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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第四章 変わりゆく風と、新たな旅立ち

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第18話 救いのあとに落ちる影

 ——救ったはずなのに、胸だけが冷えていく。

 人は理解できないものを、やがて『恐れ』と呼ぶ。



 ——

 レアと怪物の力比べは膠着してしまっていた。

  

「効かないと、威張ったものの、これじゃこっちの炎も通じないか……ねぇそこの人」

 

 レアがナナの方を向いた。

 

「わ、わたし?」

 

「あんた、風でしょ?一時的でいいから、こいつの炎、吹き飛ばしてくんない?」

 

 エディを守ってそこにいるトキの姿に、ナナも覚悟を決める。

 

 胸のペンダントを取ると、炎に巻かれて起こる風の音を聞く。翠の光が全身を取り囲むと、翠の鎧を身に纏った魔女の姿を曝け出す。

 

「あんたも魔女、だったのかい……」

 

 ハンナの呆然としたつぶやきを背に、ナナは両手に風を集める。

 

 渦巻く風がナナの両手に集まると、そこから竜巻が立ち上るような大気の渦が、前に出したナナの両手を取り巻く。

 

「えいっ」

 

 掛け声と共にナナの手から風の渦が怪物に向かって飛び、一瞬、炎を吹き飛ばした。

 

 その一瞬で充分だった。

 

 レアの手が真っ赤に燃えると、そのまま怪物を押し込んで表面を燃やし炭化して爆ぜた。

 

 そこには、ヴァイスの上半身と怪物の下半身を持った奇妙なキメラが倒れていた。

 

 上半身にも包帯が焼けた跡に赤い変質した皮膚があるほか、包帯がなかったところにも、変質してしまった無残な痕がある。

 

 顔をあげて、ヴァイスが周りを見る。

 

 膝をついて立ち上がり、その視点の高さに驚き下を向いて、その顔が絶望という名の絵画のように固まる。


「そこの魔女たち、すまないがこのままわたしを燃やしてくれないか? このまま化け物になるよりはマシだ」

 

「何でそんな事に?」

 

 レアが尋ねる。

 

「俺は元は帝国の占領地の出身なんだ。市民権と報酬に惹かれて、変な実験台にさせられてこのザマだよ。怖くなって逃げ出したんだがなぁ、たまに意識がなくなっていたんだが、いよいよもうダメそうだ」


 トキがナナに耳打ちする。

 

「あの赤い身体、もう寿命みたい、……泣いてるんだ。もう、休ませてって。胸の奥に、直接、ささやいてくるみたいに」

 

「わかるの?」

 

人造兵(ホムンクルス)は本来は匣に入って封印されているんだ、匣の外で年を経てしまってたみたい」

 

 二人が耳打ちし合ってる中、レアが男に話しかける。

 

「ごめんなさい、私の魔力に反応しちゃったのよね」

 

「いや、それはきっかけに過ぎない、過去にもあったことだからね、それより、私を早く楽にさせてくれないか?」

 

「わかったわ。灰に還して、また次の生へ向かわせてあげる」

 

「ちょ、ちょっと待ってどうにかならないの?」

 

「何か方法があるなら聞くわよ? でも考えがないなら黙ってなさい」

 

「もしかしたら、僕ならできるかもしれない。もともと彼ら、人造兵(ホムンクルス)はこの血の民の為のものなんだと思うから。忌まわしい血だけれど、誰かの為になるのなら」

 

 そういうトキに、ナナは、どう言っていいのかわからない。危険なことじゃないのかという気持ちと助けたいと言う気持ちが入り交じり、心配そうにトキを見つめる。

 

「大丈夫だよ、彼等は僕には危害を加えない。僕が人造兵(ホムンクルス)を呼んで彼から引き離されたら、すぐにレアさんは彼の傷を治してほしい。炎の力だとかなり痛いとは思うけど、止血はできますよね?」

 

「ええ、できるわ」——なぜ知ってるのか?とレアは訝しげにトキを見ている。

 

