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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第四章 変わりゆく風と、新たな旅立ち

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第15話 黄金の眠りと、ふたりの夜

 静かな夜ほど、胸の奥のざわめきは隠せない。

 ——隣にいるだけで心がざわつく。

 ナナはまだ知らない。

 このざわめきこそが『恋の色』だということを。



 ——

「いつまでもこんなところに居たら、余計に身体冷やしちゃうわね。お師匠様の家に行きましょう」

 

 ナナはトキの手を取って歩き出す。

 

 それはあの日、初めて二人が歩いたのと、同じ道。

 

 けれど、まだ焦げた臭いが燻り、黒く焼けた樹々の痕が、あの時とは違っていた。


 風は、まだ充分に森に戻らない。


 少し姿を変えた森を歩き、二人はウリルの館へとたどり着いた。

 

 あの時と違い、出迎えるものはない。


「さあ、入りましょ」

 

「はい、ナナさん」


 静まりかえった館には、動くものの気配はない。


「前に使ってた客間使ってね、私、食事をつくるわ」


「あ、あの……」

 

 目を伏せて口ごもるトキ。

 

「どうしたの? 場所忘れた?」

 

「いえ、あの、今日くらいは……一緒の部屋で寝たいです。……旅ではずっと一緒だったし、ひ、久しぶりだし……その」


 ナナは頬がカッと燃えるのを感じた。言葉を探す前に胸がきゅっと締め付けられ、指先がほんの少し震えた。――この気持ちは何?

 

 ナナの視線が、トキと自分のベッドの間を行き来する。

   

 もじもじして頼む姿があまりにも可愛くて、ナナは思わずトキを抱きしめていた。

 

「……ふふ、いいわ。今日は一緒に寝ましょうね」

 

「はい、ありがとうナナさん」

 

 喜ぶトキの笑顔が優しい風のようにナナの心を撫でているような気がする。

 

 ナナは自然と、その銀の髪に手を置いて、頭を撫でていた。

 最上の銀糸のようなその感触は、ナナの手に愛しいという気持ちの輪郭を残した。



 食事の支度の前に、ナナは師匠の私室に足を運んでみた。

 

 その中に黄金色の土の魔力を感じていた。それはナナには懐かしい故郷そのものの気配だった。

 

 ナナが扉の前に来ると、音もなく扉が開かれ、ナナを誘うように、中から黄金色の光が緩やかに瞬いていた。

 

 寝台には、金色の繭のようなものに包まれて眠る師のウリルの姿があった。

 

「お師匠様、私、翔べました。一人前の魔女になれました」

 

 繭がうっすら光りを強めて、元に戻った。

 

「よくやったね」そんな師匠の声が聞こえたような気がした。


 その時、ナナは師の文机に書き付けの束をみつけつい目を走らせる。

 

「なになに、はじまりの魔女の伝承と真実……うんうん、どうやって生まれたかは前に教えてもらってるから……この辺りから知らない話だわ」——ナナはそのまま資料を読んでいく。そこにはこんな内容が書かれていた。


 ******* 


 はじまりの魔女は、生まれながらにして、古代魔法文明が制御しうる限界を超えた存在であった。


 古代人が選んだ制御方法は、彼女の母を人質とすることである。母の生命を担保に、はじまりの魔女は文明の命令に従い、力を振るうことを強いられた。


 だが管理の過程において、母は死亡した。記録には事故とだけ残されている。


 しかし、それがもたらした結果は明白である。

 母を失ったはじまりの魔女は、世界そのものを敵と認識し、力を破壊のためだけに行使し始めた。文明は、滅亡の瀬戸際に追い込まれた。

 

 生き残った古代人の一部と、彼女の力を部分的に継ぐ存在――後に魔女と呼ばれる者たちの祖先は、協力して事態の収束を図った。

 

 殺害は不可能。だが、止めなければ世界が終わる。その結論のもと、はじまりの魔女は地下深くに封印された。

 

 力を奪うのではなく、外界との接触を断ち、永劫の眠りへと沈める形で。


(この記録は、複数の古代文書と、魔女の口伝を照合し再構成されたものである)

 

 *******


 胸の奥が、冷たい指でなぞられたように感じた。


「なんて悲しい出来事。世界に関わる限り力を隠せと師匠が言っていたのは、こんなことがあったからなのね……」


 夢中になって読み進めていたナナに、部屋の外から声が聞こえてきた。

 

「ナナさーん」

 

 ナナを探しにトキが来ていた。

 

「こっちよ」

 

 ナナがトキを招いた。

 

 トキが部屋に入ると、トキの身体に向かって黄金の光がふわりと伸びていき、トキの身体に触れると身じろぎしたかのように震えると、明るく光った。


 その光はまた繭の方に戻っていく。

 

「ありがとうよ、少年」——声は二人の耳にだけ風と共に届けられているようで、まるで古い木の年輪に触れるようにナナとトキの胸の奥に染み入った。

 

