第十話 足煮込みと一日の終わり
「お待たせしました、ハンバーグ定食とから揚げ定食特盛です」
先に二人が注文したものが出てきた。ハンバーグ定食は現実でも見る普通のやつだがから揚げ定食特盛はすごい。子供の握りこぶしくらいのから揚げがごろごろ転がっている。こんなのテレビでしか見たことがない。
「お待たせしました。足煮込みです。柔らかくなっておりますのでお好きなようにお食べください」
おっと、来たか。さて。どんなものだろうか。期待してふりかえると半透明な青の煮立った液体にさまざまな形、色の人間大の足が刺さっている。数えて見たら六本だった。有る意味サハギンの姿焼きよりも衝撃的な見た目かもしれない。
「ううん。相変わらずの見た目だ。ちょっと気分が悪くなってきたから別のテーブルに行ってもいいかな」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう...」
カイナートさんが別のテーブルに移動した。まあこの見た目では無理も無いことか。
「ええ、何それ。人間ってそんなの食べるの?」
むしろイメージ的には悪魔のほうが食べてそうだけど...
「悪魔は普段どんな物を食べてるの?」
「べつに普通よ、普通。食材は基本こっちと変わらないし普段食べてるものはこの店のものと変わらないわ」
「へえ、そうなんだ」
まあそれなら別に興味はない。いまは足煮込みを優先しよう。さて。まずは一番小さいこの足から食べて見よう。
「いただきます」
ふわっ
!?なんだこれは。フォークで切ったときは普通に柔らかいくらいだったのに口に入れたとたん溶けた!それに美味い!いままで食べたどんな肉とも違う独特の旨みだ!味に慣れた頃に来る苦味がさらに旨みを引き立てている。それにしても骨まで口の中で溶けるとはどうやっているんだ?
「それ、ゴブリンの足よね?そんなに美味しいの?」
「これがゴブリンの足?そうか、ゴブリンって美味しいのか」
「そんなわけ無いでしょ。ゴブリンって言ったらスライムも食べないって有名なんだから」
「そうなの?こんなに美味しいのに」
料理の腕がいいのかな。まあいいや、次はこのでかい足だ。
とろっ
これは!豚足だ!しかもずいぶん上質だ。こんなに美味くてでかい豚足なんてどうすればとれるのだろうか。
「それはオークね。オークは美味しいから冥界では狩られて絶滅寸前の高級食材なんだけど...こっちでは違うようね」
絶滅寸前か。まあこんなに美味しいんだ。それも仕方がないことだろう。幸いここではそんなに高級というわけじゃなさそうだし普通に生息しているんだろう。いつか遭遇したら狩って食べよう。次はこの肉球が付いている毛むくじゃらの足だ。これ食べて大丈夫なのか?毛が喉に詰まらないか?まあいい、食べれば分かるだろう。
さくっ
ええ?何だこれ。毛の一本一本が揚げたてのポテトみたいな食感だ。肉球の部分もふにふにしている。肉も程よく硬くて美味しい。これは現実じゃ出来ないファンタジー料理だな。
「たぶんグレイウルフね。普通に狩っただけじゃ臭くてとても食べられたものじゃないって話らしいけどこっちじゃ違うのかしら」
たぶん美味しいのは料理の腕がいいからかな。さて、足も半分くらい食べたことだし。いよいよスープを飲んで見ますか...!あのスライムがどんな風に美味しくなったのか、味わわせてもらおう。
ずずっ
美味しい!食感は煮たことによりゼリーからスープに変わっている。さらに肉と野菜の濃厚な出汁と大豆感がマッチしていくらでも飲めそうだ...!それにこれはスライムの皮も一緒に煮たのかな。微かだけど甘みがあってそれがより味を引き立てている。ふう。美味しい。しかし野菜なんて見えないのにどうやっているんだろう。まあいい。それじゃああと三本の足も食べちゃおう。まずは前にも食べたサハギンの足。煮るとどんな味になるんだろう。
ぐにっ
弾力がある。しかし噛み切れないというわけじゃなくて噛み応えがあるくらいに調整されている。魚介類の旨みが噛むごとにあふれ出してくる。これは美味い。
「サハギンね。海にいけば大量にいるわ」
