第22話 庇いあう心、触れた温もり
——守りたいと思った瞬間、身体が先に動いていた。
抱きしめられた温もりが、もう後戻りのできない『答え』を胸に刻む。
——
また変わらない朝が来る。
もう彼らを覗く影はどこにも見えない。
四人は、いつものように準備を始める。
こころもち、いつもより元気そうなアイナが今日は手伝おうとする兄の手に、「大丈夫」と断りながら、自分でできる準備をしているのが、いつもと違うところだった。
「今日とっても身体が軽いの、ありがとうリアナお姉ちゃん」
アイナはそういって、いつもより早く、駆鳥に乗った。
見つめるアフベルの目が嬉しそうで、ナナは今日はいいことがあるといいな、そんな風に思いながら、尾根を下る道を歩き出した。
「この坂を降りたらいよいよ王国の国境だな」
アフベルの言葉が、この山道もあとわずかだとナナとトキに教えてくれていた。
下り道は楽なようにみえて、体重が前にかかり、実は登りより体力を必要とする。一行は休み休み無理をせず、下っていく。
「リアナさん、大丈夫ですか? 疲れてませんか」
気遣う言葉が、同じ方向にだけ吹く風でなくなっていた。
「大丈夫よ、リトこそ大丈夫?」
「僕は平気です」
トキは頼もしくなった。初めて出会ったあの泉での、薄幸で幼くて、守ってあげなきゃと思った彼は、もうどこにもいない。
でも、今のトキも間違いなくトキで、そして、自分が……大切に想う人だ。
気付いたら、ついトキに視線を奪われてしまい、目の合う回数が多くなってしまう。
目が合うと目尻が下がってニコリとしてくれるんだけど、その度にナナは、恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。
素直になれない自分は、その度に、トキでなくアイナに声をかけて、手をつないだり、お話をしたりしてしまっていた。
「リアナお姉ちゃん、だいすき」
そんなふうに素直に私に言える少女が、とても羨ましかった。
お昼の休憩のあと、アイナが鞍の上でかたまった身体を伸ばしたいし、少し自分も歩きたいと言い出す。
「ほんとに大丈夫か?」と心配するアフベルだったが、「お姉ちゃんと並んで歩くの」と言ってきかない妹に折れざるをえなくなる。
午後のはじまりは、ナナとアイナが並んで歩き、二頭の駆鳥は男性二人がそれぞれ引いて歩いていた。
仲の良い姉妹のように話しながら歩く二人と、後ろを行くアフベルが心配そうに見ている。
足元の石に蹴躓いて、アイナがバランスを崩す。
隣のナナは咄嗟に身体を抱きしめて自分の身体を地面にあずける。
どさっと音がしてナナはしたたかに背中を打ちつけてしまう。
「ごめんなさい」と泣き出したアイナに、アフベルが駆け寄ってなだめ始める。
「大丈夫か? アイナ、怪我はないか? よしよし」——妹を心配する兄の目には、妹以外のものはこの時映っていなかった。
「ナナ……リアナさん」
トキも慌てて近づいてきて、ナナを助け起こす。名前を言い間違えたが、アイナに夢中なアフベルにはこの声は幸い届かない。
「だ、だいじょうぶよ。アイナちゃんが心配で咄嗟に……」
ガバッと、トキがナナを抱きしめる。
強い抱擁。まだ立ち上がる前だったため、上から包み込まれるように抱きしめられた。
トキの胸板に、顔がうずまる。
「あ……」と声にならない声が、ナナの口から漏れる。
「アイナちゃんも大事だけど、僕には貴女も大事なんです」
頬に触れる胸元の筋肉の感触、かすかな汗の匂いが、少年でなく男……を感じさせた。
その瞬間、頭が沸騰したように恥ずかしさが湧き出てきて、思わず手でトキを引き剥がしてしまった。
ナナは頬が熱いのをごまかすように、乱れた前髪をそっと整えた。
「あ、ごめんなさい、僕、夢中になってしまって……」
「いいのよ、心配してくれて、ありがとう。立つから、手を貸してくれる?」
そう言ってナナは手を伸ばしてトキに頬笑みかけた。
差し出された握った手は、反省のせいか少し他人行儀な気がして、素直になれない自分の気持ちが恨めしい。
二人の間に、涼しい風がひゅっと流れた。
「アイナちゃん、大丈夫だった?」
「リアナさんが庇ってくれたおかげで、どこも怪我もない、大丈夫そうだ。これが何度目かわからないけど、ありがとう」
「よかった」
「さぁ、アイナこの後は、乗っていこうか」
怒る事はなく、丁寧に諭す兄の言葉に、アイナは素直に、鞍の上の人となる。
歩きはじめようとした、ナナは、ふと背後からの風に、何か濁りのようなものを感じて、思わず振り返った。
「リアナさん、どうかしました?」
「何かしら、うん。気のせいかな何もなかったわ。驚かせてごめんなさい」
そう言って、四人と二頭はまた山を下り始める。
その頃、少し離れた所にある山中の庵に、黒い外套の男がいた。
手には感知石を握っている。
「なんだ?少し光ったような気がしたが」
男は近くに書き付けていたメモを見る。
「商人風の二人連れと、子供二人を連れた若夫婦くらいか、通っていったのは」
少し考え込んで呟いた。
「街道外を行ってる奴がいるとしたら、盗掘でもして、遺跡からなんか掘り出したやつでもいたのかもしれんな? 一応リーダーに報告はあげておこう」
男はそのまま、街道の監視に戻った。
ナナたち一行は少し長めに歩いて、やっとふもと辺りにまでやってきた。
遠くに、国境の町のあかりが見えてきた。
「遅くなってしまった、今日あそこに着くのは無理だね、こう暗くなっては門も閉まっているだろうし、残念だけど今日はこの辺で泊まって、明日の朝、町に入ろう」
「そうですね、じゃあ、私は夕飯の支度、急いでしますね」
そう言って、四人は慣れた野営の支度にとりかかった。
焚き火を囲んで、旅の無事を話していると、疲れたアイナがナナの膝の上で眠ってしまった。
「重いだろう、寝床に連れて行くよ」
そういうアフベルにナナは笑顔をかえす。
「深く寝入るまで、このまま寝かせてあげましょう」
「そうか、すまない」
そう言って、アフベルは立ち上がりかけた身体を、再び腰を落として座った。
ナナの隣に座って、焚き火の火を見つめながら、トキがポツリとつぶやく。
「リアナさんと、旅しててよかった」
「そう? 私もリトと一緒でよかったわよ」
焚き火の火の温もりだけでない、暖かい風が二人の間に流れていた。
そして、それを見守るアフベルは、微笑ましい二人を、感謝の気持ちで見つめていた。




