表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第三章 翠風、翔ける誓い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

第14話 ひとつめのキス、ふたつの命

 ——墜ちていくのは、身体か心か。

 世界が風を失った瞬間、ただひとつのキスが、ふたりの命を繋ぎとめた。



 ——

 空船の甲板上、向かい合う赤と翠の光。

 

 赤い鎧兵(ギガント)と化した大佐が咆哮し、炎をまとう。咆哮に合わせて、炎が膨れ上がっていく。

 

「貴様ノ翠ハ風ノ魔力、我ガ炎ハ風ニ勝ル、ソレガ世ノ道理ダ、炎ノ前ニ燃エ尽キヨ」

  

 大佐が纏った炎が、紅蓮の大蛇のように、のたうちながらナナに向かっていく。


 だが、その瞬間、空船に吹く風が微かに震え、彼女の髪を撫でた。

 ――まだ、風は彼女の傍にあった。

 

 ナナも風の力を集めて巨大な盾をつくると、眼前に構えて炎の大蛇に向かってぶつける。


 本来の魔力はナナが優っているはずだが、属性の相性差が、それを逆転させている。

 

 風が裂ける。炎が唸る。彼女の足がわずかに沈む。


 かろうじて炎を退けるも、ナナの髪の毛の先が、黒く煤けている。

 

 ついには、その余波で甲板が燃えようとさえしていた。


 再び黒い影が心を包もうとするが、風がそれを吹き払う。

   

「周り中を恨むような、強い憎しみの炎」

 

 ナナは紅い巨人を睨み、そして誓う。

 

「こんなやつに、負けるもんか。私はトキと帰るんだ」

 

 沈んだ足が戻り、身体中に力を漲らせる。

 

 そしてまた、集中して魔力を集めて、風の刃を、放つ。

 

 不可視の刃が、紅い獣に向かっていく。しかし、紅い炎にぶつかると、霧散してしまう。

 

「フハハハ、無駄ダ。キサマノ風ハ我ニ届カヌ。オトナシク燃エ尽キヨ」

 

「嫌よ、私は折れない、必ずあなたを倒して、トキを取り戻す」

 

 再び怪物が魔力を集め、炎を燃やしはじめた。

 

 その時、ナナは大佐の魔力に不自然なものを感じていた。


『私と違って全身から魔力が出ていない……首元と右手に何かある?』

 

 ナナは目を凝らして、炎の魔力の流れを視る。

 

『そうか、魔玉の力を使っているのか』

 

 直感的に、理由を察するナナ。森での厳しい修行の日々は無駄ではなく、ナナは正しく魔力の流れを視る事ができた。

 

「それならば……」

 

 ナナは力で対抗するのをやめて、風の盾で炎を受け流す事に集中した。

 

『焦っちゃだめ。風も魔力も、流れを読むもの』


 その声は、自分の内にある『風』そのものの音だった。

  

 炎の通る道を予測し、それを盾で斜めに受けてそらす。それを繰り返すうちに、空船はだんだん焼け焦げていく。

 

「モハヤ攻撃スル余裕モ無クナッタカ」


 嵩にかかって炎を振りまく怪物を、ナナはもう心に余裕をもっていなしていた。

 

 直接当たっては炎の防御を貫く事はできないが、風とはそもそも奔るもの。よける事だけに集中すれば、速さはこちらが上だ。そう思うと、もう炎など怖くはなかった。


 甲板上のほとんどが黒く焼け焦げたころ、ついにその時が来た。


 鎧兵(ギガント)が吠えるが、炎がうまくまとまらず、大きくならない。

 

「ナ、ナンダ?」


 魔玉の魔力が尽きた結果、常人の魔力では、本体を維持するのがやっとのようだ。

 

「この時を待ってたわ、風よ」

 

 ナナの手に翠の魔力が膨れ上がる。

  

 風が吠えた。怒りでも憎しみでもない。


 それは、燃える炎を鎮めるための祈りのように集まると、刃のかたちを取る。

 

 そして、その不可視の刃が、放たれる。


 そのまま直進した刃は、鎧兵(ギガント)を真っ二つにした。さらにそのまま進み、黒焦げになって脆くなっていた船体の一部を破壊する。

 

「グ・グアアアアアアア!」

 

 鎧兵(ギガント)はそのまま魔力に飲み込まれ、崩壊する。大佐とともに。

 


 機関部が火を吹き、空船が高度を下げていく。墜ちていくのだ。

 

「トキ!」

 

 ナナはトキの魔力を感じて、煙のうずまく船内に飛び込んでいく。

 

 すれ違うように逃げ出す帝国兵がいるが、そんな者たちを気にする余裕は、ナナにはなかった。

 

 複雑な船内を走る、こっちにいることがわかっても、壁があったりでうまく進むことができない。

 

