The Self‐Defense Forces 2
自衛隊員の朝は少し特殊だ。何せラッパの音が放送で流れて目が覚めるのだ。目を覚ましてすぐに廊下に出て点呼を取り、外に出て早朝の朝礼と挨拶と国歌斉唱。それが終わると敷地を走り回って運動をした、後ようやく宿舎の中にある施設で朝食を食べる。学校に出てきた給食の様な感じである。今日のメニューは白菜とベーコンの炒め物、卵、味噌汁、お新香、ご飯とお茶である。朝食を食べた後は午前の就業までに空いた時間で割り当てられた清掃区画を掃除する。それが終わると、午前9時に自衛隊としての就業につくのだがこれは自分の割り当てられた役職や能力によって様々であり絵美は自衛官になり立てで、しかも九条駐屯地というかなり特殊な部署に来た事もあってか、とりあえず上官とワンツーマンで京都における本拠地の重要性と任務の内容を叩き込まれる事になる。本来は大勢集めて、映像や作戦内容を全員に周知させる事を目的とした多目的ホール。だが今日は貸切り状態で、絵美の他には二人しか居ない。一人はボサボサ頭が特徴の遠藤貴志一等陸尉。もう一人は眼鏡を掛けた美青年と専らの前田一輝二等陸尉である。
「まァ、あれだよ。昔の勉強ってだるかったけどさ、本物の日本の裏の歴史を勉強してるんだって思ったらワクワクするだろ?ちょっと自衛官になって良かったと思うトコだよこれ」
「要らん秘密を知り過ぎて、国家に消されるんじゃないかって不安になって辞めてく奴も要るけどな」
「結構ヤバいですか?」
「来ちゃった以上は後悔するしかないよ絵美ちゃん。さんざん言ったのに来ちゃった自分を恨むしかないね」
「知っての通り、京都での地震の一件はただの地震じゃない。非公式ではあるが、妖怪や怪獣の類が絡んでいる事になっている」
「妖怪や・・・怪獣ですか?」
「そう、ゲゲゲのあれだよ絵美ちゃん。またはゴズィーラかな?別にフざけて言ってる訳じゃない」
「国家はそれまで、妖怪の類は全て陰陽庁という部署に任せて治安維持を非公式に行って来た。しかし、あの事件以来大規模な災害レベルでの事態に陰陽庁だけじゃ市民の安全は守れない事が分かった」
前田が眼鏡を中指で上にあげ、次に遠藤が答えた。
「だったら、そういった被害に対応出来るように前もって陰陽庁と連絡を取り合って連携出来たら被害は最小限に抑えられる。この国の総理はそう考え、テストケースとして京都にまず九条駐屯地を作った訳だ。いずれ大阪や東京にも出来るだろうと言われてる。俺達の一日一日がノウハウとなってその後に生きるんだ。やりがいもあるだろう?」
「その、陰陽庁っていつからあるんですか?」
「陰陽庁自体は、平安や室町といったかなり古くからその存在が確認されている。割と有名な安倍晴明という傑物が居た時代の少し前に発足し、京都の街で運営が行われて来た由緒ある部署でもある。近代になってその部署も防衛省の一つに組み込まれているが基本的に普通の人間には知らされていない部署だ。妖怪や国防を任された我々自衛隊、そして陰陽庁に携わる者達しか今の所知りえない部署だと言っていいだろう」
そこまで聞いて、聞かずには居られなかった事を、絵美は尋ねた。
「京都の大地震の妖怪は、どんな奴なんですか?退治されたんですか?」
「えーっと・・・」
遠藤が明らかに目を泳がせて、それに呆れた前田が答えた。
「あの事件は機密扱いで一部の人間しか情報を扱えない。よって今ここでは何も言えないがあの事件の妖怪は居なくなった。それだけは確かだ」
「そうそう、そうだよ絵美ちゃん。だから京都の街もこんなに平和になったワケだよ」
「自衛官になったのに、何か納得いかないです」
「自衛官になったからこそだよ。それこそ情報だけを探したいならジャーナリストでも目指せば良かったんだ。君の根底にあるのは、その真実探しだけじゃ無かったんだろう?」
自分が自衛官になった要因とも言える二人を前にして、そう言われてしまえばもう何も言えなくなっていた。午前中だけでもかなりの情報を叩き込まれたが特に今の所分からないのは魔術師と教会の対立に関して。自衛隊なのにオカルトの知識が必要な時代になっていて、驚く事ばかりだった。その日の昼食を二人と一緒に食べ終えて、一人で小休憩を取っていると一人の女性自衛官が絵美を訪ねて来た。スラっとした細みのある女性で年齢も20代半ばといった所。紺色の髪が特徴的で少し青く見える。
「あんた、あの二人とどういう関係?」
「ふぇ!?関係ですか?」
「結構、有名になってるよ。あの二人があんたに色々世話焼いてるからね」
「お二人から何も聞いてはいませんか?私、京都の震災の時にお二人に助けて頂いて少しご縁があるんです。ですから、考えているような関係ではないですよ」
「そう・・・なんだ」
