第2話 雷竜、暴れる
南には森、西に標高の高い山脈があるグレーン王国は、森や畑で採れる木材や農作物などが主な収入源だ。豊富な木や綿、絹のおかげで、木工や裁縫ギルドも発展している。
自然豊かな山と森には動物たちも数多く住んでいて、食糧には事欠かなかったのだが、ここ最近状況が様変わりしていた。
王国南部の森に住むと言い伝えられていた雷竜が、突然人の前に姿を現したのがその原因である。
大気中に漂っていると考えられている魔素と、体内に宿る魔力を組み合わせて発する『魔法』を行える、人間以外の生物を『魔物』と呼んでいる。
魔導士世界教会連合により、人間は魔法を『才能』+『学問』『術式』として発展させてきたが、魔物のそれは『本能』に近いものと考えられ、恐れられている。ほぼ詠唱や予備動作なしに行使されるからだ。
さらに、魔竜は魔物の中でも最強の部類と認識されている。硬い鱗や背びれ、鋭い牙やかぎ爪、長い尾などの特徴があり、物理的な攻撃はもちろんのこと、魔法も効きづらい。騎士や冒険者として鍛錬をした者たちでさえ手に余る、巨大で強大な生き物だ。
グレーン王国にとって南の森は豊かな資源である。が、魔竜の出現によって人が入れなくなり、木材などが枯渇してきていた。
今のところ大人しいものの、魔竜の存在でもって魔素が活性化し、魔物が次々生まれ始め、今ではすっかり危険な森となっている。初めのころは、討伐して名声を上げようという者たちもいたが――森から戻れず、消息を絶った。
当然治安も悪くなり、商人の動きも鈍る。商人が行き来できないということは、王国の経済状況に大きく関わる。だが、国王はあろうことか『謁見の日』を設けて金貨を集めることしかしていない。
魔物に脅かされている民の声を無視し、財産を奪うだけの王国に待ち受けているのは――間違いなく破滅だろう。
「そろそろ……まずいよね」
王国南の小さな町にある安宿の一室は、簡易なベッドと窓があるだけの粗末な部屋だ。
シュカは、その窓際で木の椅子に座っている。硬いパンをモサモサとかじりながら、窓台の上でパンくずをつつく鷹のキースの仕草をぼんやりと眺めていた。
「マズイ。パン、オイシイ」
金色の目をパチクリさせ、首を傾げてキースは言う。
「はは。すごい、だいぶ喋れるようになったね」
「シャベル」
「鷹は普通喋らない」
「ダマル」
ふっふ、とシュカは小さく鼻息を出しながら、窓台に頬杖を突く。
「アンドレアスって王子の時から変わってなかったね……大事にならないと動かないだろうなぁ……」
「キライ」
「……だね」
シュカが横目で見ると、キースは羽繕いをはじめていた。よく見ると首元の中央に、小指の爪の先ほどの大きさの黒い石が見え、その右隣に同じような茶色い石も埋まっているのが分かる。普段は羽毛に覆われていて分からないが、キラキラと光を放つ二つの石が体にあるというのは、異様である。
その石を見つつ、
「黒竜は魔法が苦手だし、地竜は風が苦手だからキースの力で勝てたけど。雷竜は」
ぼそぼそと言うと、白い鷹からはつれない返事が来る。
「カミナリ、スゴイ」
はあ、とシュカは大きくため息を吐いて、恨むように空を見上げた。
「見てよキース」
窓の向こうの空には、どんよりとした黒い雲が広がっている。そのためまだ昼前だと言うのに、まるで夕方のように暗い。
雲と雲の間に、ピカピカと光が走るのが見える。
「ウン。オキタ」
――ドドン、ゴロゴロゴロッ!
キースの言葉と同時に、特大の雷が鳴った。
それでも我関せずのような態度で、パンくずをつついている。
シュカはそれをじっと見つめて
「どうせ今は、なにもできないもんね」
言い訳するように言ってから、窓台に突っ伏した。
その銀色の髪の毛が、何度も何度も稲光に照らされる。激しい音や光は到底寝られるようなものではなかったが、無視をしているうちに眠りに落ちた。
◇
一方。
「くそ、このままじゃ、全滅だ!」
「騎士団はどうした!?」
急遽集められた冒険者たちは、その凶悪な存在に絶望していた。
辺りには、全身や体の一部が真っ黒こげになった人間だったものが多数転がっている。
命からがら生き残った四人の男たち――冒険者パーティだ――が、木の陰に身を隠し悪態をつく。
紫色の強固な鱗に覆われた魔竜が、口を開いて吼える度に雷撃が走る。
鮮やかな黄色に光る目を見開き、左右にゆっくりと顔を向けるその仕草は、常に獲物を探しているかのようだ。
「こんなの……どうすりゃいいんだよ……」
「勇者のせいだ……!」
「ちげえねえ。魔王だけ倒してくれりゃよかったのによ」
「勇者が、キーストーンさえ壊さなければ!」
文句を言ったところで、魔竜を倒せるわけではない。
「恨むぞ、勇者ッ!」
「くっそおおおおお」
――南部の森で、冒険者が全滅したという衝撃的な報せが王都に届いて初めて、「雷竜討伐」の王命が下された。