第37話 魔教連代表の思惑
「そろそろグレーン騎士団が、帝国国境へ着く頃かなあ」
無窮の賢者という称号よりも、魔教連代表の方が浸透しているファルサ・スローシュは、本部のある独立都市ウェリタスにある魔法学校の研究室に居た。ウェリタスは、北のヨーネット、西のグレーン、アネモス、南のコルセアのちょうど真ん中あたりに位置する。全ての街道が交差する中心地域は人種問わず出入り自由で、魔法学校に留学しに来る者も多い。
ファルサの光沢のある白ローブは、魔教連幹部の証だ。キャラメルブラウンの癖っ毛を耳に掛けながら、ティーカップを口に運ぶ。薄い唇はいつも通りゆるく口角を上げている。
糸のような目は、どこも見ていない又はあらゆるものを見ている、と思わせる神秘さを醸し出していた。
「滅びの時計、また進んじゃった」
カチャン、とカップをソーサーの上に置いてから、目の前にある細い金の棒をぴん、と人差し指で弾く。
重りのついた振り子が揺れ、ぶらさがった四つの円球が次々と当たり『カチコチ、カチコチ』と乾いた音を立てた。
「早くここまで来て欲しいなぁ。待ってるのも、飽きたよ」
ふふふ、と上がった口角から漏れる息は、甘やかで軽い。
「さっさと話しちゃいなよ――そしたら、はじまるから」
◇
具合の悪くなったルミエラを休ませるため、客室へと案内されたシュカたち。
ウルヒとジャムゥが続き扉の先の別室で寄り添い、ヨルゲンとイリダール、レアンドレの四人で今後の対応を話そうとしていた矢先――
「!!」
「? どうしたシュカ」
「え? うん。今、強烈な寒気が……」
訝し気なヨルゲンに返事をしたシュカは、キースの様子がおかしいことに気が付いた。
「ピルッ」
「キース?」
胸に埋まった竜石が、瞬いている。
「これ……まさか……」
シュカの顔が、みるみる険しくなっていく。
「シュカくん?」
「宰相閣下。お願いがあります。ヨーネットとの会談の場に、僕も同席させてくださいませんか」
「一冒険者に過ぎない君を同席させるなんて、いくら僕でも無理な話だよ? 世界を救った勇者様なら、話は別だけどね」
「それは……」
ぎゅ、と目をつぶるシュカに、ヨルゲンが厳しい顔をして迫った。
「レレは、お前ひとりで背負うなって言ってんだよ。俺たちにも背負わせろ」
「ゲンさん……」
「七色の魔竜巡礼って言うけどよ。グレーンが戦争おっぱじめて、ヨーネットもウェリタスもっつったら、さすがのコルセアでも耐え切れるかどうかだ。巡礼どころじゃねえ。だろ?」
騎士団長であるイリダールも、それを認めるかのように深く頷いた。
「その通りだ。そうなったら、世界が終わるぞい、小僧」
「……ですが、根拠はありません。全ては、僕の記憶だけなんです」
「シュカくん。じゃあこうしよう」
レアンドレの次の言葉は、シュカが今まで頑なに心に閉じ込めてきた感情を解き放つ、カギのような一言だった。
「贖罪をさせてくれないか。君ひとりにこの世界の悪いことを押し付けた、大人の代表として」
「え」
「これは僕の自分勝手な申し出だから。君の記憶が間違っていても、責めない。どうだい?」
「なぜ、そこまでして」
「後ろめたいんだよ」
罪悪感を隠さず、宰相は寂しそうに笑う。
「世界を形作ってるのは、生きてきた人間全員なのにね。なんで君ひとりに負わせたんだろう、てずっと思ってたんだ」
「っ……」
「サファイアの件も、グレーンの件も。権力者が利益を追求したからこうなってる。確かにキーストーンがなくなって魔物だらけにはなったけどさ。それとは無関係だよ」
「まったくだ。儂は前から『勇者は悪である』って説には懐疑的だった」
