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悪役令嬢は時をかける幽霊  作者: ヴィクトリアン・エーテルハート
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 3.霧に揺れる運命の日

運命の日、エリゼは夢から覚め、目を開けた。部屋はまだ暗く、夜の名残りをとどめていた。彼女はベッドに座り、夢で受けた啓示を反芻しながら、今日が自分の人生にとって重要な分岐点になることを感じていた。窓の外からは早朝の霧が立ちのぼり、新しい日の始まりを告げていた。

朝食のために彼女が降りて行くと、家族はすでに食堂に集まっていた。しかし、今日のエリゼはいつもとは違っていた。彼女は、意識的に食堂の空気を読み取り、家族の様子を観察した。食堂での会話の中で、彼女は家族が今夜の舞踏会に向けてどれほど期待を寄せているかを感じ取った。

食事中、エリゼは自分の前に並ぶ食事をほとんど手つかずにし、代わりに隣に座る弟がそわそわとしている様子を静かに見守った。弟は、彼女が知らない何かを隠しているように見えた。彼の様子から、彼女はこの日に何か予期せぬことが起こるかもしれないという予感を抱いた。

昼食後、エリゼは庭園を散歩することにした。彼女の心には、夢での啓示と弟の奇妙な行動が混ざり合って、今夜の舞踏会で何か重要な出来事が起こることを示唆していた。彼女は、庭の奥深くにある古い温室に足を運んだ。そこには、かつて彼女が子どもの頃に隠れて遊んだ思い出の場所があった。

温室の中でエリゼは、ひときわ美しい花が一輪、季節外れにもかかわらず咲いているのを発見した。彼女はその花を手に取り、その美しさと香りに心を奪われた。その瞬間、彼女の中で何かが変わり始めるのを感じた。花の香りが彼女の感覚を鋭くし、夢で受けた啓示が現実のものとして彼女の意識に刻まれた。

エリゼは温室を後にし、宮殿へ戻る途中で、弟とばったり出くわした。彼は驚いた様子でエリゼに近づき、彼女が持っている花に興味を示した。弟は、その花には古い伝説があると語り、それが今夜の舞踏会に大きな意味を持つかもしれないと言った。エリゼは弟の言葉に心を動かされ、今夜の舞踏会に向けて、この花を持っていくことを決めた。そして彼女は、今夜がただの舞踏会ではなく、自分の人生を変える機会になるかもしれないと感じていた。


昼食を終えたエリゼは、その日の晩餐会に向けて心を整えるために、宮殿の庭を歩いていた。薔薇のアーチをくぐり抜けると、彼女はしばしの静けさの中で、晩餐会での自らの役割について熟考した。庭の隅にある静かな池のそばに立ち、彼女は水面に映る自分の姿を見つめた。映し出されたのは、これまでの自分ではなく、これから新しく生まれ変わる自分の姿だった。

午後はゆっくりと流れ、太陽が地平線に沈む頃には、宮殿は夜の祝宴の準備で忙しなくなっていた。エリゼは自分の部屋に戻り、心を落ち着かせながら晩餐会の衣装を選んだ。選ばれたのは、彼女の肌を一層引き立てる、月明かりのような輝きを持つシルバーのドレスだった。彼女はゆっくりと髪をまとめ、家族の宝石箱から選んだ真珠のアクセサリーを身につけた。

舞踏会の直前、エリゼは深呼吸をしながら自分の姿を鏡で最終確認した。彼女の目には、不安と期待が同居していた。宮殿の中はすでに音楽と歓談で満たされており、広間からは華やかな笑い声が聞こえてきた。

エリゼは、夜の空に最初の星が輝き始めるのを窓から確認し、それが今宵の舞いに臨む合図だと感じた。彼女は、夜の祝宴が開始される少し前に、ふっとひとつの決意を固めた。それは、舞踏会の最中に、家族に秘密で外の庭園に出て、ひとときの静けさの中で、弟が言及した伝説の花の力を試すことだった。

そして、エリゼは自室を出て、舞踏会が開催される広間に向かった。広間の扉の前で一瞬立ち止まり、深く息を吸い込んだ。その胸元には、弟から受け取った花がしっかりと安置されていた。彼女はその扉を押し開け、きらびやかな光の中、宮殿の舞踏会へと足を踏み入れた。


舞踏会が始まり、エリゼは広間の扉を押し開けると、目の前に広がる煌びやかな光景に一瞬息をのんだ。シャンデリアの下で踊るカップルたち、壁際で囁く群衆、そして遠くから聞こえるオーケストラの調べが、一つの幻想的な世界を作り上げていた。彼女のドレスが照明に反射して輝き、一瞬、全ての視線が彼女に集まった。

エリゼはゆっくりと広間を横切り、知人たちに礼儀正しく会釈をしながら前進した。彼女は弟から受け取った不思議な花を胸元に挿し、その花が与える微かな自信を胸に秘めていた。しかし、彼女の内心では、舞踏会が終わる前に庭園へと忍び出して、その花の力を試す計画を固めていた。

夜が深まり、時計の針が深夜の十二時に近づくにつれ、エリゼの予感は強くなった。彼女は、緊張の糸がピンと張った中で、舞踏会の最中の一瞬の静けさを見つけ出そうとした。そして、その時が来た。彼女は人目を忍んで広間の端に位置する小さな扉を通り、外の庭園に向かった。月明かりの下、彼女はほっと息をつきながら、花の香りを深く吸い込んだ。

しかし、運命は彼女が思い描いた通りには進まなかった。庭園で深い内省にふけるエリゼの耳に、突如として内部からの悲鳴と共に、シャンデリアが落下する恐るべき騒音が届いた。彼女は驚愕して広間に駆け戻ると、目の前には想像を絶する光景が広がっていた。

シャンデリアの絢爛たる飾りが床に散乱し、貴族たちは恐怖と混乱の中で逃げ惑っていた。エリゼは凍り付いたように立ち尽くし、その時、彼女の胸元で花が不思議な輝きを放ち始めた。その光が一瞬彼女を包み込み、時間が遅れて動くような感覚に襲われた。

次の瞬間、エリゼはシャンデリアの直下にいた。彼女は叫び声もあげる間もなく、光と影、音と静寂の渦の中へと吸い込まれた。そして、全てが静かになった時、エリゼは自分が床に横たわっている自分を見下ろしていることに気づいた。彼女の身体は動かず、周囲の人々の悲鳴や泣き声が遠く感じられた。彼女は自分がもはや同じ存在ではないこと、そして新たな旅が始まることを知った。

その夜、エリゼ・フォン・エーデルワイスは幽霊となり、時を超える旅へと足を踏み出した。彼女の新しい物語が、今、始まろうとしていた。


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