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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第五章 恋と風が芽生えた旅路

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第19話 風が運んだ小さな出会い

 ——優しさは風に似ている。

 触れた人をそっと温め、同時に何かを運んでくる。

 その『出会い』が、二人の心をまた揺らしていくとも知らずに。



 ——

 また二人きりに戻った朝を迎えて、ナナとトキは出発の準備をしている。

 

「ふぁーあ」とあくびをするトキ。

 

「どうしたの?昨日、あまり眠れなかった?」

 

「うん、昨夜の事を考えると少し寝付けなくて」

 

 仲良くなったはずの幼い少年からの拒絶が、トキの心の奥に澱のように黒い影を残している。トキを通ってナナに届く風に、そんな少し濁った感覚を覚えていた。

 

「トキ、私がいるよ。ずっと一緒だからね」

 

 そういうナナにトキは途端に表情を和らげると、「はいっ」と微笑んで、立ち上がると、ぎゅっとナナの手を握った。

 

「僕も、ナナさんとずっと一緒にいます」

 

 そういう少年の目線が、以前ほど上目遣いになっていない事に、ナナは気付いていた。


 背高期せいたかき——辺境の街で聞いた言葉が頭をよぎる。


 ふと、トキの胸元を見て、鎖骨の下に前はなかった筋肉の盛り上がりを見つけて、ナナの胸はどくんと高鳴った。

 


 東に紛争地帯となっている隣国を眺めながら、ナナとトキは、丘陵を王国へ向けて登っていく。


 山から吹き下ろす風には、緑と生き物たちの、生命の息吹がたしかに感じられた。


 尾根の向こうには帝国と対抗しえる王国がある。——そこにたどり着ければ、二人の平穏があるはず。

 

 小さな希望を胸に、ナナはトキと共に、王国を目指して、駆鳥(かけどり)を無理なく進ませていた。


 尾根に続く道を進んでいると、トキより少し幼いくらいの少女を背負った、男性の姿が目に入る。


 トキは、駆鳥(かけどり)を降りて駆け寄る。

 

「大丈夫ですか? 水とか何か必要ですか?」

 

 そう尋ねるトキに、男は振り返って話し始める。

 

「妹が、ちょっと熱を出しまして。元々身体が弱く医者にかかるために王国を目指して旅をしていたんですが」

 

 そこにナナも近寄ってくる。

 

「そこに妹さん、降ろして、薬草に余裕があるから、ちょっと飲ませてあげましょう」

 

「そんな、申し訳ない、それに医者にかかる為に貯めたお金が精一杯で、お礼をする余裕も……」

 

「お礼なんて、いいから、さあ、妹さんを休ませてあげましょう」

 

 そう言ってナナはトキに手伝ってもらい、道ばたに皮でできた布を敷き、枕代わりの巻いた敷物をおく。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます。」何度もそう繰り返すナナより少し年上に見える男は、言葉の度に深く頭をさげた。

 

「気にしないで、これも風のお導きよ」

 

 と言うと、ナナはテキパキと薬草を煎じ始める。師からはこういった魔術だけでなく、こういった知識も教わっていた。

 

「これで少し休むといいわ。念のため、もう少し一緒に見てましょう」


 薬が効いてきたのか、妹の顔色がだんだんと青から、薄紅色に変わっていくのを、男は真剣な顔で、ずっと見つめていたが、やっと安心したのか、失礼を思い出したというようにあわてて挨拶をした。

  

「はい、ありがとうございます。申し遅れました、私は、アフベル。妹は、アイナと言います」

 

「私は、リアナ、こっちはリトよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 そうトキはリトとして、アフベルに話しかけた。

 

「お二人も王国へ行くんですよね? あの山を背負って越えるのは大変だから、よかったら、アイナちゃん、うちの駆鳥(かけどり)に乗ってもらったらどうかな? どう思います? リアナさん」


「リトがそれでいいなら私はいいよ。私の方には荷物を積んで、歩いて山を越えましょうか」


「そんな申し訳ない」とそう言うアフベルに、トキが強く言う。

 

「妹さんの身体を第一に考えてあげてください。それが一番負担がないと思いますよ。お兄さんの背中もいいでしょうけど」


「ほんとにありがとうございます。このご恩は忘れません」


 しばらくして、アイナが目を覚ます。見慣れない二人に驚く少女だが、兄から話を聞き、すぐに可愛い声でお礼を言う。

 

「ありがとうございました、リアナお姉さん、リトお兄さん」

 

 その声に二人の顔が綻ぶ。

 

「二人も姉弟なの?」

 

 と問われて、ナナとトキは顔を見合わせる。

 

「姉弟じゃないよ、僕たちの関係は……何ですか? リアナさん」

 

 そうトキが、ナナ自身の言葉を促したが、自らの気持ちをうまく説明することができないナナは、くちごもる。

 

「あ、その……えっと……」

 

「仲、いいんですね」

 

 とその微妙な空気を断ち切るようにアフベルが話すと、トキは残念そうに、頷いた。


 少し早いが4人はそこで、昼食をとることにする。

 

 寒空の下、春を思わせる暖かい風が、ナナを髪を優しく撫でている。


 食べ終わった四人は景色を眺めながらしばし仲を深める為に話す時間をとっていた。

  

「元気になったら、何をしたい?」

 

 そうトキはアイナに微笑む。

 

「うーん、素敵な恋人が欲しい、リトさんみたいに優しい人」

 

「おい、アイナにはまだ早過ぎるぞ」

 

 慌ててそんな心配をする兄。

 

「そうね、私より、まずお兄ちゃんのお嫁さんが先よね」

 

 そうして兄を気遣う妹。

 

「いい兄妹ね。さあ、そろそろ出発しましょうか」


 四人は笑顔に包まれながら、旅を再開した。

 

 山の向こう、王国に向かって。

 

「この子、大人しいね」

 

 トキの駆鳥(かけどり)の上で、アイナがはしゃぐ。

 

 トキはその轡を引いて、鞍の上のアイナを優しく見上げて言った。

 

「アイナちゃんが優しいから、この子も大人しくしてくれてるんだと思うよ」

 

「ありがとう」

 

 顔をくしゃくしゃにして喜びを表現する少女に、二人は、昨夜の出来事でささくれていた心の棘が、抜けていくような気がしていた。 

 このまま何もなければ、ただの人として旅を続けたい、そうナナは心の中で願っていた。


 東の空からは戦乱の荒れた風が空気を淀ませていた。


 そして山からの風は、何も告げず、ただ四人のまわりを、今は優しく通り過ぎていった。


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