第45話 打ち明ける過去
抵抗なんて出来るわけもなく、動かずにじっと王太子殿下の腕の中に納まったまま庭へと向かって行く。
顔が近くても暗さで見えていないことから、恥ずかしさで顔が火照っているのも気づかれていなさそうで助かる。
見えていたら意地悪な顔で指摘してきそうだから、王宮が暗くて本当に良かった。
「着いたぞ」
「わあ…!月って赤く見えることもあるんですね!」
「珍しいことだな」
王太子殿下に着いたと言われるまで、庭に着いたことに気づかないほど緊張してしまっていた。
月を眺めていれば、優しく吹くそよ風がとても気持ちいい。
「すごく綺麗…」
(カップルも今同じ月を眺めてるのかな…)
この月を背にプロポーズしたら、とってもロマンチックだと思う。
それに、滅多に見れない月だし一生思い出に残って、いくつになっても月を見ればその日を思い出すんだろうな。
「私をずっと抱えたままで辛くないですか?」
「このくらい何ともない」
「ならいいんですけど…」
今なら話せそうな雰囲気だ。
でもなかなか言い出せず話を逸らしてしまう。
「…寒かったりしませんか?」
「全然寒くないが。むしろこっちが聞きたい」
「私も王太子殿下の体温が温かいので大丈夫です」
(私ったら何を聞いてるんだか!)
話すと決めたのだからちゃんと話さないと。
深く呼吸をして心を落ち着かせ、意を決して話しを切り出す。
「…王太子殿下」
「どうした?」
「話したいことがあるんです」
「俺が風邪が治ってからにしろと言って話せなかったことか」
「そうです」
王太子殿下は柔らかい表情で話を聞いてくれている。
それが、どんなに嬉しいことか。
安心して次の言葉を繋ぐことが出来る。
「私の過去の話です」
私は物心がつき始めた頃から恋愛物語を読むのが好きだった。
昔はお母様も優しく、私にたくさん本を買って来てくれて、愛情をたっぷり注いで育ててくれていたと思う。
でもいつからか、お母様が厳しくなり始めたのだ。
初めのうちは、礼儀作法や勉強をきっちりしていれば、その後どれだけ本を読んでもいいというものだった。
けれど、あまりにも私が恋愛小説に夢中になりすぎてどんどん厳しくなっていく。
勉強もまだ当時の年齢では勉強しなくていいような内容も学び、本も絵本ではなく難しい言葉がいっぱい書いてあるような本を読むのを強いられた。
ただでさえ恋愛小説好きが周りに理解されにくいのに、その厳しい教育のせいで同世代の子とますます合わなくなってしまっていたのだ。
周りの子は人形で遊んだり、外で遊んだりしている中で、私はただひたすらに家で勉強をする毎日。
最初はお茶会も息抜きになるかと楽しみな気持ちがあったものの、私の話が難しいのかいい印象を持たれず同世代の子は離れてしまう。
それから、お茶会では誰とも話さず離れたところで一人本を読むようになった。
どこに行っても孤独しか感じない、そんな日々だった。
「でも、お母様の気持ちもわからなくはないですけどね」
「なんでだ?」
「親として子供の将来は心配でしょうし、何より焦ってたんだと思います」
私が大人に近づいて成人の時が迫って来ると、お母様の態度は更に酷くなったのだ。
その時に私はどうしてお母様の態度が激しく変わったのか察した。
お母様は子供が出来にくい体質だったそうで、それでやっと生まれた念願の子は女の子。
女の子は良家に嫁がせるのが家のため。それなのに大きくなるにつれて自分の恋愛に興味がなくなっていく子だ。
それはお母様も焦ることだ。
何とか次の子を妊娠して、さぞかし男の子が欲しかったことだろう。
しかし妊娠することはなかった。
そのことと私の趣味が相まって、お母様はずっと不機嫌で私に八つ当たりするようになっていく。
男の子だったら楽だったのにと、どうしてそんなことに興味が湧くのか理解出来ないと、散々罵られた。
お父様はお母様を止めることはしなかった。
けどそれは私を庇って更に強く当たらせないようにと、お父様なりの気遣い。
それに加えて、私に縁談が来ていたことをお母様に伝えることをしなかった。
お母様が私に縁談が来ていると知れば、絶対に何がなんでも婚約を決めただろうから、知られないように必死に隠してくれていたお父様には感謝している。
お母様が亡くなった時には、「堂々と守れなくてすまなかった。よく耐えたね」と、涙ながらに謝罪をしてくれてたし、今まで通り結婚に関しても私の意見を尊重してくれた。
「両親の仲はあまり良くなかったのか?」
「政略結婚でしたからね。詳しくは聞いたことがないのであまり知らないですけど…」
お母様の葬式で涙は一滴も流れなかったし、目が潤みもしなかった。
嬉しいという気持ちも悲しい気持ちも一切なく、でも辛い記憶だけが呪いのように今も頭に残り続けている。
「私はずっと欲しかったものがあるんです」
「欲しかったもの?」
「…分かり合える友達です」
自分の趣味を理解してくれて、気の合う友達が欲しくて堪らなかった。
叶うことのないことだとわかっていながらも、その願望を捨てることなんて出来ずに抱え、それすらも自分の首を絞めていた。
ヨハナは私の話を聞いてくれるが理解してくれているわけではない。
また、ノアは私から離れたりせずに傍に居てくれてはいるが、私の趣味には呆れているのだから。
「結局、友達が出来ても私は孤独なんです…この先も」
誰か一人くらいは私を理解して欲しい。
変な趣味を持った令嬢だと軽蔑しないで欲しい。
「カップルを見てればそんなことも考えずに済みますからね。癒しを得られれば何とかなる的な
、あはは…」
「俺の前で取り繕うなと言っただろ」
「うぅ…ごめんなさい…」
強がったのをあっさりと見破られて余計に恥ずかしい。
私の趣味を社交界で出したりしないように、徹底的に叩き込まれたことを簡単に止めることは容易ではない。
癖にまでなってしまっているのだから、直そうと努力しようにも案外上手くいかないものだ。
「俺がその友達にはなれないか?」
「え?王太子殿下がですか?」
「この婚約が終わっても、イアンなら友達として過ごすことも可能だろう?」
「いや、王太子殿下が友達って聞いたことないですけど…。というかそれは普通にまずくないですか?」
確かに私の趣味に口出ししないし、連れ回しても文句を言わない王太子殿下が友達として付き添ってくれたらそれは嬉しい。
けれど普通に考えて王太子殿下を連れ回す令嬢はおかし過ぎる。
最適な相手ではあるけど、さすがにそんな関係になるわけにはいかない。
「そうか…」
(そんな悲しそうな顔をされても許可出来ませんよ…!)
「話してくれてありがとな。話すには忘れるほど辛い過去を思い出さなければいけないのだから、相当勇気がいるだろう、本当に頑張ったな。…友達にはなれないのは残念だが、婚約が続く限り俺はどこにでもついていく。絶対一人にはさせないから」
安心させるような優しい声でそう言われて、抱え込んでいたものが溢れ出して王太子殿下の腕の中で泣いてしまう。
「うっ…ありがとうございます…本当に…」
「好きなだけ泣け。胸ならいくらでも貸してやる」
幼い子供のように泣いている私を宥めるように、強く抱きしめたまま頭を撫でてくれる。
こんな醜態を曝してしまった上に、王太子殿下に甘えたくなってしまうのは、きっと風邪のせいだ。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。




