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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第四章 変わりゆく風と、新たな旅立ち

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第17話 焚き火の輪と、燃える影

 ——焚き火の温度に紛れて、ひとつの影が静かに燃えていた。

 その影は、やがて『帝国の悪夢』を呼び起こす。



 ——

 王国へ向けて出発してしばらくして、街道を進む隊商に追いつくことになった。

 

「あんたたち、二人旅かい?」

 

 隊商の護衛らしき冒険者が声をかけてくる。

 

「はい、そうですけど」

 

「この先の峠あたりは、山賊がよく出るんだ、二人だけで進むとあぶない、少し速度は遅くなるかもしれんが、よかったら一緒に行ったらどうだい?」

 

 ナナとトキは顔を見合わせて、頷き合う。

 

「よろしくお願いします」

 

「気にしなさんな、俺は護衛のまとめ役をやってるダグだ、よろしくな」

 

「私はリアナ、こっちはリト、よろしくお願いします」

 

 そう言って二人は一行に同行することになった。



 峠に向かう道の麓に、山越えを控えて泊まるための焚き火の跡が点在している広場があり、少し早いが一行はそこで今夜は野営することになる。

 

 自分たちだけだったらそのまま進んで山で夜明かしになったなと考えると、この人たちと同行できた幸運を、ナナはやさしく頬を撫でる風に感謝していた。


 せめて手伝いをしたいと申し出たナナは隊商の女たちに交じって夕飯の支度を手伝っている。

 

「じゃあ、前の街で仕入れたものを、辺境中を回って売っていくんですね」

 

「ああ、こういう隊商がどうしても地方には必要なんだよ」

 

 ナナの問いに、女たちのまとめ役と紹介された、四十絡みハンナという気っ風のいいオバさんが答えてくれた。

 

「ねえ、あの可愛い子は弟さん?」

 

 興味津々で、尋ねてくる同年代のリサと名乗った栗毛の若い女にナナは首をふって返事を返す。

 

「いいえ、弟じゃないです」

 

「じゃあ、恋人?」


 そうカーニャと名乗った少し年上の女がニヤニヤしながら聞いて来た。

  

 あけすけな質問にドギマギしながらも、なんとかうなずくだけの返事を返す。

 

「きゃー」若い女たちの嬌声が響く。

 

「さぁいつまでもくっちゃべってないで、急いで仕上げるんだよ、みんな腹減らして待ってるんだよ!」

 

 ハンナの一声で、大人しくなった一同はいそいそと、料理に集中する。

 

「リアナ、あんた若いのに、よい腕だね。いい奥さんになるよ」

 

 下ごしらえをテキパキこなすナナをみて、マルナは、ナナを褒めてくれた。

 

 奥さんという単語に、思わず胸が震え、手元が狂ってぎりぎり指を切りかける。

 

「おや、変なこと言っちゃったかね。まだまだ若い、いいわねえ」

 

 と笑いながら言うハンナにナナは答える言葉を持っていなかった。



 その頃トキは、隊商の責任者であるハルヴァ商会の主オルドの息子、エディの遊び相手になっていた。

 

 他は大人ばかりの中で、なかなか遊び相手のいないエディに、少しだけ年上のトキは格好の遊び相手で、小さな石同士をぶつけあう、このあたりの子供に流行っているゲームを一緒に楽しんでいた。


「いいお兄ちゃんが出来てよかったわね」

 

 母親のサラの言葉に、おおきく「はい、リト兄さん」と笑顔で返事をするエディを、まるで本当の弟みたいだと、トキは可愛く思って、一緒に遊んで、心から笑う。


 それはトキに、これまでの逃避行と違う、生きていると実感できる時間を与えてくれていた。


 ナナは同じ年だというメリという物静かな女性と二人で、男衆に料理を配っていく。


「王国はかなり帝国を押し返したらしいじゃないか、これで少しは平和になればいいんだが」

 

「はぐれものが、傭兵になりに移動していった分、この辺りの盗賊も少し減ったようだけどね」

 

 ダグに料理を手渡しながら、ナナはお礼を言った。


「さそっていただいて、本当に助かりました」

 

 そう言うナナに、ダグは笑顔で気にするなといわんばかりに、ひらひらと手を振った。


「はい、ヴェルンさん、どうぞ」

 

 メリが、無骨な二十半ばの護衛らしき男性に料理を渡している。

 

「ありがとう」

 

 男はそう一言だけ返して、料理をうけとる。左腕には包帯が巻いてある。

 

「それ怪我か何か?」

 

 ナナが尋ねると、一瞬びくっとした男は、なんでもないように答える。

 

「ああ、もうほとんど問題ないんだけど念のためだよ、念のため」

 