「どうだ? シュカ。まだ俺たちが信用できないか?」
十五歳の少年に、大の男三人が迫る構図は、傍から見て異様だった。
「おいオッサンども。手加減しなよ?」
「シュカ、小さくなってる」
隣室から戻ってきたウルヒとジャムゥ――ルミエラはジャムゥの睡眠魔法で寝かせた――が、ソファの上で歯を食いしばっているシュカにすぐさま歩み寄る。
にゃーんと鳴きながら黒猫姿のアモンが膝の上に駆け上ると、ようやくシュカは口を開いた。
「……わかりました。僕の覚えていること、お話します。えっと……僕は、ウェリタスにある魔法学校の教師の家に生まれました」
◇
シュカは、生まれた時から魔力が豊富だったこともあり、魔法教師である両親から、徹底的に魔法体系を教え込まれて育った。
そして十三歳で原因不明の高熱に三日三晩襲われ、生死の境を彷徨う。
「それまでは、なぜ色々なことがあっさりと分かるんだろうと疑問に思っていました。両親のおかげで優秀だと言われていましたが、魔法だけでなく剣術も強かったので。熱が引いて目が覚めた時、記憶の糸が繋がった感覚がありました。ゲンさんをはじめとしたみんなとの出会いや、魔王城での戦いを鮮明に思い出して、しばらく辛くて……気が狂うかと思いました。キースがいなかったら、正気を失っていたと思います」
シュカの肩の上で、白鷹が羽繕いをしている。
「ぴっ」
「記憶が蘇るまで、キースは、両親が与えてくれたものだと思っていました。両親もそう思っている。でも違った――彼こそが、キーストーンです」
その衝撃で、全員が息を止めた。
「キースがか! 剣ってだけじゃなかったのかよ!」
「うん、ゲンさん。キースが、世界の核そのものだよ」
「シュカ……もしかして、その胸の竜石を全て集めないとならないのは……世界の竜脈を再び繋げるためか」
ウルヒが唸るように言ったことに、シュカは曖昧に頷く。
「目的のうちのひとつは、そう」
「それだけじゃないのか!?」
ヨルゲンが腕を組んで考えながら、言う。
「俺が前に見た時、キースの柄にある穴は十あった。そのうち黒茶紫が既に埋まっていて、残り七つ。緑は後から埋まったな。あとの六つは竜の色からして赤青白金銀だが」
「そうだったね、ゲンさん。残りひとつが、分からない。ウルヒも、知らない?」
「……今挙げられた以外の竜は、いないはずだ」
「そっか」
ふー、とシュカが大きく息を吐く。
「僕が勇者である証明は、できませんと言いました。ただ記憶があるだけだし、聖属性魔法は、ある一定の魔導士であれば、教義さえ理解すれば使えます。門外に出ていないだけで」
「無窮の賢者が、特殊なものだから教えないと聞いたよ」
「宰相閣下。それはファルサの詭弁です。聖属性魔法が世に溢れれば、治癒魔法はものすごく簡単になるし、アンデッドやゴーストがはびこる夜も恐れずに済む。より平和になってしまう。彼はそれを恐れています」
「そ、れはそうだけど、なぜ平和を恐れる!?」
するとイリダールがおかしそうにクククと笑った。
「んなもん、分かり切ったことだ。欲が拗れてるんだろ。レレは汚い政治をやる癖に、心が綺麗過ぎる。伯父としては心配でしょうがないぞ」
「ちょ! 争いや政に利権や欲が絡むのはもちろん承知していますよ! でもそれらはあくまでも人の上に成り立つものです。命あっての……」
「はい。ファルサの狙いはそれです」
シュカが、部屋にいる全員の顔をそれぞれ見つめた。
ひとりジャムゥだけ、わかった! という顔をしている。それを素直に可愛いと思った。
「ジャムゥは、分かったんだね」
「うん。そいつ、永遠に生きたいんだな」
「その通り。無窮の賢者は、無窮であり続けたいんです」




