第68話 三人で向かった場所
次の日からリアン家の事業の引き継ぎが始まった。
私の体も万全とはいかなかったが、歩くのに支障もなくなったことで引き継ぎは私も手伝っていた。
リアン家が無くなることで領地は王家のものとなり、領民はリアン家を通すことなく王家に税を納めることになる。
また、リアン家の屋敷を取り壊し、そこに私とカイトの別荘を建てることに。
引き継ぎには一週間もかからず、私はカイトとお父様を連れある場所に向かっていた。
「どこに行くんだ?」
「着くまで秘密です」
「お楽しみというやつか」
「いや…お楽しみでは…ないですね」
そう、今向かっている場所はカフェやカップルがたくさん居るような場所とはほど遠い場所。
そんな華やかな場には向かっていない。
私が自らカイトについて来て欲しいと言ったのに、今までと同じような所に行くわけはないのだが、カイトは少し期待していたらしい。
(楽しい所に行くならお父様を連れて来るわけないじゃん)
馬車の中では仕事の話だったり、私の話で盛り上がり目的地に着くまで時間はあっという間に感じられた。
降りて見えるのは周りには木もない平原。
ここは元リアン家の領地だ。
「何もなさそうだが?」
「歩いていれば見えると思います。たぶん」
「たぶん?ここがどこかわかっていないのか?」
「いえ、わかってはいますよ。ただ…覚えてないので」
ここへ来たのはもう随分と前のことだった。
昔よりかは木も生い茂っているし、草も伸びただろう。
「こっちでいいですよね、お父様?」
「ああ、あってるよ」
なんとなくは覚えているが、細かいところまでは覚えていない。
思い返すと、ここへ来た時の感情は無だった。
「見えましたよ」
「あれは…石か?…いや、墓、だな」
「そうです。あれは私の母のお墓です」
人がほとんど来ることのない領地の隅、毎年命日にお父様だけが訪れていた。
私は母が亡くなってここに埋められた日以外来ていない。
思い出したくないし、例えこの世に居なくても二度と会いたくなかったから。
「大丈夫か?本当に無理はしないように…」
「お父様は心配し過ぎですよ。もう平気だからここに来たのに」
お父様は余程私が心配なようだった。
あの頃の私を知っているお父様が心配するのは当たり前のことだが、私だって大人になったし過去を思い出しても辛くない。
「カイトにとって私の母はどんな人ですか?」
「エアを苦しめたやつ、だな」
「ふふ、まあそう思いますよね」
ふと気になってそんな質問をしてみた。
想像通りの返答が来たと思ったけれど、思っていたよりも墓を柔らかな表情で見つめている。
「だが、それと同時にエアを産んでくれたことに感謝している」
それは以外な言葉だった。
けれど、それに今は同感出来る。
私は生まれて来なかったらカイトには会えなかったから。
「そうですね」
大人になった今でも墓を見て感じることはない。
寂しい気持ちも恨む気持ちもなく、あの時と同じ。
それでもここに来たのには理由がある。
「私、母に言いたいことがあったんですよ」
そう言えば、お父様もカイトも身を構えていた。
私が何を言うのか想像がつかず、困っているのだろう。
「私はあなたが本当に嫌いでした。貴族の令嬢として生まれた以上、家のために嫁がなければいけないのは散々教えられて理解はしてたけど、納得はしてなかったです」
出来ることなら、本当は本人に直接抗議したかったことだ。
しかしそれは許されることではなかった。
心のどこかでずっとその思いを抱いていても、口に出せばどんな仕打ちをされるかは目に見えていたからだ。
その本音をようやく言える。
「あなたが死んで悲しい、寂しい気持ちなんて一切なかった。でも、嬉しくもなかった。辛いことばかりの日々だったけど、幸せだった頃も確かにあったから」
私の目には涙が浮かんでいた。
なぜ涙が出るのかは自分でもわからない。
今私はどんな感情なのかも。
「それから私が恋愛小説やカップルに癒し得る趣味を持っていても、私を愛してくれる人は見つかりましたよ。それも王太子ですよ、さぞ悔しいでしょう?」
私は涙を流しながらも、土に返った母を嘲笑った。
「けどあなたが厳しく教育したおかげで王太子妃が務まっていると思います。もちろんお礼は言いません」
「…エア」
カイトが優しく私を包み込んだ。
私の感情読み取れてしまうからこそ、そんな悲しそうな顔をしながら私を抱いているのだろう。
「でもどうせなら、生きていたあなたに面と向かって見せつけたかった…!私を苦しめるだけ苦しめといて、私の今を見て悔しそうなあなたを私は見られないなんて不公平じゃないですか!」
本当に私は今どんな感情を抱いているのだろう。
墓を見た時は何も感じなかったし、言いたいことは一つだけだったはずなのに、言いたいことがこんなに溢れ出て来て、涙まで出て来るのは一体なぜなのか。
「…エア、本当は生きていて欲しかったんだな」
「…っ!」
カイトの言葉に気付かされた。
そうだ、私は社交界で本当の自分を隠すために特訓されていたから、何があっても感情を表に出すことをしなかった。
それが自分にどこまでも染み付いていて気づかなかっただけで、本当は死んだことに怒りも悔しさも、生きていて欲しかったという気持ちも持っていたんだ。
カイトに言われて取り繕わないようにしていたから、もう私はすっかりそれに慣れて感情を封じ込めることが出来なくなっていたみたい。
「…あなたのことは心の底からこれまでも、これからも嫌いです。でも産んで育ててくれてありがとうございました。私はあなたみたいな母には絶対なりません。カイトと私たちの子供と、末永く幸せに暮らします。それを空から見ていて下さい」
最後に笑みを浮かべれば、風が優しく吹いた。
まるで母が肯定したかのように感じた気がする。
「言いたいことはなくなりました。…戻りますか」
「私はまだここに居るよ。それとここでお別れだ、エア」
「お父様…」
私はお父様の元へ駆け寄り抱きついた。
「いつでも王宮に来てね。絶対に一人で寂しく死んだら駄目だからね?何かあったらすぐ手紙を送って」
「…これじゃあどっちが親かわからないな。ちゃんとまめに連絡する」
お父様は笑って優しく私の頭を撫でた。
抱きついていた腕を離し、お父様は真剣な表情でカイトに体ごと向け頭を下げる。
「私がこの世で一番大切な愛する娘をどうかよろしくお願いします」
「必ず幸せにすると誓います」
顔を上げた父は安心した表情を浮かべていて、私も安心した。
「それじゃあ、お父様もお幸せに。私もお父様を愛してるよ」
「ありがとう」
お父様は馬車へ戻る私たちを見送った。
途中振り返れば、お父様は墓を見ながら涙を流し何かを話していた。
表情は笑っていたから、きっといい話をしているのだろう。
読んで頂きありがとうございました!
ようやくエアは過去に囚われず、前だけを見て歩めるようになりました。
もうエアが過去を思い出して暗い表情をすることはありません。傍にいるカイトがいつでも支えてくれることでしょう。
エアが母をもう『お母様』とも『あなた』としか言っていないのは、そう呼びたくないエアの心情の表れと、敬意を全くもってないからです。
次回は木曜7時となります。




