7.未来の彼方からの微細なさざ波
夜が明け、エリゼは新たな朝の光と共に、霊体としての存在に目覚めた。この日も、彼女は自分の新たな能力を試し、過去に軽やかに干渉してみることに興じた。
早朝5時、宮殿の庭園で、エリゼはかつての花壇の配置を思い出し、それを現実に反映させようとした。彼女の意識が過去に触れると、一瞬だけ花壇の花が昔のように整然と並び、色鮮やかに咲き誇った。目を開けると、花壇は再び現代の姿に戻っていたが、一瞬の美しさに彼女は心躍らせた。
午前8時、エリゼは父が宮殿で行った講義の一つを思い出し、その瞬間に自分を送った。彼女は父の声に干渉し、彼の説明する歴史の一部を微妙に変化させてみた。講義を聞いていた者たちは、一瞬戸惑いながらも新たな物語に引き込まれ、その変化に興味を示した。
午前10時、舞踏会の夜に自分自身を連れ戻し、エリゼは自分のドレスの色を変えてみることにした。彼女が選んだ淡い青色のドレスは、会場の光に美しく映え、人々の目を引いた。エリゼは自分が踊る様子を見ながら、その変化が周囲にどのような印象を与えたのかを楽しんだ。
正午になり、エリゼは家族の過去の記憶にさらに深く介入した。彼女は家族の日常の一コマ、特に家族全員が集まる食事のシーンに干渉し、メニューに彼女の好きだった料理を追加した。テーブルに現れたその料理は、家族に新たな話題を提供し、彼らの会話に活気を与えた。
これらの介入は、エリゼにとって遊びのようなもので、彼女はその能力によって生じる微妙な変化を楽しんでいた。彼女の無邪気な介入が、宮殿の現実にどのような影響を及ぼすのかはまだわからなかったが、エリゼはその能力に魅了され、時間の流れを自在に操ることの楽しさに浸っていた。彼女は自分の存在が時間に織り成す幻影のようなものに満足し、その日も、時間の糸を紡ぎながら過ごした。
正午を過ぎた静かな宮殿では、エリゼは自分の新しい遊び場である時間の流れと戯れ続けていた。彼女の無邪気な介入は、歴史のページを軽くなぞるように、過去の出来事に微細な変更を加えていった。
正午過ぎ、エリゼは一時的な休憩を挟みながら、宮殿の図書室で過去の学びの一コマを変えてみることにした。彼女は、静かな読書時間に父が朗読していた古典の内容を微妙に変化させ、父の声が語る物語が異なる結末に向かうようにした。聞き手たちは一瞬、物語の変わった展開に首を傾げたが、その新鮮な変化に話の中に新たな意味を見出した。
午後のティータイムには、エリゼは宮殿の庭で行われた家族の集まりに介入し、テーブルの上に咲いていた花々の色を変えてみた。家族は、美しい新種の花が庭に咲いたと思い込み、その驚きと美しさについて話し合った。
夕方、エリゼは、自分が若かった頃に参加したダンスレッスンの一コマに手を加えた。彼女は自分が初めて踊ったダンスのステップを変更し、その結果、自分がもっと優雅に踊っていたかのような印象を残した。その変化は、レッスンに参加していた他の生徒たちにも影響を与え、彼らのダンススタイルに微妙な変化をもたらした。
夜になると、エリゼは家族の晩餐の様子を観察し、彼らが食べたデザートの味を変えた。実際のデザートは変わらずにそこにあったが、家族は一瞬、味覚が変わったと感じ、それが話題の中心になった。
エリゼはこれらの小さな介入を通じて、過去の出来事に自分の印をつけることに喜びを感じていた。彼女は時間の流れに対する理解が深まるにつれ、自分の行動が現実にどのような波紋を広げるのかを考えることなく、単にその瞬間の楽しさを追求していた。
しかし、彼女の無邪気な介入が宮殿にどのような影響を与えるのか、家族がこれらの奇妙な出来事にどう反応するのかについては、まだエリゼ自身も知らなかった。彼女はただ、時間の糸を手繰りながら、自分の新しい能力に酔いしれていた。夜が深まるにつれ、宮殿は静けさに包まれ、エリゼの時間に対する微細な介入は、家族の夢にさえ影響を及ぼし始めていた。
