは誰か王国の研究者の子供なのだろうか、5歳くらいの男の子。
黒い怪物が、その子を見てニヤリと笑った、そんな風にナナには見えた。そして普通に走っては間に合わないことを理解した瞬間。ナナは、ペンダントを外した。
「ナ、リアナ!」
トキの心配げな声を後ろにナナは心を集中する。風がナナを巻き込むように吹き、翠の閃光が光り辺りを眩しく包む。その光が収まったそこに、翠の鎧に包まれたナナがいた。
ナナは、思いっきり地面を蹴ると、風のように、翔ぶ。一足のジャンプで男の子の側に着地すると、その子を抱きかかえて、また飛び上がる。
「グルルル」獣が口から獰猛な声をあげ、宙を睨んでいるが、流石の怪物も空にいるナナには手を出せないようだった。
しばらく上空を見て睨んでいた怪物は、視線を落とすとその目にトキの姿を映した。
その瞬間、怪物は跳び上がるとトキの元へまさに跳びかかろうとした……その刹那、何故か怪物は急角度で方向を変え、跳びずさった。
「グルルル……グァアア!」
怒りの声をあげて、地面を前足で叩いている、それは地団駄を踏んでいるようにも見えた。
「グアアアアア」苦しそうに怪物が声をあげる。
そしてまた、トキの方に向かい飛びかかろうと身体を沈めた。
「あぶない!」——ナナの絶望の声が響く。
だがとびかかろうとした怪物はよろめくように立ち止まる。
その時、トキとナナに強い魔力とともに怪物の意識が言葉として感じられた。
魔力を風として聴けるナナと、古代の血を持つトキには、それが声としてはっきりと感じられた。
『何故、近ヅケヌ? 全部憎イ、全部壊ス……ウウウウ』
それは異質で歪な心の声。
世界の全てを恨んでいる、そんな悲しい心が、ナナとトキには魔力を通してはっきり伝わってくる。
ナナはトキの側に降り立つ。
トキの側なら安全だと見越して、トキに子供をあずける。
その間に、研究者のテント群には、人の気配は、なかった。生きているものの気配は遠くに逃げ去っている。
残っているのはもう物言わぬ肉塊だけだった。
『憎イ、憎イ、憎イ、我ヲ閉ジ込メタノト同ジ匂イの血ノ人、冷タク寒イ闇ノ中ニ何千ノ星ノ巡リノ間、囚ワレテキタノダ。憎イ、ナノニ近付ケナイ、グググ』
『お前が憎いのは僕なのかい?』
トキは心の中で怪物に問いかける。
『オ前ハ、我ヲ閉ジ込メタ奴ト同ジ血ヲシテイル』
『だが、それは僕じゃないし、お前がそこで襲った人たちはもっと関係ない』
『ウルサイ、グアア、何故ダ、コイツヲ狙ウト頭ガ……グアアアア』
苦しんだ怪物は、一声吠えると、そのまま、森へ飛び去っていった。
『君たち、大丈夫かい?』
後ろから声がかかる。
そこには王国の紋章をつけた鎧を身に纏った一人の騎士姿の男がいた。
騎士は周囲の惨状を見て険しい顔をしていた。




