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【電子書籍化決定】天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、世界を救うために七色の魔竜を巡る旅に出る~  作者: 卯崎瑛珠
三章 激浪に、抗う

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第25話 召喚魔法


「どういうことだ?」


 シュカが説明を躊躇(ためら)っていると、首を(ひね)るイリダールにヨルゲンがぐっと近づいて耳打ちをする。


「……見たとこ、()()()()信者ではないな?」

 

 騎士の中に魔教連(魔導士世界教会連合)信者がいることを見越しての態度だ、とすぐに気づいたイリダールは、かすかに頷く。

 

 身分が高い熱心な信者は、ほとんどがそうと分かる『会員ピンバッジ』を胸に着けている。ヨルゲンは、イリダールの騎士服にある装飾をさっと目で確かめた後で、体を離しつつ頭の後ろでめんどくさそうに手を組んだ。

 

「悪いが、騎士さんたちには見せらんねーなー」


 ヨルゲンのふてぶてしい態度に、たちまち騎士たちは色めき立った。

 

「なにを!」

「無礼なっ」

「これだから冒険者風情(ふぜい)は」

 

 ジャムゥはそんな声もおかまいなしに、床をつぶさに観察した後で、ぱっと顔を上げシュカに向かって言う。


「うん。ここなら、良い。けど、邪念多すぎると、無理だぞ」

「あー。そうだよね……イリダール様。ちょっと試したいことがあるんです。ここが神聖な場所だからこそ」

「人払いがいるんだな?」


 こくんと頷くシュカの後ろで、ウルヒが笑う。

 

「察しがいいジジイも、あたしは好きだよ」

「はっは。ただし儂は残るぞ。皇帝陛下に顔向けができんからな」

「分かっています」

「うん。いりだーるは、大丈夫だ」


 くしゃりと笑ったイリダールが、ジャムゥの小さな頭を優しく撫でると、大ぶりのピアスが揺れて青く光った。

 

「そうか。良かった」

「へへ」

「聞いたか皆の者。今すぐ撤収の上、神殿敷地外で待機」


 戸惑うものの、やはり騎士団長の命令とあっては、と気持ちを切り替えて動く者が大多数だが、何人かは引っ込みがつかないのか足を動かさず抗議した。


「しかし団長!」

「我らこそが」

「信用できません!」

「冒険者なんぞにっ」


 少数精鋭であれば気位の高さは当然だろう、と思うものの、今はそんなことを言っている場合ではない――シュカが口を開きかけたその時、イリダールから尋常でない殺気が漏れた。


「あ?」


 反射的に少し構えていたヨルゲンも、たちまち両手を挙げて降参のポーズを取る。


「儂に逆らう気概(きがい)があるたぁ、上等だなぁ」


 ふしゅぅ~と吐かれる息が黒く見えるのは、きっと気のせいだ、とシュカは何度も(まばた)きをする。

 

「騎士の誇りなんざ、この大災害の前じゃあクソの役にも立たん。それとも何か? その剣で火を出せるってか? ああん?」

「うぐ」

「今大事なのは身分でもやり方でもねえ。可能性だ。分かったらさっさと下がれ。邪魔だ」

 

 ぴゅうぅ~、と吹くウルヒの口笛に合わせて、キースもピイッと鳴いたのを見てから、ようやく残りの騎士たちもすごすごと去り始める。


「あーあ。っとにめんどくせえな、貴族ってえもんは」


 背中を見送りながら吐き出すイリダールに、ヨルゲンが同意した。


「プライド食って生きてっからな」

「王族がそれ言うかい。おもしれえ奴だな剣聖。今度飲もうや」

「んだからもう王族じゃねーし。って俺もかよ」

「いいだろうが。恋敵(こいがたき)

「誰がだよ!」

「あー、おっさんとジジイさあ。そろそろ引っ込みなよ」


 ウルヒが顎をしゃくる先で、シュカが黙って冷たい目をしていた。


「「すみません」」

「うん。言われる前に、気づこうね」

「「はひ」」


 いつも通り、ジャムゥがキラキラした目で見上げてきたのには、苦笑を返しておく。


「さて。ウルヒ、念のため防音結界と目くらましを」

「もうやってるよ~」

「さすがだね。ジャムゥは、思い出せた?」

「ん。でも最後のところが」

「それなら大丈夫。ゲンさん、『蒼海(そうかい)』を抜いてここへ」

「おう」

「一体、何が始まるのだ?」


 シュカが、風魔法でがれきや石ころを排除すると、白い床が見えていった。

 大理石の上に、赤い色で彩られた魔法陣のようなものが描かれている。が、ところどころ割れているし色も消えている。


「召喚魔法」


 シュカは一言で答えると、指で上から床の魔法陣をなぞるようにして、宙に何かを描いている。

 指先から発せられる青い光の軌跡が、複雑な文様と文字配列を浮かび上がらせていた。


「しょう、かん、だと……」

 