その夜、エリゼは宮殿の静寂の中で新たな決意を固めた。彼女は自分の生まれるはるか前の時代へと思いを馳せ、その時代に自分なりの小さな印を残すことにした。彼女の介入は微妙で、時の流れにはほとんど影響を与えないものだった。
夜中の12時を少し回ったころ、エリゼは図書室に静かに足を運んだ。彼女は歴史の書に並んだ文字列に集中し、宮殿の創設者たちの肖像が飾られている壁に手を触れた。彼女の意識が過去へと流れると、肖像画の一つが微かに動き、創設者の一人が微笑んだかのような錯覚を覚えた。
エリゼは宮殿の建設が行われていた時代に自分を想像し、職人たちが石を積み上げる様子を見守った。彼女は建物の一石を異なる色のものに変え、その石が組み込まれた壁が若干異なる模様を帯びた。しかし、この変化は誰にも気付かれず、ただ壁の一部がわずかに色鮮やかなものとなった。
夜が更に深まると、エリゼは宮殿で最初に開かれた舞踏会へと意識を飛ばした。彼女は会場の装飾に一つだけ現代の花を加え、その花が舞踏会の雰囲気にほんの少し現代の香りを添えることにした。参加者たちは一瞬、見慣れない花に目を留めたが、それが何かの新種と思い、特に気に留めることなく楽しい夜を続けた。
明け方近くになり、エリゼは宮殿の過去の朝食の場面を訪れた。彼女は食卓に現代の果物を一つ追加し、その果物が未来からの珍品として家族に珍重される様子を見た。果物は一瞬で食べられ、その味は誰もが楽しんだが、それがどこから来たのかについてはただの謎として残された。
エリゼは夜を通して、過去への介入を続けながら、その影響が微細なものであることに安堵した。彼女は自分の力が過去に何か大きな違いを生むことなく、ただ小さな波紋を作るに過ぎないことに満足していた。彼女にとって、時間を通じたこの微妙な交流は、かつての自分と歴史との間の橋渡しであり、そこに喜びを見出していた。エリゼは、新しい日が始まるにつれて、自分の力をさらに探求し、過去との優しい結びつきを楽しむことを決めた。
暗闇が徐々に明るくなり始めると、エリゼは自らの霊体を宮殿の最も古い記録が眠る図書室へと導いた。彼女は今まで以上に過去の出来事に介入することを心に決めていた。今朝は、自分が生まれるずっと前の時代、宮殿の礎が築かれた頃へと意識を飛ばした。彼女はその時代の宮殿の日々に自分の存在を感じさせたいと願った。
彼女は、宮殿の最初の石が置かれた瞬間を目撃し、その歴史的な瞬間にさりげない変化を加えた。エリゼは石に微かな彫刻を施すことにし、その石が宮殿の一角に永遠に残るようにした。彼女の介入はごく微細なものであり、職人たちの目には見えなかったが、彼女自身にはその石が宮殿に秘密の印として刻まれたことを示す証となった。
次に、エリゼは宮殿の初代当主が即位した日に彼女の影響を及ぼした。即位式の間、彼女は空気に一陣の風を起こし、当主のマントが優雅に舞い上がるように仕向けた。この些細な動きは、観衆に当主のカリスマと力強さをより印象付ける結果となった。
午前中になると、エリゼの遊び心はより大胆になった。彼女は宮殿がまだ新しく、最初の宴が開かれた夜へと意識を移し、当時の音楽に現代のメロディーを混ぜてみた。音楽は異国的で新鮮な響きを帯び、宴の参加者たちは戸惑いつつも、新しいリズムに身を任せた。
正午が近づくにつれて、エリゼの行動はさらに大胆になり、彼女は宮殿の歴史により顕著な印を残そうと決心した。彼女は宮殿の成立を祝う壁画に自分の霊体のシルエットを描き加え、その幽玄な影が壁画の一部となるようにした。彼女の存在を示すこの影は、見る者の心に神秘的な感覚を喚起した。
エリゼはこれらの介入を通じて、自分の能力の限界と可能性を探ることに興じ、時間を操る遊びの中で新たな楽しみを見出していた。それは彼女にとって、自身が存在した証としての時間の中にささやかな足跡を残すことを意味していた。
しかし、無邪気な好奇心から始まったこの遊びが、やがてどのような結果を生むのか、エリゼ自身はまだ知らなかった。彼女はただ、時間の彼方への一歩を踏み出し、その瞬間の魔法に酔いしれていた。