「たぶん、トキの魔力をお師匠様が受け取ったのね、繭からトキの風を感じるようになった」

 

 ナナがそう話すと、その通りというようにまた光がやさしく明滅した。

 

「僕の魔力が少しでもお役に立てるなら、とても嬉しいです。ウリル様にもとてもよくしていただきましたから。……あ、そうだ。変化のペンダント、帝国の人に壊されちゃって無くなったんです。どうしましょう?」

 

 ナナは考え込んで、首を振る。

 

「私にはまだあんなのは作れないな、一人前にはまだ程遠いわね」

 

 すると外からぶーんと音を立てて、一匹の黄金虫が飛んできた。

 

 黄金虫は二人の前でふらふらと飛ぶと、まるで手招きするかのように、揺れながらゆっくり部屋の外へ向かう。

 

 黄金虫はふらふらと光を残しながら飛んでいく。

 地属性の魔女らしい導きのようで、それは森の空気をナナに伝えていた。

 

 奥まったところにある倉庫の戸棚に止まる。


 ナナが戸棚を開けると、そこには変化のペンダントがあった。

 

 用は済んだとばかりに黄金虫はまた外へ飛び出していった。

 

 ナナとトキはその、飛んでいく方向に頭を下げて見送った。



 ナナの料理が完成して、久しぶりに二人揃っての晩餐となった。

 

 暖かいスープから立ち昇る湯気が、ナナの睫毛を揺らす。

 

 ナナはスープを一口、匙で掬うと、唇に運ぶ。その口元を見ていたトキが、じっと見つめながら、自分の手を止めた。

 俯いた頬が赤く染まっている。

 

 ナナは一匙に感じる出来映えに気を取られており、そのためにトキの視線が自分の唇を追っていることに気付かない。

 

「どうしたの?美味しいよ」

 

 ……首を傾げながらナナが問いかけると、トキは慌てて首を振った。

 

「何でもないよ。うん、美味しそう。いただきます」

 

 それ以上何も言わないトキ。

 

 あの時、空の上で触れた唇の感触を知っているのはトキだけで、ナナはそれを知らない。だが、ナナを見るトキの瞳は、変わらず熱を持っていた。

 

 トキの視線から感じる優しい風に、ナナは笑顔をかえした。

 

 ナナが笑うと、トキはその笑顔を見つめ返せず、視線を落とした。

 スープの湯気が、二人のあいだを静かに揺らしていた。

 

 一口スープを啜ると、トキが大きな声でナナに口をひらいた。

 

「ナナさん、これ本当に美味しい。それに、リサンナさんのスープに似てますね」

 

 トキが真剣な眼差しでナナを見つめる。

 

「こんな美味しいスープ、僕毎日食べたいです」

 

 トキの熱い視線の意味にナナは気付かない。

 

 そんなに熱弁するほど美味しかったのね、また機会があればつくってあげよう。などと考えながら。

 

「毎日は、旅先じゃ無理だけど……そんなふうに言ってもらえるのは嬉しい。また作るね」

 

 その返事にありがとうと返しながら、トキが何だか困った顔をしていたが、ナナにはその意味に気付けなかった。



 森が深い闇につつまれ、夜もふけていく。二人は客間に並んで横になっていた。

 

「こうして寝るの、ひさしぶりね」

 

「一緒に寝てくれてありがとうございます」

 

「やっと、一緒にいられる、助けられて嬉しいよ。そうだ身体の調子はどう?」

 

「時々喉の調子がおかしいのと、少し全身の関節が痛かったりもするんですけど、熱はないみたいなので、大丈夫です。」

 

「そう、寒くないように、こっちに寄って……いいよ」

 

「はい、あったかいです、ナナさん」

 

 二人はお互いの温もりを感じ、安らぎと胸が詰まるような昂揚と、そして優しい風につつまれて……なかなか寝付けず、翌朝は少し遅い朝食を取る事になった。

 

 

「もし、またここに帝国が来たら、お師匠さまの眠りを妨げることになる。ねぇ、トキ、また私と旅をしてくれる?」

 

「ナナさんと一緒なら、どこにいても僕はいいです。ナナさんの居る場所が……僕の場所です。一緒に行きましょう」

 

 そうして二人はまた、旅に出ることになる。


 朝の森は、前回の慌ただしい旅立ちと違って、優しい風をナナに届けてくれる。

 

 焦げた木の枝から新芽が出ているのを見つけて、ナナは表情をほころばせた。

 

 師の結界の中で、森は生きて再生している。そのことが、ナナに笑顔をつれてきた。

 

 そして隣に一緒にトキがいる。

 

 そのことが、たまらなく優しい気持ちを胸に残していた。

 

 森は優しい風に包まれて、二人を見送っていた。

 

 森を抜けた途端、風の匂いが変わった。

 土の香りに混じって、知らない街の気配がした。

 その予感に胸がざわつく。——風が、また変わろうとしていた。


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