妹に婚約者を奪われたわたしですが王子からの求婚が舞い降りました
「エリシア・ロザリンド嬢。あなたとの婚約はこれをもって破棄とさせていただく」
――――あまりにも残酷な仕打ちであった。
豪奢な舞踏会の中心で冷淡に言い放たれたその言葉はわたしの人生を変えたのだ。
わたしはただ唇を噛みしめて立っていた。目の前にはかつての婚約者であった伯爵家の嫡男レオニスが恥ずかしげもなく堂々と妹リリアと腕を組んでいる。
「理由はお察しください。私にはもうリリア以外見えないのです」
馬鹿げている。
リリアは愛想がよく社交的だがそれだけだ。女性としての中身など空っぽどころか底意地の悪さで満ちている。わたしは何度も何度も……彼女に大切な物を奪われてきた。
『お母さま。お姉さまのドレスがほしいわ』
『あらあらリリアちゃん。そうなのね。じゃあ、エリシア、譲ってあげなさい』
『え……いや、わたしが誕生日に送られたドレスなのに』
『あなたはお姉ちゃんでしょ。譲ってあげなさい』
『お父さま。お姉さまの宝石がほしいわ』
『よかろうリリア――――エリシア譲りなさい』
『ほ、宝石も譲るなんて――――こ、これは昔殿下からいただいたもの……』
『関係ない。渡してやりなさい』
お気に入りのドレス、宝石、そして――――今度は婚約者。
「エリシアお姉さま、ごめんなさいねぇ? でもでも~、レオさまがわたしのことを好きになっちゃったんだからしょうがないわよね?」
にっこりと笑うリリアの裏の顔をわたしはよく知っている。
だが、周囲の者たちはその笑顔に騙され、わたしに同情の1つも投げかけない。
「――――こ、婚約破棄を受け入れます……」
わたしは舞踏会場から静かに立ち去った。
「うっ……うわああああ!」
だが、心の中では音を立てて何かが壊れていた。
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「仕方がないだろう、エリシア。リリアの方が魅力的なのは事実なんだから」
「そ……そんな。ひどい……」
屋敷に戻っても父の言葉は冷たかった。
「当然のことでしょ。あなたの仏頂面とリリアの笑顔。どちらを好きになるかくらいあなたにもわかるでしょ?」
母もわたしが全部悪いのだと呆れたように言う。
わたしは両親にとって都合の良い娘でしかなかった。
真面目に勉学を修め、礼儀も身につけてきた。
だが、それは誰にも見てもらえない努力だったらしい。
――――こんな思いをするならいっそこの世に生まれたくなどなかった。
「レオニスさまとの婚約はリリアに譲りなさい。その方が家のためになるのだから」
「そうだよ、エリシア。お前はお姉ちゃんなんだから妹に譲ってあげるのが筋というもんだ」
――――そう言われたときわたしの中でなにかがぽっきりと折れた。
なんのために生きてきたのだろう。
なにを信じてなにを守ってきたのだろう。
生きている価値を見い出せない。
だからといって自分で命を絶つ勇気もない。
わたしはこれからも妹の奴隷として生きていくんだわ……。
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その数日後、わたしは再び舞踏会に招かれた。
形式的なもので出たくはなかったが、出なければ逃げたなどと陰口を叩かれる。
「まあ、あの令嬢よ。妹に婚約者を取られた哀れな子」
「でも仕方ないわよね、あの子、無愛想だもの」
「自分が優秀だから周りを見下してんのよ。ほら、なんか上から目線のあの感じ。腹が立たない?」
聞こえよがしの言葉たちにわたしはただうつむくしかなかった。
だけれど――――。
「その令嬢に失礼なことを言うのはやめてもらおうか」
その声は会場の空気を一変させた。
見上げるとそこに立っていたのはこの国の第二王子、アレクシス殿下。
金の髪に琥珀の瞳。
凛々しい顔立ちは誰の目にも神々しく映った。
そして彼はわたしの前に跪き、こう言ったのだ。
「エリシア嬢。わたしと婚約していただけませんか?」
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「……えっ?」
わたしは思わず間の抜けた声を出してしまった。
この国の王子がわたしに求婚?