 護衛が怪我してちゃいけないし悪いことを聞いちゃったかなとナナは話を切り上げて、次の人に料理をまた配り始める。

 

 

 いくつかの焚き火の周りに輪をつくって、みんなで夕飯を食べている。

 

「このスープ、リアナがつくったのよね?すごい美味しい」

 

 リサがナナのスープを飲んで顔をほころばせる。

 

 ナナもトキと一緒に、初めて多人数で一緒にとる食事を楽しんでいた。

 

 その時、ダグの緊張した声が、辺りに響いた。

 

「何者だ!」

 

 そう誰何するダグの声の向こうに、一人の女がいた。

 

 人影が女であることをみて、安心したダグが申し訳なさそうに話す。

 

「お嬢さん、すまないね、大きな声を出して、これが仕事なんで勘弁してほしい」

 

「大丈夫よ、私も火にあたらせてもらっていいかしら?」

 

「ああ、俺はダグ、護衛のリーダーをしてる。リアナ、この子をそちらで見てやってくれるか?」


「はい、こちらで火に一緒にあたりましょう、私はリアナ、よろしく、あなたは?」

 

「私は、レア、よろしく」

 

 風が、ショートカットの活発そうな少女の纏う熱に吸い寄せられるように流れを変える。それはただの炎の熱ではなく——魔女の気配だった。

 

 女はそっと身を寄せると、ナナに耳打ちする。

 

「あなたも魔女?」

 

 そう囁く女の胸にはナナたちと同じような、魔力を帯びたペンダントが光っていた。 

 その瞬間、ナナは風と熱の交じる匂いを嗅いでいた。


「旅をしてるの、あなたも一人前になるための旅を?」

 

 言葉を選びつつ、当たり障りのない質問をしてくるレアに、こちらも他に聞かれてもいいように気をつかって返事をする。

 

「はい、私も目的は同じですね。この子と一緒に」


 レアは、横に座っているトキを見て、一瞬驚きに固まった。――信じられないほど濃い魔力の気配を、その少年から感じ取ったのだ。

 

 しかし何事もなかったようにとりつくろって、ナナのそばに腰掛ける。

 

 レアが薪に身を寄せると、空気がほんの僅かに熱を帯びる。誰かが小さく息を呑む――それは見知らぬものに対する警戒かに思えた。

 

 レアは火にあたると、自分の食事をとりだして、焚き火であぶり始めた。

 

「火、借りるわね」

 

 焚き火の炎が生きてるように、さりげなくレアの置いた干し肉に絡みつくのを、じっとナナは見つめていた。

 

 ガチャン、と外側の焚き火で食事をしていた護衛たちのところで何か落ちる音がした。

 

 ふらつく足取りで、一人の護衛が、木々の方へ歩いて行くのが見えた。腕に包帯があった。

 

「大丈夫か?あと始末はしておくぞ」と後ろから声をかけるダグを振り向きもせず、木々の間へ消えていった。


 その時、風の音が確かに変わったのを聞いた。


 突然男の消えた方角から炎の魔力が溢れでた。風がその中にレアと同じ香りを微かに運んできた。

 

 木々が薙ぎ倒され、何かが近づいてくる。

 

 悲鳴が上がる。

 

 護衛たちは武器を取り遠巻きに見ているがそのあまりにも常軌を逸した姿にそれ以上動くことができない。

 

 帝国のあの『大佐の人造兵(ホムンクルス)』に似ているナナはそう思って立ちあがり、そいつを睨む。

 

 逃げようとした、エディが転ぶのが目に入ると、トキは即座に駆け出し、エディのところへ駆け寄る。

 

 遅れて駆け出したナナの目に、怪物がトキに近づこうとして、見えない壁にぶつかったかのように止まる姿が見えた。

 

 一瞬それに気を取られて足取りが遅くなった横を、熱い風が通り過ぎ行く。

 

 レアだ、レアは首から下げたペンダントを走りながら外すと、掌に小さな熱を集める。

 

 まるでそれを合図にしたかのように、彼女の目に小さな炎が宿った。

 

 レアの全身から赤い魔力が放出される。

 

 突然の炎の噴出に呆然とする周りの視線の中で、赤い鎧に包まれ、ショートの金髪を熱に揺らめかせる、レアの姿がそこにあった。



 同じ赤い魔力に惹かれたのか、怪物はレアの方に方向を変える。

 

 炎に燃える手で、レアに掴み掛かろうとする怪物の手を、レアは両手で受け止めた。

 

 両の手をお互いに握り合って力比べのような体勢になる。

 

「私に炎は通じないよ」

 

 そう嘯くレアは、細腕に似合わぬ力で怪物と、互角に見えた。

 

 目の前で起こる人智を越えた力のぶつかり合いに、商隊の人々は声もなく、二つの炎を見つめるだけだった。


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