「あの人造兵(ホムンクルス)が教えてくれてるんだ。ナナさんは、僕を風で包んでよってくる人造兵(ホムンクルス)に触れないようにして、そうして、魔力から断絶すれば、もう身体を維持できなくなって、あの子はやっと永遠に眠れるってそう言ってる」

 

「わかった、やってみましょう、レアもいい?」

 

「わ、わかったわ、やるわよ」

 

 トキが人造兵(ホムンクルス)に近づき手を差し伸べようとする。その時、トキの手は震え、躊躇する。

 

 しかし、トキにだけ聞こえる声で泣く声がまた耳に届く。震えを押し殺して、彼はもう一度手を伸ばした。

 

 ずずずと、下半身の怪物は震えながらトキの方に這いずるように進んでいく。完全に男の身体から離れた瞬間に、レアの炎の魔力が男を包む。

 

「ぐあああ」

 

 男は声を上げて苦しみ悶える。

 

「声が出るのは生きてる証よ、もう少しがまんして」

 

 そういうと更に集中して、傷に炎を纏わせている。

 

 肉が焼ける匂いが辺りに漂う。

 

 その間、ナナも集中してトキの身体に風を纏わせる。

 

 トキはナナの香りのする風の中で、笑顔で人造兵(ホムンクルス)を見つめている。

 

 トキの方へ本能的に向かうも、近寄れず、震えながら、人造兵(ホムンクルス)だったものはぐずぐずと崩れ、やがて土に還った。



 無言で、ナナたち4人を見つめる隊商の人たち。


 その目には明らかに畏怖の色がある。

  

 エディを助けにやっと近寄ってきた母親のサラも、不安そうにナナたちをみつめて、エディを抱いて、下がっていく。

 

「お邪魔したわね、私はこの男を師匠のところへ連れて行くわ。まだどうなるか心配だし、師匠ならなんとかしてくれると思う」

 

「そう、じゃあここで、さよならね」

 

「炎と風がまた交わる日がくるといいわね、私は行くね、すまないけど、後始末をお願い」

 

 そうレアは言い残すと、ヴァイスを抱きかかえて、赤いオーラにつつまれる。

 

 ものすごい爆発音がし、レアは宙に消えていく。

 赤の魔女は、爆炎の力で空を切り裂いて飛んでいった。


 見送るナナとトキ。

 

 爆炎の余韻が消える間、皆の顔から一瞬、好奇が消えた。次に来たのは理解の欠けた恐怖だった。人々はゆっくりと距離を取り始める。


 熱い風が去って行き、畏怖の視線があとに残った。

 

 辺りは静まりかえり、夜の闇が戻る。


 だが、隊商の人々は誰一人として、二人に近寄ってこようとはしなかった。


 リサが半歩だけ前へ出かけて——けれど、踏みとどまり、ナナ……と声をかえようとして、畏れにそれ以上言葉がでない。


 ハンナも言葉を探すように口を開き、…ごめんね、でも…」としか言えず、固まったままだ。


 エディも、ナナとトキに駆け寄ろうとしたが、恐怖を思い出し足がすくむ。

 そしてそのまま母のサラに腕をつかまれて止められる。


「もう……そっちには行っちゃだめよ」


 サラの震えにあきらかな怯えを感じて、ナナの胸の奥が冷たくなる。

 

 ついさっきまで一緒に笑っていた人たちの視線が、いまは明確に「恐れ」の色を宿していた。

 

 ナナは、畏怖の冷たい風の匂いを感じながらそっとトキの手を取る。

 

 その手のひらだけが、唯一の温もりだった。


「……行こう、トキ」


「はい。ナナさん」


 背を向けた二人の後ろで、焚き火のはぜる音だけが、ぱち、ぱち、と夜気に溶けていった。 



 第四章 完

 


 ——風は優しく、恋は静かに育っていく。

 けれど平穏の影では、すでに『誰か』が二人を見つめていた。

 ナナは胸のざわめきにまだ名前をつけられず、

 トキはただ守りたいと手を伸ばす。

 やがて辿りつく国境の街で、

 二人の心はついに交わり、そして……


 次章——恋と風が芽生える旅路。

 その優しさが、世界の追跡者の目を惹きつけてしまうとも知らずに。


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