 目を見開くイリダールに、そっとウルヒが近づいて腕を引いた。


「何が起こるか分からない。念のため、あたしの後ろに」

「わかった」

 

 素直に従うイリダールを横目に、ヨルゲンは背中の大きな両手剣『蒼海(そうかい)』を、シュカの指示通り抜き身でそっと床に置く。


「あれは?」

「帝国騎士団長様すら覚えがないのは、悔しいね……勇者への恨み言ばっかり残ってさ。あたしら、十七年前にリヴァイアサンを討伐してるんだよ」

「!!」

「ヨルゲンの剣は、リヴァイアサンの牙や鱗からできてる。それを打ったのが今の冒険者ギルドマスター、ボボムってわけ」

「青竜様を苦しめていた最悪の海獣を倒したのが、勇者パーティだっただと? そんな話は」

「魔教連のやつらがさ……」


 思わず舌打ちをしたウルヒの態度をイリダールは責めなかったし、それ以上聞かなかった。


「ま。そういうわけで、あたしらは青竜様にでっかい()()があるのよ」


 シュカが空中に描いた魔法陣が、床にぴったりと貼りつく。ジャムゥが魔法陣を挟んでシュカと真反対に立ち、四本の指先同士と親指同士をくっつけた『三角』の形を作るように手を合わせる。

 


 ――大気中に魔素がびりびりと集まって来たのが、肌で分かった。


 

 ジャムゥの、魔素の源泉のような姿に全員が身震いをし、動けなくなる。

 

 魔法陣の終わりと思われる箇所に寝せられている『蒼海』は、柄頭にある青い宝石のようなものを光らせている。


「公にはされてないけど、あの青いのはリヴァイアサンの目さ」

「っ! ならば剣聖には、水と火の(たぐい)は一切効かないということか……!」

「そ。トドメの恩恵、ってやつ。嫌な奴だろう?」


 言葉と裏腹に、ウルヒは得意げだ。


「まいったな。強すぎる恋敵だ」


 楽しそうなイリダールは興奮しすぎていて、次に呟いたウルヒの声は、耳に入らなかった。

 

「……ハナっから勝負になってないって」

 

 明滅を繰り返していた魔法陣の青い光が、やがて明るく光ったままになる。

 

「呼び声に応えよ、青竜よ」


 シュカの言葉に合わせて、ジャムゥが呼ぶ。


「サットサンガ・ウダカ」



 と――目を開けていられないほどのまぶしい光が、廃墟を満たしていった。


 



『……呼んだか』


 

 五回ほど呼吸を繰り返した後で聞こえてきた、(おごそ)かな声を合図に全員が(まぶた)を持ち上げると、青い鱗に覆われ赤い目を持った青竜が魔法陣の上に浮いていた。


 ただし本体ではなく、姿かたちだけを見せている映像のようなものであり、実際の大きさよりはるかに小さい。その証拠に存在感はなく、時々ざざ、とノイズのようなものが走って見える。


 

「はい」

『ふむ。久しいな、レイヴン』

「あー、いえ、今はシュカって名前なんです」


 このやり取り、前にもしたな? とシュカが一瞬思考を飛ばすと、背後のイリダールが叫んだ。


「レイヴン、だと!?」

「あーっ、あー!」


 ウルヒが咄嗟に叫んで誤魔化すが、当のイリダールは目を見開いたまま固まっている。


「ええと。火竜様のことでお聞きしたくて」

『ああ。シュカ。アウシュニャの命が……消えてしまった』

「アウ……?」

「アウシュニャは、火竜の真名だ」


 ジャムゥの補足に頷き返してから、シュカは続けた。

 

「……何があったんですか」

『わかっているのは、最期の悲鳴だけだ』


 青竜は項垂(うなだれ)れ、鋭いかぎ爪が無念な気持ちを表すかのように、震えている。


(あらが)えない、と言っていた』

「抗えない?」

『ああ』

「……実は、水魔法でも消せない炎を出す人間がいるんです。僕たちはその女性を助けるためにここへ来ました」

『水魔法で消えない炎であれば、それは呪いだ。アウシュニャの命を奪う代わりに受けたものであろう』

「やはりそうでしたか……その呪いは、どうしたら()けますか?」

『呪いを解く、だと?』


 ビシ、ビシ、ビシ、ビシ。

 

 ここに本体はいないにも関わらず、空気中の水分が凍っていく。

 魔法陣を見守る全員の吐く息が、白くなった。

 


(ことわり)を壊したのは、人間だろう。ならば、ただ滅んでいけ』

 


 それを聞いたウルヒは、(きら)めく翠の両眼から静かにあふれる涙を止められず――ヨルゲンは静かに歩み寄ると、ただ肩を抱いた。

 

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