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森の魔女見習いは、光の少年に恋をした  作者: 國村城太郎
第三章 翠風、翔ける誓い

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第10話 翠の風、まだ目覚めず

 ——守れなかった悔しさが、心を黒く染める。

 けれどその闇こそが、ナナを『魔女』へ押し出していく。



 —— 

 見たことのない部屋で目を覚ますナナ。

 横を見て、いつも横に寝ているトキがいないのに気付いて、部屋中をキョロキョロと見回す。

 

 そうしているうちに、倒れる前の記憶を思い出したナナは、大きな声で叫んだ。

 

「トキ!トキ!トキはどこ?」

 

 静かな部屋の窓には、待ち焦がれていたエルシアの大湖がひろがっている。

 

「あら、やっと起きたわね」

 

 紺碧の蒼いローブを身に纏った女、明らかにわかる魔女の気配。

 

「あ、あの、サリルさまですか?」

 

「そうよ、あなたはナナね。覚えていないと思うけど、小さい頃に私たち逢ったことあるのよ」


「あの、トキ、えーと十二歳くらいの少年がどうなったかご存じないでしょうか?」

 

「おそらくあの空船が攫っていったってことかしらね。私があなたを見た時には、もう貴方一人が倒れているだけだったわ」

 

 ナナはそのまま飛び起きると、外へ飛び出そうとする。

 

 その腕をサリルは掴む。

 

「まちなさい、その身体で出てもどうしようもないわ。今はまず身体を休めなさい。まともに歩けないくらい衰弱しているの、自分でもわかるでしょ? 無理をしても、あなたが倒れるだけよ。まずは、立ち上がる力を取り戻しなさい」

 

 そう言って、ふらつくナナを寝床に戻し、そして薬湯を渡す。

 

「飲みなさい、魔力の回復を早めるわ。それに、あなた飛べるの? 真の魔女の力を顕現して空を飛べないと、アレには追いつけっこないわよ」 

  

 そういうサリルの目は妹弟子への慈愛にあふれていた。大湖の水のように穏やかな眼差しで、優しくナナに微笑む。

 

「まだ、ウリルさまから真の力は教わっておりませんでした」

 

「そうよね、できるならとんできたはずだし。でも大丈夫、あなたはその力を纏えるわ。感じたもの、私。あなたの力。魔女の変身する時の魔力を」


 そう言って、サリルはナナの目を同じ紅玉の赤い目で覗き込む。

 

「覚えている? あそこで、魔力を食べる何かに絡まれながら、あなたは変身したはずよ?」

 

「そう……なのかもしれません。一度凄い力が湧き上がってきて、でも全部奪われて…私、……私、何も…できなかった」

 

「あれは、たぶん、伝説に聞く魔蔦ね。魔力を奪う、おそろしいものよ。どうも古すぎて、自壊しちゃったみたいだけど。あれが消えるまで私も近寄りようがなかった」

 

 何も出来なかった後悔が、ナナの全身を震わせて、心を揺らし、目からは涙が溢れてくる。

 

「できるかわからないですけど、できなきゃいけない……教えてくださいますか?」

 

 ナナはサリルを見つめて問いかける。

 

「いいわ、でも今日はしっかり休んで。明日練習しましょう。アレが帝都へつくまでも何日もかかるから、とべるようになれば、すぐに追いつけるわ」

 

「はい、わかりました」

 

 そう言うと、力尽きたようにナナはベッドで目をつぶって、寝息を立て始める。

 

 そんなナナに、サリルは優しくシーツをかけて、なにやら、力をナナに送りはじめた。

 

 

 一夜あけて、サリルの庵の前に、ナナとサリルが立っていた。

 

「まず、できるかやってみましょうか、昨日のことを思い出してみて」

 

 ナナは、手を前で組んで集中する。

 翠の魔力がその手に集まって、全身にむかって広がろうとするその時、ズキンと胸の奥が痛んで、黒いものが脳裏によぎる。その瞬間集中できなくなり、翠の光は全身に広がる前に、霧散するように消えてしまった。

 

「あちゃ、これは重症ね、昨日の失敗を思い出しちゃったわね。仕方ない一から教えてあげる」

 

 ナナは心細げに蒼い魔女に視線をおくる。

 

「もともと、修行してみんな魔女になるの、大丈夫、教えられず一度出来てるだけ貴女はすごいのよ、自信をもちなさい。それに魔女にならなきゃいけない『理由』があるんでしょう?」

 

 ナナの脳裏に、銀髪碧眼の少年の姿がありありと映し出される。ナナは身体にまとわりつくような黒い何かを振り払うように、気合いを入れ直す。

 

「はい。トキは必ず私が取り戻す」

 

 そう言った瞬間、ナナの指先にほんの小さな翠の風がおこった。

 それは森に吹く風に似ていた。



 風を感じろといわれて、湖の上に飛び出した杭の上に、立たされている。

 視覚は邪魔だから、目をつぶって、吹いてくる風を全部、眼じゃない眼で見ろと言われた。


「いい? 感じるのよ、ふわぁでも、ひゅーでも、自分なりに感じて、それを受け止めるの」

 

 理路整然と説明するウリルとはまったく違う、サリルは感覚で話すタイプの魔女であった。


 真面目なナナは言われたとおりに、「感じる……」と呟きながら、木杭の上で風を感じていた。

 

 開けた湖の上を奔る風は、森の風のように、土の香りがない、水の香りを纏った風だ。

 しかし、風には変わりない、どんな香りをまとっていても、ナナにとって風はそこにあるものであった。


 はっきり覚えてないにしろ一度経験していたことと、素直なナナの性格が、サリルのやり方に奇跡的に噛み合ったという偶然の結果、ナナは風を深く感じる感覚を掴みつつあった。

  

 すうっとナナの全身が翠の薄い光につつまれる。そしてその光が強くなり、ナナの魔力がぐっと引き出され掛けたその瞬間、どくんと心臓がなる音がした。黒い影が、胸の奥からじわりと広がる。冷たくて、痛くて——あの瞬間を思い出させる。それは喪失感による恐怖だったのだろうか……。

 

 光は霧散し、消え失せていき、身体を硬くしたナナはバランスを崩し、湖面に水しぶきを立てた。


 濡れねずみで、湖面から岸にあがってきたナナをサリルが迎える。


 サリルが指を鳴らすと、ナナの全身を濡らしていた水滴がすべて一カ所に集まっていき、やがて、サリルの手の上にすっと移動した。 

「水を感じ取れれば、こんなことも容易くできるわ。貴女は風だけど、風を自由にできればいろんな事ができるはずよ」

 

「私に出来るんでしょうか?」

 

「風を感じられる事は出来ていたわ、問題は力の発動の時に、あなたの心に黒い靄みたいなものを感じたわ」

 

 先ほどの黒い影に包まれた感覚が、ナナを怯えさせる。

 

「怖い?  貴女が今感じてる恐怖は何なのか?あの黒い蔦そのものなのか、大事な人を守れない恐怖なのか、自分の能力が足りない事への恐怖なのか、きちんと自分の心の中にも向き合って、それもそのまま素直に感じて、解決するしかない」

 

 サリルの唇から溢れる声は、流れる水のように澄んでいて、だがその言葉は容赦なく、ナナを自分の心と真っ直ぐ向き合う事を要求するものだった。


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