第36話 作戦は終わりを迎える
「どんな話をしたんですか?」
「息子に対して―」
王太子殿下が話をしていた途中で扉が急に開かれた。
「チッ、思ったより早かったか」
部屋に入って来たのは、王太子殿下に会いに行ったはずのグロース公爵だ。
見つからず、接触出来なかったことで帰って来たのだろう。
もう少し遅くなると予想していたのだが、おかしいことに早く気づいたようだった。
「王太子殿下が見つからないと思ったら、そういうことだったんですね…。これは騙されました」
グロース公爵は騙されたと言いながら悔しい表情は見せず、笑みを浮かべている。
計画が上手くいかなかった今、グロース公爵はどんなことを考えているのだろうか。
「こちらとしては、想定していた通り気づくのが遅くて助かったがな」
王太子殿下は髪を触り、変装を落としながら言葉を続けた。
「もうお前は終わりだ。全て話してくれた人物がいる」
「一体何を聞いたというのですか?」
王太子殿下が勝利を確信している中、グロース公爵はまだ余裕がありそうな顔をしていた。
どうやら話をしそうな人の心当たりがないようだ。
私はグロース公爵が来る前に王太子殿下が話そうとしていたことがそうなのだろうと、薄々誰が話したのか見当がついている。
「それってやっぱり…」
「お前の父親が息子の悪事も、自分の悪事も全て吐いたんだ」
「…いつまでも俺の邪魔をするんですね、父上は。こんなことなら早く消しておくべきだった」
グロース公爵はようやく取り澄ました顔を止め本性を晒し始めた。
「リアン公爵令嬢、どうしてあなたはこんな作戦を考えたんですか?これはあなたにとって得でしかないはずなのに」
「もう私が王太子殿下と婚約破棄する術は一つだけと決まっているんです。王太子殿下との勝負に勝つ、ただそれだけです!」
私は堂々とグロース公爵に言い放った。
(王太子殿下と婚約破棄したらグロース公爵に婚約を迫られるのに、得なんてあるわけないじゃない!)
確かにグロース公爵と婚約すれば、どこへ行く時も王太子殿下のようについて来ないだろうし、今よりも癒しを堪能することは出来ると思う。
それでもグロース公爵と婚約なんてまっぴらごめんだ。
「あなたの礼儀作法は王太子妃として相応しいと思いますが、その趣味は相応しくないのでは?僕の婚約者であればその趣味を重視されることはない、だからとてもいい話だと思うのです。それはあなたもわかっていますよね?」
「私が王太子妃に相応しくないのは自覚しています。それでもあなたと婚約するつもりは一切ありません」
まだ堂々と答えることは出来る。
でもそろそろ考えたくないことを考えてしまいそうで、不安が募り始めていた。
「わかっているのにどうしてそこまで僕との婚約が嫌なんですか?あなたは礼儀作法しか取り柄がないんですよ?!そんなあなたに僕はずっと婚約を申し込んでいるのに!」
「…っ!!」
(やめて、それ以上はもうなにも言わないで…)
『あなたがそんな趣味をしているから縁談が一つも来ないのです!』
『礼儀作法だけは必ず完璧に習得しなさい。そうでもしないとおかしなあなたを娶ってくれる人なんていません』
『どうしてこんな子になってしまったのかしら…。男の子だったらこんなに苦労することはなかったのに』
(お母様ごめんなさい…。こんな趣味を持ってごめんなさい…)
頭の中に幼い頃の記憶が流れ込んで来て、もう何も考えられない。
私の目の前に実際に居るのはグロース公爵なのに、私には過去の自分が見えていた。
何も言えずに突っ立っていた私の耳に王太子殿下の手が降れた。
王太子殿下が塞いでくれたのだ。
「こんな奴の話なんて聞かなくていい。辛いことも思い出さなくていい。安心しろ、お前は王太子妃として相応しい」
「…え?私が?」
耳から伝わる温かな手と、王太子殿下の言葉を聞いて意識が帰って来た。
「皆が恋愛をして幸せになる姿が見たいんだろ?それはつまり、国民の幸せを願っているということだ。それに、国の繁栄のためにも人口は増やしてもらわないとな」
「あ…」
「その上でお前は礼儀作法は完璧で、知識も豊富。今回の作戦だって上手く行った。王太子妃が務まる器を持っていると思うぞ」
(そう思っていてくれたんですね…王太子殿下は)
王太子殿下の言葉に凄く救われた気がした。
言葉も気持ちも嬉しくて泣いてしまいそうだったが私は決断する。
グロース公爵と過去にちゃんと向き合うことを。
思い出したくない辛いことだから記憶から消そうとするのではなく、向き合ってそれを自分のために生かしていこうと。
「…グロース公爵、あなたは父親が生きているうちに話し合ってみるのはどうですか?私のお母様はもう居ませんから気持ちを伝えることも、わかり合うことも出来ませんが、あなたはまだ父親と話すことが出来る。王太子殿下も何か言いかけてましたよね?グロース公爵の父親が息子に何て言ったのか」
深呼吸をして、落ち着いて言葉を発せられたことに安心した。
王太子殿下のおかげで言葉を紡ぐことが出来る。
「ああ、元グロース公爵は自分の計画のために息子を厳しく育ててしまったこと、幼い息子に辛いことをたくさん強要してしまったことを悔いていた。目が見えていないのはお前がやったんだろう?それにも気づいていたし、自分に罰がきたと言っていたんだ。お前はこの後牢獄行きだが、父親と話す時間くらいは作ってやる。俺の婚約者はそれを望んでいるようだしな」
「王太子殿下…!」
最初は真剣な顔でグロース公爵に聞いた話を伝えていた王太子殿下だっだが、最後はいつもの意地悪な顔をして私の方を向いていた。
「僕はまだっ…!」
「お前はもう終わりだと言ったぞ」
それでも諦めず王太子殿下襲おうとしたところを、やって来た本物の王宮騎士団の人たちによって捕らえられ連れていかれた。
元グロース公爵の話を聞いて、すぐに騎士を呼んでいたらしい。
「これで一件落着ですね…」
「そうだな」
私は大きな溜息をついてしゃがみ込んだ。
もう疲れたし早くこの落ち着かない部屋から出て、自分の部屋に戻りたい。
癒しが欲しくてたまらない。
でも、さっきからずっと胸が温かい。
それでいて心臓の鼓動も早いままだ。
(もう…王太子殿下のせいです…!)
心の中で言ったその言葉は怒りではなく、嬉しさから出た言葉だった。
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次回は日曜7時となります。