「そうです!!憧れの存在であり、私の目標ではありますが!!」
そうなんだあの糞眼鏡、と呟いた所で女性自衛官は絵美に背を向けて去っていった。
午後からは合同訓練に参加して、午後5時に終了する。後は、フリータイムで自室でゆっくりと過ごした。他の女性隊員に招かれて歓迎パーティを開いて貰い、嵌めを外さない程度に盛り上がって一日の幕が下りた。自衛隊になって国防以外で自衛隊を運用する特殊性を実感したのは、ここに来て半月程が経過してからの事になった。朝礼でまず、陰陽庁からの要請があった為、九条駐屯地の自衛隊員は総員の半数を投入し、対処に当たると言われたのである。
作戦内容は至極簡単であった。自衛隊のラインを絶対に死守すべしという単純明快な物だったが相手が何者かわからぬ異形の化け物でり、発砲の許可も出ている事には絵美も驚いた。自衛隊が訓練以外で発砲するのは自国の中では異例中の異例と言えるからだ。高機動車に乗り込み、目的地へと向かう中で、ヘリコプターの音も響いている。OH-1や輸送ヘリが空を舞い、戦時や災害も無いのに自衛隊がフル稼働しているのである。目的地に着くと、仮設に作られた作戦本部が作られ割り振られた隊毎に編成されて絵美は遠藤率いる第二部隊に配属された。
「絵美ちゃん、まァこういう事もあるって事で。俺らは陰陽庁の退魔師が化け物を封印するまでの間こちらに流れる雑魚を食い止める。以上」
遠藤がそういうと、横に居る大柄な男が笑って言った。
「大丈夫、皆こういう事にはもう慣れっこでな!!君もすぐに慣れる!!なっ白木」
「慣れますかねえ。船橋さんは楽観的だからなぁ」
もう一人の、白髪の細身の青年が心配そうに絵美を見つめた。奥には、以前会った事のある女性が居るが、木の幹に背もたれている。
「はぁ、住民への対処はどうされるんですか?」
「こういうのはね、もう嘘つくしかないんだよ。どうあっても説明出来ないんだから」
装備を確認して、気持ちを落ち着ける。周囲の人達は化け物と戦うと聞いて慣れているのか落着き払っているが、絵美には未体験の出来事だ。
「戦闘は陰陽庁が上手くやれば10分~15分くらいで終了するそうだ。それほど長い時間でもない。皆上手くやろう」
任務開始の時間となり、一斉に銃声が響き渡った。
数が多い事もさる事ながら、初めて見る異形の存在に目を奪われる。映画の中から出てきた様な違和感もあったが、任務の為に引き金を引いた。89式5.56mm小銃を容赦なくぶっ放して化け物を退治する。しかし、すぐに復活して前進してくるのを見てじりじりと後退を始める。
「こりゃ、不味いな。ゾンビみたいに動きは遅いが死なない相手なんてのは想定外だ」
「吹っ飛ばしてみます?」
「やってくれ」
安全ピンを外して、手榴弾を放り投げた。
爆発が起きて化け物の群れが吹き飛ぶ。
結局の所、時間稼ぎしか出来る事はなさそうだ。
木の陰に隠れながら少しずつ化け物を撃って時間を稼いでいく。
【こちら、作戦司令部 残存部隊はナンバーの
確認と現状の報告をお願いします】
【第3部隊、死傷者は今の所ゼロだ】
【第1部隊、逃げた腰抜けが居るせいでかなり下がってる】
【第2部隊、問題なく任務を遂行中】
他の部隊もそれなりに踏ん張っている。男は無線で現状を伝えた。
【第4部隊 下がりながら 同時進行で殲滅中。かなり分が悪い】
その後も、続々と現状の報告が続いた。
【こちら、作戦司令部 南に陰陽庁から数名の術者を現地に投入。
また、ラインが下がり気味の所に遊撃出来る者を配置。
各々もう暫くそのままラインの保持を】
【了解】
すぐさま、遠方の方で火の出が上がった。パチパチと木々が燃える音も聞こえ始める。それと同時に、狼の咆哮も聞こえた。空中に空高く跳躍する赤毛の狼男が化け物を屠っていく。その光景にあっけにとられて、絵美は化け物が近くに居る事に気づけなかった。気が付いた瞬間には木の上から襲われている。しかし、絵美に触れる事無く化け物は地面に落ちた。教会のシスターの格好をした少女が、光る剣を携えて周囲の化け物を蒸発させていく。そのまま少女は狼男を追いかける様に沼へと向かっていった。
「大丈夫か、絵美二等兵!!」
「はいっ!!ていうか・・かなり不味くないですか?」
「不味いなぁ。金森と白木は消化作業の手伝いに当たってくれ。今本部が急いで消防車の準備してる」
「了解しました」
「いやしかし、狼男ってのは凄いもんだねェ」
「関心してる場合じゃないです、隊長」
「ハイハイ、じゃあ引き続きラインの維持頑張りますか」
「それが終わったら近隣の住民への案内回りですかね」
「だねェ」
外国製のサブマシンガンを連射しながら、その後も第二部隊はラインを維持し続けた。陰陽庁の退魔師が化け物を退治したと報告があって間もなくして化け物は全て沈黙した。