第20話 焚き火に揺れる、ささやかな幸せ
——焚き火の赤い光は、心の影まで照らし出す。
隣にいるだけで胸が跳ねるのは、
もう『偶然』では済まない——。
——
鞍の上で、揺られながら、アイナがにこにこしていた。
「どうしたの? アイナちゃん」
そうナナに問われたアイナは、笑って答える。
「リアナさん、あのね、いつもは下から見てるお兄ちゃんや、みんなが、アイナより下に見えて楽しいなって思って」
高い所から見下ろす、少女の素直な言葉に、ナナの表情も思わず綻ぶ。
隣では、トキとアフベルが話をしている。
「アフベルさんは、国ではどんなお仕事をされてたんですか?」
「ああ、俺は猟師だよ。罠を仕掛けて、野ウサギや鹿、猪なんかをつかまえるんだ」
「へえ、すごいですね。僕も今十二歳でそろそろ何か考えなきゃいけない年になってきてるんです。いったい何がいいのか」
「王国についたら落ち着いて探せばいいと思うよ」
そんな話をしながら、四人は順調に旅をつづけていた。
山に入っていき、周りからは山特有の、木々の獣の香りのする風をナナは感じていた。
「ここらで、食料の調達に、狩りをしようと思うんだがどうかな?」
そうアフベルが口を切る。
「それもいいわね。私もいくわ、これでね」
ナナは、荷物から、半弓を取り出す。
「そんなに大きな獲物は無理だけど、野ウサギや山鳥程度ならこれで十分よ」
「なるほど、じゃあ一緒に、行こうか、すまないが、リトくん、アイナを頼めるかな?」
そう言われたトキは、一瞬ナナの方を見て、逡巡するが、アイナを見ると、首を軽くふって答えた。
「わかりました、二人で留守番してます。そのかわり、獲物の方は頼みますよ」
そうして、ナナとアフベルは、街道を離れて、木々の中を獲物を探しにいく。
トキは、アイナと一緒に手を振って見送ってくれた。
アフベルは、地面に残る動物の痕跡、そんなものから、獲物のいる方角をしっかりと見分け、獲物に近づく。
ナナは風の匂いで、今そばのどこにいるのか見つけ出す。
アフベルは投石器を取り出し、器用にくるくるとまわすと、獲物を狙う。
ナナは半弓を構えると、ほんの少しだけ魔力を矢に込める。暗い中でないと気付かれないくらいの仄かな翠の光を発する矢は、風の影響を受けずに、獲物に突き立つ。
「いやあ、恐れ入った、リアナさんの腕は熟練の狩人みたいだよ」
「アフベルさんも、投石器上手ですね」
「ありがとう、二人を心配させるといけない、そろそろ戻ろうか」
「そうですね、獲物もこれだけあれば充分ですし戻りましょう」
二人の元に戻ると、早速、獲物の解体にかかる。これはトキも張り切って手伝う。
毛を焼く為の焚き火を、今はもう一人で簡単に起こしている。
そんな様子を頼もしそうにナナは見つめていた。
「リトお兄ちゃんすごいね、あっという間に火がついた。魔法みたい」
他意のない少女の戯言に、ナナとトキは、目を合わせて、どちらともなく微笑みを交わした。
「アイナがこんなに元気そうに、それだけで俺は……」アフベルがそれ以上言えず、言葉を詰まらせる。
「妹さんの病気って長いの?」
ナナはアイナには聞こえないよう小声で尋ねる。
「ああ、小さい頃から身体があまり強くなくてね」
「そう、はやく、よくなるといいわね」
「ありがとう」
野ウサギの毛皮を剥いだり、山鳥の羽根を焼いてむしったり、解体を手早くしていくアフベルの手元を、トキとアイナが感嘆の表情で見ている。
ナナは、他の材料を準備して、料理の支度を始めている。
トキが、アフベルに教わって、解体を手伝っている。
その手つきが、幼い子供ではなく、もう大人になろうとしているのだという事を、嫌でもナナに理解させてくる。
ナナは料理に集中して、そんな考えをいったん振り払っていた。
料理ができあがり、四人で仲良く食べる。
「これ、僕がはじめて解体した山鳥なんですよ、リアナさん、どうですか?」
「う、うん、……そうね、とても、美味しいわよ」
「よかった、ちゃんと出来てますか、嬉しい」
「もう、解体だけなら、リトは一人前の男だな」
そうアフベルが褒める。その一人前の男という言葉が、ナナの頭を埋めていく。——トキは男で……私は、女……なんだよね。
頭の中でそんな言葉がぐるぐると渦を巻いていた。
食事を終えて、焚き火がぱちぱちと鳴るのは、黙って眺めていた。
逃避行してた時には、こんな風に火を絶やさないなんてことすら出来なかったと考えると、四人でのこの旅が、楽しいものに感じてくる。
アフベルがアイナを寝かせ付けている声が、静かに聞こえている。
ナナとトキは、その寝入るのを邪魔しないように、声をひそめて、今日の話をしていた。
「って、こんな事があったんですよ。明日もこんな風に穏やかに過ごせたらいいですね」
焚き火の火の揺らめきがトキの瞳にやわらかな揺らぎを映して、夜の風が、その本来と違う栗色の髪を撫でている。
トキの声が昨日より低くなっていて、のどの突起がすこしはっきりしてきているような気がする。そんなことでまた頭をぐるぐるさせて、気付かれないように、そっと視線をそらした。
『トキが大人になっていく、喜ばしい事……よね、なんでこんなに胸がざわつくのだろう』
そんな事を考えるナナを、月が青く照らしている。
まとまらない考えを振り払うように、ナナを尾根の向こうに心を馳せる。
明日、あそこまでいけば、安息の場所を与えてくれるはずの、王国が見えてくるはずだった。