まあサハギンってそういう魔物だし。まあ次だ。これは、木かな。足が木でできている。どんな味なのか想像が付かないな。
ばりっぼりっ
硬っ。でも硬いけど噛み切れるていどの硬さだ。固めのチョコみたいな食感だな。で、味はと言うと。サラダバーだな。この足一本にさまざまな野菜の味が付いている。スープに野菜の味がしたのはこれか。口のなかで残っている肉の味とさっぱりした野菜の味が混ざって美味しい。
「それはたぶんトレントね。あたしは見たことないけど普段は木なのに敵対すると人型になるらしいわ」
そうなんだ。トレントか。覚えておこう。さて、最後の足だ。これはなんだ?赤くて筋肉質だ。食べて見よう。
もぐもぐ
今までで一番肉って感じの食感だ。味もオーソドックスに牛肉で美味い。しかしこれは今まで食べた牛肉の中でもトップクラスに美味しい。
「それはたぶんミノタウロスね。普通の奴は戦うためにしか筋肉が育ってなくて美味しくないけど食べるために育てた奴は普通の牛肉と比べても美味しいって聞いたわ」
そうかミノタウロスか。牛の怪物らしいし美味しいのも納得だな。それじゃあ最後にのこったスープを飲み干そう。
ごくっごくっごくっ
ふう。
「ご馳走様でした」
〔称号『過食』を取得しました〕
「食べ終わったか。少し見ていたがすごいな。あれだけの量を顔色一つ変えずに食べきるとは」
「カイナートさん。ありがとうございます」
見ると二人とももう食べ終わっていたようだ。
「よし、それじゃあ出るか」
「はい」
店を出ると完全に暗くなっていた。外の冷えた風が心地いい。
「それじゃあ私はこの辺りで失礼するよ。三日後のクエストがんばろう」
「はい。今日はありがとうございました」
「またな」
「はい、また」
カイナートさんが帰っていった。
「じゃあ私たちも帰ろうか」
「そうね」
借りた部屋まで帰ってきたが問題に気がついた。ベッドが一つしかない。まあ大きめだし一緒に寝ればいいか。
「ねえ、イート。あたしはどこで寝ればいいの?」
「一緒のベッドでいいでしょ」
「え?」
「え?もしかして嫌だったりする?だったらちょっと考えるけど」
「う、ううん。そういうことじゃないわ。一緒のベッドで寝るなんて言われたの生まれて初めてだからちょっと戸惑ってただけ」
「それならよかったけど」
疲れたしちょっと横になるか。
ベッドで目を閉じているとブルーベリーちゃんが話しかけてきた。
「そういえばさっきいってた三日後のクエストってなに?」
「ああ、それ?近くに黒龍王ラグナロクってのが来たから追い払うことになったんだ」
「え...?こ、黒龍王?うそでしょ、なんで?」
「なにか知ってるの?」
「知ってるも何も黒龍王って言ったら災害の代表みたいなものじゃない!そんなのを相手にするなんてお父様でもないと無理よ!」
「まあまあ落ち着いて。なにも倒そうってわけじゃない。どっかに行ってもらえばいいだけだよ」
「そ、それがどれだけ難しいか分かってるの?」
「まあ難しいんだろうね。でも国中から精鋭が集まるって言うし何とかなるでしょ」
「はあ、軽く言ってくれちゃって。まああたしはあんたの従者だしね。ついていってあげるわよ」
「ありがとう」
「感謝してるんだったらまたどっか美味しい店につれてってよね」
「分かったよ。じゃあおやすみ」
「え?もう寝るの?」
「私は睡眠をたっぷりとらないといけない体質なんだ。ブルーベリーちゃんは部屋から出なければ好きにしていいよ。あ、インベントリについて教えて無かったね。インベントリって言ってみて」
「インベントリ?ああ、何か出たわ。いままで手に入れたものの名前が書いてあるわね」
「そう。その名前を触って取り出そうと思ったら取り出せるから」
「へえ、便利ね」
「暇だったらそれで遊んでて」
「分かったわ」
「明日は7時くらいに起きると思うからそのつもりでね」
ああ、布団があまりにも気持ちよくて忘れてたけどログアウトしないと何だった。もう声に出すのも億劫だ。思考操作でやろう。ログアウト。
〔お疲れ様でした〕
できたか。よかった。