あまりにも身分違いが過ぎる。
公爵令嬢ならともかく伯爵令嬢だと少々格が劣る。この国の王子の妃にふさわしくないのは明らかだ。
戸惑うわたしを前にアレクシス殿下は微笑む。
けれど――――その瞳は真剣だった。
「私は幼い頃、エリシア嬢と森で迷子になったことがあります。あなたは泣いていた私に手を差し伸べ、最後まで励ましながら歩いてくれた。あの時からずっとあなたが忘れられなかった」
わたしは思い出した。
王宮の庭園で迷った少年を見知らぬままに手を引いて助けた日のことを。
あれが――――アレクシス殿下だったとは……。
「けれど。わたしにはすでに――――」
「――――婚約者がいた。それに対して王子である私が口出しするのは不適切だとずっと我慢していた。だが、今は違う。あなたは自由だ。ならば、私はもう1度だけ自分の想いをあなたに届けたい」
アレクシス殿下はわたしの手を取った。
「わたしの妻になってくれないか」
わたしは信じられなかった。
けれど、胸の奥が確かに熱くなる。
レオニスとの婚約が決まったときもこんな風に心が震えることはなかった。
「……はい。喜んでお受けいたします」
その瞬間、会場中がざわめいた。
けれど誰1人として誹謗の声を上げる者はいない。
アレクシス殿下の放つ威厳がすべてを封じ込めていた。
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婚約はすぐに公式に発表され、国中の話題となった。
そして、アレクシス殿下は次にこう言ったのだ。
「エリシアを侮辱した者にはしかるべき報いを与える」
まず、レオニスには辺境への左遷が命じられた。
「そ、そんな……あんな辺境の統治をしろと。私は伯爵家を継ぐ者ですよ!」
「あなたには弟がいたでしょう。そちらの方が優秀というのは有名な話。上っ面だけがいい女性に惑わされてしまうあなたが継ぐよりもこの国のためになる」
「そ、そんなああああ!」
表向きは「新領地の統治」という建前だが実際には昇進の芽も王都への復帰も断たれるような配置だった。
リリアは当然、結婚相手である彼についていくと思っていた。
わざわざわたしから奪い取ったのだから。
だけれど――――。
「王都に残ることを希望します!」
彼女は涙ながらに訴えた。
「レオさまは田舎育ちですから辺境の暮らしにも慣れているでしょうけどわたくしは違いますの。お願いです。わたくしだけでも……」
その様子を王宮に招かれたわたしとアレクシス殿下の前で見せられた時、わたしは静かに目を伏せた。
――――だが、殿下はきっぱりと告げた。
「リリア嬢。これは夫婦の務めだ。わざわざエリシアから婚約者を奪い取ったのだ。それほどまでにレオニスを好いていたのだろ?」
「い……いいえ! べ、別に好いてなどおりませんわ! ただお姉さまの持っている物がほしくなったわけで――――」
本音を堂々と口にするリリア。
自分の夫を物扱いするその神経は理解できない。
これにはアレクシス殿下も呆れてしまったようで頭を抱えている。
「そ、それより殿下~。無愛想で醜いお姉さまよりもわたくしの方が妃にふさわしいとは思いませんか?」
リリアが殿下に色目を使って近寄ろうとしたとき、殿下の瞳が冷たく光った。
「……私が愛しているのはエリシアだけだ。君のような軽薄な女に私の隣は渡さない」
「――――なっ……」
きっぱりとそう告げた殿下の言葉にわたしの胸が熱くなる。
「そうだ。辺境に向かう前に訂正してもらうか――――エリシアは無愛想でもなければ醜くもない。この国で最も美しい女性だ」
「そ、そんなヤツを愛するなんて――――うわああああ!」
リリアはその場に膝をつき、絶望の涙をこぼした。
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その後、両親はわたしのもとを訪れると首を垂れた。
「……すまなかった。私たちはお前の本当の価値を見誤っていた」
「エリシア、ごめんなさいね。あんな娘の方が利口に見えたの。でも、間違ってたわ」
今さら……とは思ったけれど、わたしは静かにうなずいた。
もう、過去に縛られる必要はない。
わたしは幸せな未来を生きるのだ。
数ヶ月後、わたしは王宮の庭園で挙式を挙げた。
アレクシス殿下——いえ、アレクシスさまと夫婦になったのだ。
「エリシア。これからはなにがあっても君を守る」
「……ありがとう。アレクシスさまもわたしの一番大切な人です」
誰にも奪われない幸せが今ここにある。
婚約破棄されたあの日、わたしはすべてを失ったと思っていた。
けれど、本当は――――あのとき初めて、運命の扉が開いたのだ。
これは伯爵令嬢だったわたしが王子の妻になり、幸せを手に入れた物語。
そして愛と誇りを取り戻したわたしの人生の始まりなのだ。
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