「もう、墜ちているし……しょうがないか。ごめんね」

 

 そう言うとナナは、魔力を込めて壁をぶち破りながら進み始めた。

 

 そして、遂に鍵のかかった扉を見つけ出した。

 

「トキ! 聞こえる?」

 

「ナナさん? ナナさんなの?」

 

「お願い、なるだけ扉から離れて」

 

「うん、わかった」

 

 ナナの手に魔力が集まり、鍵ごと鉄の扉をぶち破った。


「トキ、やっと会えた」

 

「ナナさん……会いたかった」

 

 数日ぶりに見つめ合えた二人。

 

 その瞬間だけは、懐かしい風が二人を撫でていくような気がした。

 

 爆発音に、急がねばならない事を思いだした二人は、どちらともなくそっと抱き合い、すぐに身を離した。

 

 ナナは、魔力でトキの鎖を破壊する。

 

「もう大丈夫、今度こそ私が必ずトキを守る、一緒に帰ろう」

 

「はい、ナナさん」

 

 ナナは左手でトキを抱きしめると、右手に魔力を纏わせ、そのまま船の外壁を吹き飛ばし、トキを抱いて外へ飛び出した。

 


 墜ちる空船から、落下傘で避難する兵士達が、ぽろぽろと溢れていった。

 

 煙をあげ、力の象徴は今沈み、地に墜ちようとしていた。

 

「やったよ、トキ…………」

 

 そう言った刹那、力を使い過ぎたナナが気を失い、魔力が消える。翠の鎧もかき消えるように消え、浮力を失い、二人は抱き合ったまま真っ逆さまに落下しはじめた。

 

「ナナさん、僕の為に、ごめんなさい」

 

 風が止んだ。

 まるで、世界そのものが息をひそめたようだった。

 

 トキはナナを抱きしめて、必死に叫ぶ。

 

「ナナさん!」

 

 風が止まり、世界が凪ぐ、その言葉はナナに届くことはなく、ふたりは墜ちていく。

 

「ナナさん、僕ね、ナナさんのことが大好きだよ」

 

 トキはナナを抱きしめ、涙を流しながら顔を寄せ、唇を重ねた。

 

 唇が触れた瞬間、空が呼吸をした。

 

 それは、風の再生だった。


 そして、光が溢れた。

 

 ナナとトキの心が繋がる。

 

 ナナの想いが、愛情が、奔流となってトキの心の中に流れ込んでくる。

 

 その瞬間、トキとナナの姿が一つに重なり、風が二人を包み込むように舞った。翠と白銀の光が一つの影から放たれると、そのままゆっくり大地に降りる。光がまた消えていき、そこには、草むらに横たわるナナと、その傍にいるトキの姿をとっていた。

 

「今、何が?」

 

 混乱した頭を整理する間もなく気絶したナナに目をやると、ナナは安らかに寝息を立てており、先ほど魔力切れで気絶した時のような、苦悶する表情はもう消えていた。

 

 周りを見渡して、そこに泉があるのをみつけ、急いで近くの大きな葉を皿代わりに水を汲み、ナナの口元に運んだ。無意識に水を飲み込むナナ。濡れたその唇を見て、トキは先ほどの接吻を思い出し、顔を赤らめる。

 

 ゆっくりとナナの瞼が開き、顔の赤いトキの考え込む顔が見えた。

 

「トキどうしたの?」

 

「ナナさん、気がついて、よかった」

 

「ここは……」

 

 辺りを見回したナナは、そこが二人がはじめて出逢った泉の傍であることに気付く。

 

「戻ってきたのね」

 

 トキの喉が震えた。掠れた声が空気を切り裂く。


「……ナ……ナさん……」

 

 トキの声が枯れる。

 

「どうしたのトキ、大丈夫、空の上が寒くて風邪でも引いた?」

 

 ナナは思わずトキを抱きしめて、自分の身体の熱で、温めようとする。

 

 お互いの身体は、久しぶりの温もりを与え合い、二人はしばらくそのまま泉のほとりで、抱き合っていた。

 

 ふたりの頭上を、柔らかな風が通り抜けた。

 

 それは、ただの風ではなく、どこか懐かしい友のようだった。

 

 風が鳴いた。

 

 それは、始まりの日と同じ音だった。

 


 第三章 完



 ——空から墜ちたふたりを救ったのは、ひとつのキス。

 風は再び流れ、恋はまだ名前を持たないまま静かに芽を伸ばしていく。


 だが世界は、ふたりを放さない。


 帝国の影を避けて辿り着いた先で待つのは、

 『揺れはじめる想い』と『秘密を抱えた少年の変化』。


 次章、ナナはまだ知らない——


 胸のざわめきが『恋』と呼ばれることを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