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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第三章 翠風、翔ける誓い

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第12話 封印の卵と、囚われの少年

 ——暗闇で震える少年の心に、ひと筋の風が触れた。

 その瞬間、封印は軋み、『匣』が目覚めてしまう。



 ——

 空を行く空船の一室、厳重に施錠された部屋に、トキは囚われの身となっていた。

 

 ドアの外には、警戒する兵士が常に配置されており、食事は、扉の下部にある専用の窓からやりとりされる。

 

 完全に監禁状態であり、その部屋のベッドに腰掛けて、トキは窓の外の蒼い空を見ていた。

 

「ナナさん、あのあと、大丈夫だったのだろうか……」

 

 そうひとり、呟く。

 孤独な部屋には、返事する者は誰もおらず、ただ声が虚空に消えていく。

 

 トキの喉から掠れた声が零れた。


「……ナナさん……」

 

 時折、声がおかしい。昨夜から、喉の違和感を感じていた。関節がきしむような気がする。

 

「風邪でもひいちゃったかな……」

 

 ベッドに入り布団にくるまる。手も脚も鎖でそれぞれ繋がれているので走ったりはできないが、部屋での行動はそれほど問題がない程度に、鎖に余裕がある。

 

 寝返りをうつトキの動きに、しゃらんと鎖が小さく音を立てて、その立場を強調する。 

 鉄の壁で遮られていても、根本的に空をいく空船の中は、この時期は、地上よりも少し季節を先取りして寒くなる。

   

「君は私が必ず取り戻すよ」という声を夢の中で聞いたトキは、「あいたい……」そんな寝言を呟く。ちょうど同じ頃、ナナもまた夢の中で、トキの事をただ想っていた。


 目を覚まして、手足を繋ぐ鎖に、虜囚の身を思い出させられる。

 

「守られてばかりだった。ナナさんがいないと、何もできないのか……」


 自嘲気味に笑う。だが、胸の奥で何かが疼いた。 


 ナナさんは、傷つきながらも前に進んでいた。

 自分はただ、その背を追うだけだった。


 ――でも、今は違う。たとえ鎖に繋がれていても、ここで終わるわけにはいかない。


 ――もう一度、彼女の隣に立つために。

 

 ナナさんのことを考えてトキは、もう諦めない、その言葉を心に刻んだ。

  


 その日、はじめてトキの部屋を訪ねるものがあった。

 

 ガチャリと鍵の開く音がして、傲慢そうな長身の男が入ってくる。

 

「こいつか、確かに、伝承の古代人の容貌をしている。これならば陛下の御意にかなう。そして……陛下の恩寵を得るのは、私だ。あの愚かな老人たちではない」


 大佐の唇が笑ったが、その瞳には一片の温度もなかった。

 

「大佐、やはり危険すぎます。何がおこるかわからない実験を空でやろうなどと」

 

 付き従って入って来た、白衣の研究者然とした老人が、大佐に注意を促す。

 

「一日も早くこの者を帝都に運ばねばならぬのだ、着陸する暇などない。それに、このものが封印を解くものなのか、試しておけば、この者の価値がはっきりして、陛下に献上するに値するのかわかる」

 

「し、しかし……」

 

「陛下の御心に従い、全ての古代の叡智を帝国のものに」

 

「封印は、危険だからこそではありませんか? 大佐、制御できぬものを起こせば――」

 

「制御できぬなら、破壊すればよい、さぁ、その少年を連れて行け」

 

 そう部下に命令すると、拘束されているトキは、反抗のしようもなく、兵士に追い立てられ連れていかれる。

 

 そこには奇妙な丸い遺物が横たわっていた。

 黒くて丸い匣の外側に、不思議な血管のように浮き上がった文様は、うっすらとした弱い魔力の光を、脈動するように光らせている。


「これは、何?」

 

 そうつぶやくトキを、兵士がその黒いものに、押しやるように近づかせる。

 

「な、何をさせる気なの?僕は何も協力なんかしないよ」

 

 そう言った瞬間、大佐の右手が、素早く振り上げられ、トキの頬を、強く打擲する。


「うわぁ」

 

 吹き飛んだ先に、その匣があり、トキはその傍に倒れ込んだ。

 

「貴様はただの鍵だ、鍵の意思など聞いてはおらん」

 

 そう嘯く大佐の目は、黒い匣に注がれている。

 

 トキが近づいた瞬間から匣の明滅する速度が速くなり、光が強くなっている。

 

「こ、こんな反応は初めてみます。興味深い」

 

 老研究者が、驚きのあまりずれてしまった眼鏡をかけ直して、同じく匣を見つめている。

 

「そいつの手を、匣のその文様の中心にふれさせよ」


 大佐が部下の兵士に命ずると、二人の兵士は、トキを引きずりあげて、その手を、匣の中心にある文様に押しつける。

 

 その刹那、匣が発する、すさまじい光の奔流が部屋の中を塗りつぶす。

 

 眼の眩んだ全員の視界が戻るころ、そこには、まるで卵が孵るかのように、開いた黒い丸い匣と中からのぞく、白い何かが見えていた。


 匣の裂け目から、柔らかな光と共に古い旋律のような響きが漏れる。それは失われた言葉、もはや理解するものもない古代の祈り。

 

 トキの胸の奥がざわめき、彼の中の『血』が呼応している。そう感じた。

 

 その白いものは、息をするように小さく脈動していた。 


 その目しかない何かが、自分に笑いかけた、トキにはそんな風に思えた。

 

「封印が解かれた……その少年こそ、陛下が探している鍵に間違いない。よし、確認はすんだ。少年を牢に戻せ」

 

 トキはまた二人の部下に連れられて、元の部屋へ連れられていく。

 

「貴様は、これを出来るだけ調べろ」

 

 大佐は研究者にそう言うと、自分の部屋へ戻っていく。

 


 部屋に戻ったトキが、座って考え込んでいる。さっきのは何だったのだろう?

 鍵って……僕が、鍵?

 

 不安が、胸に滾る。そうなるといつも、トキは、ナナの事を思った。

 

「ナナさん、必ずまたナナさんと会う」

 

 そう静かに呟くと、不安よりも、何とかしないといけないという意思が心を満たす。

 

 少年は少年のままではいられず、また自らの意思で、少年を卒業しようとしていた。

 

 ナナのことを思っていたからだろうか、突然、ナナが自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 それはまさにナナが翠の鎧をまとったのと同時刻。


 鉄の船内には、風など吹くはずがなかった。


 けれど確かに、髪が揺れた。翠の光が、窓の外の空と溶け合って――。


 その光は、彼の胸の奥の痛みに触れ、凍りついた心を少しだけ溶かしていった。


 まるで、彼女の手が、遠い空から触れてきたかのように。

 

「ナナさん……?」


 彼の呟きに、どこからともなく、優しい風が返事をしたように感じた。


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